第116話 狙撃手、捕捉され捕食される




 ああ、下総兵四郎だ。

 さて、う~ん。この状況はどう説明したもんか?

 

 状況は簡単で、俺と小鳥遊君は何やら”特別ゲスト枠”みたいな感じで、サヌーシー教団主催の「ベンガジ奪還記念パーティー」みたいなものに招待されていた。

 いや、王様(予定)のイドリース猊下が高らかに開放を宣言した式典は、お偉いさんたちでもう済ませており、俺たちがお邪魔してるのは飲めや歌えのもっと猥雑な宴の方だ。

 イスラムは基本、コーランで飲酒は禁止されているが、実は歴史的に見ても「実際に飲酒は狭義的にはアウトでも、日常的にはおk」という時代や場所も多い。

 要は解釈の問題らしく、例えばサヌーシー教団のようなイスラム神秘主義スーフィズムにとり、「酒は神の偉大さを讃える比喩として重要で、酒への称賛が詠まれている」のだ。

 実際、イスラム圏で酒が禁止が徹底されたのは、史実でも原理主義が蔓延りだす戦後の話で、例えばイランでは革命前は酒は禁止されていなかった。

 付け加えるなら、”アラック”のような中東などで作られる蒸留酒もあるいし、トルコに至っては21世紀に入ってもワインが名産品だ。

 

 ならばこの時代のサヌーシー教団の宴が酒宴となるのも別に不思議じゃない。

 

「中尉殿、イタリア人ぶち殺し100人目達成おめっとさん」


 と声をかけてきたのは毎度お馴染み小鳥遊だ。

 陶製のグラスをカチンと合わせる。

 アラックで面白いのは、原酒は無色透明で純度が高い蒸留酒だが、水割りに白濁することだ。

 なんでも水で割ると非水溶成分が析出するらしいが、細かい理屈は抜きにして見た目だけの話だが、清酒が濁酒になるような感じだと思えばいい。

 こっちでは、水割りで白色になったそれを”獅子の乳”とか言うらしい。

 

「もうそんなにってたのかよ」


 と言っても、何の感慨もわかないが。

 というか、記録とってたのか?

 

「正確には、今日のスコアを入れて108人だな。除夜の鐘と一緒だな」


 何がおかしいのかケタケタ笑う小鳥遊に、

 

「煩悩退散ってか? そんなに簡単に払えれば苦労はないさ」


 第一、大晦日は1ヵ月以上先だ。

 まあ、それに本家本元のスオミの狙撃王には遠く及ばない数字だろう。

 

「ん? 中尉殿、どうやらその煩悩そのが来たみたいだぜ?」

 

 小鳥遊の視線の先を追ってみると……

 

「宴は楽しんでおられますか? ”勇者様”」


 と華やかで艶やか、あるいは煽情的でさえある舞踊用の衣装”ベラ”に身を包んだ小柄で胸の平たいアラビア風美少女が微笑んでいた。

 ああ、要するにベリーダンスの衣装の事だ。

 そしてアラビア圏でのベリーダンスの正式名称は、”ラクス・シャルキー(Raqs Sharqi)”。”東方風の踊り(オリエンタル・ダンス)”って意味になるようだ。

 イスラム化する前のエジプトが発祥らしく、実は滅茶苦茶歴史がある民族舞踏らしい。

 

「え~と……どちら様? というか勇者ってなに?」


 するとアラビアンなぺったん娘、「まぁ!」と驚いた表情で、

 

「昼間はあんなに激しく熱く、戦場を共に駆け抜けたというのに、私をお忘れですの?」


「へっ?」


「……”ザーフィラちゃん”っすよ。シモヘイ中尉」

 

 ヲイコラ。今どさくさに紛れてシモ……ってナヌっ!?


「えっ? えっ?」


 俺が言葉を失ってると、ザーフィラちゃん?(仮称)はにっこり微笑んで、

 

「今は”ナーディア”とお呼びください。ヘイシロー様。こちらが本当の名前ですの♡」


えっ? マジでザーフィラちゃん改めナーディアちゃん……なのか? 

 というか小鳥遊君、よく見抜けたなぁ……だって、めっちゃ雰囲気違うじゃん。

 というか、もはや別人よ?


「中尉殿も、まだまだ目の鍛え方足んないっすよ」


 いや、お前さんのそれって半分くらい異能チート入ってね?

 ナーディアちゃんはクスクス笑い、


「よろしければ、多くのイタリア人を銃一つで屠って魅せた”魔弾の勇者(سحر البطل آرتشر رصاصة:Sahar Albatal Artashar Rasasatan)”様に私の舞いを披露したいのですが」


 そういえば、サヌーシー教団……というかイスラム神秘主義って舞い踊るのも精神世界への修練だとかだっけ?

 ああ、それに”勇者”ってそういうこと。

 いや、どこぞの人工吸血鬼じゃあるまいし、撃った弾をホーミングさせるチートなんかないんだけど。

 

「あー、中尉殿。俺はちょい席外しますんで」


「小鳥遊君?」


 いきなりどうした?

