第8章:A man is living in Days of Saint Petersburg

第120話 ファシスト・イタリア崩壊の序曲、バルボ元帥撃墜事件の真実




「なんということだ……」


 捕虜にしたイタリアーノ・ガリボルディ元帥を自ら尋問していた山下泰文中将は、その懺悔にも似た自供に戦慄した。

 彼の口から語られたのは、およそ1年前の1940年11月・・・の出来事……トリポリの港に停泊していた軽巡の誤射により”事故死”したと思われていたイタリア空軍の父”エイタロ・バルボ”元帥の死の真相だ。

 

「怪しいとは思っていたが……まさか、本当に」

 

 結論から先に言えば、”暗殺・・”だった。

 バルボ元帥は死んだのではない。暗殺されたのだ。

 

 これまでの経緯を説明しよう。

 ファシスト四天王の一人とかつては謳われ、一時はムッソリーニの後継者と目されていたバルボ元帥。

 だが、殺される直前にはムッソリーニにとりバルボは、”最も危険な政敵”になっていた。

 

 第一次世界大戦では山岳部隊に入隊し、受勲するほどの活躍を見せた戦士であり、戦後はイタリアに空軍を設立する原動力となった。

 そして、イタリアの空の力をアピールするために、大西洋横断を二度も行ってみせたのだ。

 

 その実績とカリスマ性ゆえに、史実でも今生でもアメリカの有名誌などはムッソリーニを「バルボの国の独裁者」と面白おかしく書き立てるほどイタリア国民の人気も高かったのだ。


 ムッソリーニが危機感を持つのは当然だった。

 最初の亀裂は1935年、ドイツの再軍備宣言と前後する”アビシニア危機”だったと言われる。

 

 ただ、史実のバルボ元帥と決定的に違うのは、「民族的政策(=ユダヤ人の迫害)には毅然と反対したが、ドイツを毛嫌いすることはなかった・・・・」ということだ。

 ナチ党はともかく、ドイツという”国家としての行動”を見た場合、しきりに首をかしげている姿は見られたというが、少なくともポーランド侵攻に関して英仏側(もっとも、この世界の英国はポーランドどころか欧州に出兵してないが)に立って参戦すべきという意見を出すことはなかったようだ。

 一応、ドイツへの態度の軟化は説明はつく。

 

 この時代のイタリアは航空機(特に戦闘機)用エンジンを初め発動機や兵器のの多くをドイツ製のライセンス品に頼るしかなく、両国の円滑な同盟関係は必須だったといえる。

 この世界線におけるバルボは史実以上にイタリアの空軍だけでなく、それを支える産業の育成と保護に力を入れていて、空軍の父というだけでなくそれを支えるイタリア航空産業、いや兵器産業あるいはイタリア重工業界全体の守護者と言えた。

 彼は経済に明るく、先進的な考え方をし、どうにかして未だに遅れた部分のあるイタリアの工業界をひいては社会を前へと推し進めようとしたのだ。

 だからこそ、彼は軍と軍需産業の連絡会、

 

 ”イタリアの翼共同体アエタリア・マフィア

 

 を立ち上げたのだ。




***



 

 彼は間違いなく有能なプロジェクトリーダーであり、それがまたムッソリーニの癇に障った。

 そして、決定的な亀裂となったのが、

 

 ”イタリアのギリシャ侵攻”

 

 だったとされる。

 ムッソリーニが、「ヒトラーの鼻を明かすためだけ」に立案したこの計画を聞いたバルボは激怒し、

 

「貴様の下らん虚栄心を満足させるための作戦など犬にでも食わせて、その戦力さっさと北アフリカの友軍に送ってやらんか! この馬鹿者っ!!」


 と部屋の外にも聞こえる程の大声でムッソリーニを怒鳴りつけたらしい。

 それが直接的な原因となり、バルボは事実上の左遷であり、リビア総督再就任を命じられた。














*******************************


 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、バルボはリビアの地に降り立つことは無かった。

 彼の乗ったサヴォイア・マルケッティ SM.79三発輸送機はトリポリに到着する直前、トリポリ港に停泊していた装甲巡洋艦サン・ジョルジョの「敵機と間違えた誤射フレンドリーファイア」により撃墜され、バルボは帰らぬ人となった。

 イタリア政府の公式発表は、

 

『実際撃墜した砲手の証言によると、イギリス軍のブリストル・ブレニム爆撃機による攻撃直後にバルボ元帥の乗機が、太陽を背にして低空で進入してきたため敵機であると判断され誤射された』

 

