第121話 転生者と”バルト海特別平和勲章”




 さて、この1930~40年代という戦乱絶えることのない時代、転生者が最も組織された国は何処だったろうか?

 実は、転生者密度が低いはずのイタリアだった。

 

 その発起人は”エイタロ・バルボ”。

 名前から察せられるかもしれないが、実は元日本人の転生者だ。

 彼はイタリア版軍需産業複合体である”アエタリア・マフィア”を隠れ蓑にし、転生者のネットワークを構築した。

 無論、その理由は今生の祖国であるイタリアを破局や破滅から救うためにだった。

 彼は彼なりに新たな祖国に愛着を持っていたのだ。

 

 しかし、その志半ばで自分が倒れる場合も想定していた。

 彼は歴史に”修正力”のような力があると確信ていたわけでは無かったが、あると仮定して行動していたのだ。

 

 その一環として”不慮の死”を想定し、自分の死後を考えて策を練った。

 バルボは、30年代のドイツの行動をつぶさに見て、ナチ党だけなら表面上は自分の知る歴史と大差ないが、ドイツという国家の枠組みで見るとかなりの差異があることに気が付いたようだ。

 

 だから、彼はユダヤ人迫害に(前世が日本人という良識の範疇で)反対しつつも、安易なナチ党批判は行わず、ドイツとは比較的友好に接した。

 そして、35年の再軍備宣言から39年のポーランド侵攻で、ヒトラーが転生者である疑念を持ち、極秘裏に接触したハイドリヒが転生者であることを確信した。

 

 そこでバルボは自分が死んだ……暗殺された場合を想定し、ドイツのNSR(国家保安情報部)と共謀することを決めた。

 NSRの協力を取り付け、万が一の場合はドイツが”アエタリア・マフィア”の受け皿になるように手配したのだ。

 ドイツにとっても「速やかに無理なくイタリアのテクノロジーを接収でなく吸収・・」できる好機であり、言うなればWin-Winの通り引きであった。

 

 

 

 実は何度か出てきた”ユダヤ人強制収容施設(実質的に城壁で囲まれた工業都市)”に、アエル・マッキ、レッジオーネ、フィアットなどの航空機メーカーが先行誘致されたのは偶然でも何でもない。

 ユダヤ人施設が、もっとも外界に目が触れにくいNSR管轄の工業施設だから選ばれただけだ。

 

 だが、史実と変化し続ける時代の要求から、どうもそこにも変化が現れたようだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*******************************










さて、時間は”ザバーニーヤ作戦”発動直前まで遡る……







「つまり”シュペーア・・・・・”君、ユダヤ人収容施設ではどうにも収まらないから、今や復興真っただ中のサンクトペテルブルグに”新たな工場”、それもイタリアからの出向組・・・・・・・・・・に誘致したいと?」


「ええ。今、ようやく”A施設アントン”が本格稼働を始め、”B施設ベルタ”が稼働準備に入ったという段階で。”C施設カエサル”はようやく最近になって収容を始めたところでして……」


 いや、それは知ってるけどさ。

 そもそも”収容施設”は1つあたり100万人規模の収容を想定してたけどさ、アントンだって80万人収容した段階で、ベルタに「10万人規模の技術指導員とその家族(当然、ほとんどユダヤ人)」を送り出すなんて状況だ。

 現在、先行しているアントンで収容者75万人。ベルタでまだ50万人くらい。カエサルに至ってはまだ20万人もいないだろう。

 ”D施設ドーラ”は施設が完成しただけで、まだユダヤ人の収容は行っていないって感じだったかな?

 いや、この時点で150万人近く収容できたってのもすごいけどさ。

 

「実は確保できてる労働力に対して発注量が中々に多く、かといって効率を考えれば労働時間を安易に増やす訳も行かず、正直に言えばバックオーダーを抱えているという状態ですね」


 実はブラック労働って、短期ならともかく恒常的にやると疲労の蓄積や労働意欲の低下で時間当たりの仕事量って返って減るから。

 体調万全の1時間の労働と疲れ切った状態での1時間の労働、どっちが仕事できるかって話だし。

 

「8時間交代の3シフト24時間操業は?」


「既にやっておりますが、それでも現在のオーダーをこなすのがやっとというところで」

 

「そこで白羽の矢が立ったのが、潜在的な工業リソースが高いサンクトペテルブルグって訳か……」


 ああ、なんか久しぶりの(本人の意思に関係なく)流離さすらいの外交官、来栖任三郎だ。

 いや、そりゃ外交官てのは世界中をさすらうのが仕事だけどさぁ~……

 

(俺のはなんかチガウ……)

 

 それはともかく、今話しているのは”アルフレート・シュペーア”君。

 元建築家で、プロジェクト・リーダーとしての類まれな才覚を買われてドイツ軍需相にヘッドハンティングされた若き秀才、トート博士の秘蔵っ子だ。

 どうにもサンクトペテルブルグ再建というプロジェクトに元建築家の血が騒いだらしく、ありがたいことに自ら志願(売り込み)して馳せ参じてくれた。

 

「しかし、イタリア生まれの兵器をサンクトペテルブルグで作るねぇ……何とも皮肉が利いてるよ」


「それに関しては同感です」


 くすっと笑うシュペーア君に、

 

「目算は立つのかい?」


「上手くすれば、42年後半には最初の機体がロールアウトできるかもしれません。無論、エンジンや照準器、機銃など製造に手間がかかるパーツは余所で作ってもらうことになる事が前提ですが」


「それでも十分に早いよ。NSR的には大丈夫かい? シェレンベルク、イタリア軍需産業はNSRの管轄だろう?」


「むしろ大歓迎ですよ? フォン・・・・クルス総督・・閣下。ご存知の通り、ユダヤ人収容施設はバックオーダーで手一杯なもので」


「あー、総督はやめてくれ。公式的には”サンクトペテルブルグ復興・再建委員会全権代表・・・・”だ」


 そこ。「その役職を略すと総督になる」とか言わない。自分でもわかっちゃいるんだが……いや、それより俺の役職名コロコロ変わり過ぎじゃないか?