 だったが、当初より疑念がもたれていたのだ。

 そもそも当初発表された”撃墜された時間”は太陽の位置が真上に近く、また輸送機の通常進入方向から考えて「トリポリ港からみて太陽を背にして低空侵入は不可能」とされた。

 その後、イタリアは「撃墜時間は誤りで、輸送機の進入は強風の関係で通常とは異なる方向から行われた」と情報を修正した。

 

 だが、それで疑念が払拭されたわけでは無い。

 例えば、バルボを撃墜したイタリア装甲巡洋艦サン・ジョルジョは、イタリア海軍が第一次世界大戦前に竣工させた古い船であり、近代化改修を受けていたとはいえレーダーも、日英独のようなレーダーに連動する高射装置も近接信管装備の対空砲弾も持っていない。

 しかも、満足な防空訓練を行っておらず、少なくとも対空射撃に関しては「ソ連海軍とどっこい」であった。

 事実、バルボの乗機を除けば、この船が撃墜できた航空機は公式記録によれば後にも先にも存在しない。

 

 そんな船が「ほんの僅かな時間の射撃で飛行機を落とせるか?」ということだ。

 「偶然撃墜できた機体が、たまたまバルボ元帥の乗機だった」……そんな偶然があるわけはない。

 実は前々から山下自身も疑問に思っていたのだが……

 

 

 

「輸送機が勝手に爆発したとは……」


 命中こそしなかったが、その日にサン・ジョルジョが飛んできた英国爆撃機に対空砲撃を行ったのは事実だった。

 だが、それとは無関係にバルボの乗機は爆発したというのだ。

 

 考えられるのは、最初から輸送機に爆弾が仕掛けられ、時限式あるいは電波起爆で爆発したのだろうということだ。

 

 ガリボルディの告白はなおも続いた。

 そのあまりの出来事に、当時リビア総督だったグラツィアーニ元帥が本国へ問い合わせたが……

 

『この後に発表される政府公式見解こそ、唯一絶対の真実。詮索無用。諸君らは戦争に邁進せよ』


 と回答があった。

 公式的にはグラツィアーニ元帥は、「英国軍の攻勢(=コンパス作戦)で大敗し、その責任をとってリビア総督を辞任し、退役した」ということになっているが、ガリボルディによれば彼は友人でもあったバルボ元帥の死を問いただしたためにリビア総督を解任され、本国に送還、退役に追い込まれたとのことだった。

 

「我々がアフリカに来たドイツ人に非協力的だったのは認めるが、それはドイツ人が気にくわなかったとかではない。バルボ元帥の明らかな暗殺・・や、グラツィアーニ元帥の処遇に対する抗議だ」


 そして、イタリア人の協力を得られないことを理由にドイツ人は早々と北アフリカから去り、イタリアからの補給は滞った。

 ドイツ人が無事に帰れたのは、フランス領のチュニジアやアルジェリアを経由したからだという。

 

(これは実際、戦争どころではなかったのだろうな……)


 山下はイタリアが同盟国イギリスに喧嘩を売り続けている敵国である以上、罪悪感を感じることはなかったが……同情的な気分にはなった。

 

「リビア人より不満は出るかもしれないが、イタリア人捕虜は相応に扱おう。現在、国際赤十字を通してイタリア本国に打診してるが、諸君らの帰国が叶うよう尽力するつもりだ」

 

「感謝する」




 深々と頭を下げるガリボルディは、実際の年齢より老けこんで見えた。

 その疲労感や無力感は察せられるが、勝者である自分がこれ以上どうこう言えるものではないと山下は思い直す。

 

 

 

 だが、ガリボルディも山下も気付かない。

 後の歴史から振り返れば、バルボ元帥の暗殺こそが「ファシスト・イタリア崩壊の序曲」だった事に。

 

 バルボが組織した”アエタリア・マフィア”の本質が何で、そして彼らが党首の暗殺が決定打となり「イタリアを見限った」事を。

 そして、バルボが生前より「万が一の事態」を考え、ドイツとコンタクトをとり水面下で同胞たちの受け皿を作っていた事を。

 

 ヒトラーが「北アフリカとギリシャのイタリアの失態」を理由に、航空産業を中心とするイタリア軍需産業のドイツ圏への移転を迫ったのは、決して偶然やその場の思い付きなどではなかったのだ。

 

 バルボは死して、いや己の死を予見しそれを起点とした”策”を張り巡らせていたのだった。

 そして、その策こそが、後の歴史に少なくない影響を与える事になる。

 

 

 

 

 

 

 




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