 

「それにフォンなんてガラじゃないんだがな……」


「仕方ないでしょうが? 褒賞と一緒に一代限りの名所称号として”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”のお歴々連名で授与されたんですから」




***




 そうなんだよな~。

 何を考えてるのか知らんが、総統閣下ヒトラーが自らをとって新たに制定した

 

 ”バルト海特別平和勲章”

 

 ……それ、俺こと来栖任三郎は受けてしまったんだわ。

 いや、そもそも受勲条件が、

 

 ”バルト海に面した国出身の人間でもないにも関わらず、軍事力を使わずに無私の精神でバルト海の平和と安定に貢献した功績を讃える”

 

 って何なのよ?

 すっげー、ピンポイントじゃん。

 というか、そんな変なポジションの奴、俺しかいなくね?

 というかバルト沿岸諸国、ノリ良すぎだろ……特にドイツとバルト三国。

 

 ちなみに貰った勲章ってのがこれまた意味深で、バルト海を模った透かし彫りのプラチナ製の本体に海と空を示すサファイヤとアクアマリン、太陽を示す大粒のペリドットが中央にででんとあしらってある。

 ナチス由来のモチーフは徹底的に排除されていて、「バルト海諸国の総意である!」と言われてるようなデザインだ。

 噂では、ヒトラー自らがデザイン原案を出したというが……本当か嘘か、史実でも”ドイツ勲章(大ドイツ帝国ドイツ勲章)”はヒトラー渾身のデザインだったらしい。

 

 それはともかく意味深すぎるのだ。

 実はプラチナの有名な産地の一つがソ連ロシアだ。

 まさか、「ロシア人から奪ったプラチナを使いました♪」とかじゃないだろうな? いや、バルト海デザイン込みでそうソ連にとられてもおかしくないが

 ついでにはめ込まれた宝石言葉はそれぞれ、

 

 ・空の蒼穹を示すサファイヤ:「慈愛」「誠実」「徳望」

 ・海の碧を表すアクアマリン:「沈着」「勇敢」「聡明」

 ・太陽の石と呼ばれるペリドット:「平和」「安心」「和合」

 

 うん。普通に重いな。

 ちなみにペリドットの宝石言葉には、「夫婦の幸福」なんてのもあるが、病で若くして妻に先立たれた俺に対する当てつけではないと信じたい。

 

 そして、勲章にドイツ色が出せなかったのが心残りなのか、それとも「ドイツのゲストが活躍した」と言いたいのか、総統閣下ではなくドイツ政府から公式の”Vonフォン”の称号を贈られたという訳だ。

 

 まあ、本来は貴族称号なのだが、今回は特例として英国の騎士(栄誉)称号の”Sir”と同じ扱いとされたのだ。

 そりゃあ、ドイツにクルス士族とかあるわきゃないし。

 そうしたら、人生を楽しむことに余念のないシェレンベルクのヤローが面白がって、

 

『クルス卿も晴れて貴族の身分となった事ですし、下々の私にはもっと気安く、配下として接してほしいものですなぁ』


 とか言いだしやがった。

 ニヤニヤしてるのを隠しもしねぇし。

 なのでこっちも「ニャロメッ!」ってことでそうしてやったら、当の本人が全然堪えてねぇでやんの。

 というか状況を更に楽しんでやがる。


(こいつもハイドリヒの部下だもんなぁ……鋼メンタルなのも当然か)


 それにしても、サンクトペテルブルグ再建計画かぁ…


(少しは頑張ってみますかねぇ~)


 ぶっちゃけ、この仕事面白いし。

 なんつーか、前世で培われた社畜兼公僕の血が妙に騒ぐんだよなぁ~。
















 さて、蛇足だし無粋でもあるが……

 方向性は違うが、まるで”やっちゃいましたか?系鈍感主人公”のような内政的感性で、あるいは有頂天な狸一家よりも阿呆の血が強い来栖は当分気付けないと思うので宣言しておく。一連の各国の動きは、

 

 誰の目からも明らかな、すんげー分かり易い”取り込み工作”

 

 だと。

 ドイツは単独でやると色々問答臭そうなので、どうやらバルト海沿岸諸国を巻き込むことにしたようだ。

 

『フォン・クルス”サンクトペテルブルグ”総督・・を、対アカ後方担当共有財産にしようぜ!』


 と。

 バルト沿岸諸国の出身でないため、自国への露骨な利益誘導はしない。正しく中立であり、またレンタル元の日本皇国は、「日英のバルト海における沿岸諸国と同等・・の権利」しか求めてこない。

 誰も損をしないやり方だった。なお、来栖個人の損得は除外する。その分、給料に転嫁すればよい。それが資本主義というものだと結論付けられた。

 

 

 ……当分、来栖の帰国予定はなさそうだ。















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