 

「俺は”大艦巨砲主義”なんすよ。出っ張りバルジが薄いのはちょっと」


 は? なんでいきなり海式の話?

 

「まあ、精々頑張んな。”勝利子ザーフィラちゃん”」


 いや、なんでいきなりザーフィラちゃん呼びにもどしてんのさ?

 

「うふふっ♪ こちらに丁度良いステージがあります。ご案内いたしますね?」




***




「あの~、ここってステージってより個室なのでは……?」


 ナーディアちゃんに連れ込まれたのは、何というか……アラビアンなご休憩場所というか、お泊り場所というか。

 

「そして、何故ナーディアちゃんは、ただでさえ隠してるんだか隠してないんだか微妙な薄衣を脱いでるのかな……?」


「だって、これからヘイシロー様ステージの上で踊るんですもの♡ それとも、着衣のままの方がお好みですか? 私はどちらでも構いませんが」


 いや、特にこだわりはないけどさ。

 

「え~と……未婚女性がこういうのいたすのは戒律的にどうこうっていうのがなかったけ?」


 アッラー的にどうなのよ?

 

「強い戦士の血を持つサヌーシーに取り込むのです。一体、何の不都合がありましょう? ご安心ください。こう見えても私、既に成人ブルーグを迎えております」


 あー、確かイスラム教の成人(女性)の定義って、第二次性徴……初潮を迎えたかどうかって聞いた覚えが。

 それと言い回しからして、黙認ってより公認……かな? これは。

 まあ、イスラムの預言者ムハンマドは、50代の時に9歳の幼女と結婚したって記述があるらしいし、なので古典的なイスラム解釈だと、女の子の結婚可能年齢は9歳からってのがあったな。

 

(つまり、これってここだと普通の事なのか?)

 

 正直、判断基準がわからない。

 ちなみに日本皇国では、男は満17歳、女は満15歳。ただし、義務教育終了後が条件だ。

 史実だと1947年の民法改正までは数え年でそれぞれ17歳と15歳だから、なんか折衷っぽいな。

 いや、今はそんな話はどうでも良くて……

 

「まだ経験は無いですが、いつでも子作りに励めます♪ 知っていますか? ”ラクス・シャルキー”は本来、子孫繁栄を祈って舞うんですよ♡」


 なんか色々理解してしまった。

 そういえば、閉鎖的……と言わないまでも、外部と接触の少ない社会って”血の煮詰まり”……近い血族による遺伝学的行き詰まりを防ぐため、外部の血を積極的に取り込むとか何とか聞いた記憶があるなぁ。

 

「つまり、俺は(入れる血に値すると)お眼鏡にかなったと?」


 するとナーディアちゃんは蠱惑的と言いたくなるような笑みを浮かべ、俺の耳を甘噛みしながら……

 

「ヘイシロー様も、小柄で胸のない娘の方がお好みなのですよね?」


 バレテーラ。

 そういえば、アラビア語のナーディア(نَادِيَة:Naadiya)の意味って、「湿っている、濡れている、寛大な、気前の良い」だっけ?

 なんか、前二つが現状にひどくマッチしているような……

 

「うふふっ♪ 女はそう言う殿方の視線に敏感なんですよ? それに随分と”お溜まり”の様子だという事も見てればわかります」


 すいません。勘弁してください。

 なんか、そっち系のお店に行く気が中々起きなかったもので。

 そして、俺の今にも発砲しそうな銃身をサスサスしながら……いや、今にも暴発しそうなんですが、

 

「ここまでもたげているので確かめるまでもないかもしれませんが、私もヘイシロー様のお眼鏡に叶ったのですよね?」


 ぶっちゃけ滅茶苦茶タイプです。はい。

 

「可愛い人♡ さあ、ナーディアをご存分にお楽しみください♪」






 一つだけ言っておく。

 実に見事な舞だったと。黄金の水芸も間近で見れたし。むしろ浴びたし。

 その後、俺は弾倉せいそうが空になるまで滅茶苦茶撃ちまくりましたとさ。
















***




「うまくいったようだな?」


「はい。猊下」


「それにしても……我が末娘とはいえ、あまり良い物を食べさせてやれなかったせいか、少々小さく薄すぎる肢体からだで伴侶が見つかるかと心配しておったが……」


 つまり「肉欲的な意味で女性的な魅力に欠けるのでは?」と言いたいようだが


「そのような娘を好む男もいるのですよ。むしろ、こちらは”お嬢様”のお眼鏡に叶うかを憂慮しておりました」


「なるほどのう。娘を案内につけた甲斐はあったということか……あとはよしなに頼む」


「かいしこまりました。リビアよりイタリア人を叩きだした暁には、まずは大尉に昇進させましょう。そして、”その日”までには十分な実績を」


اللّٰهُ أَكْبَرُアッラーフ・アクバル。善きイスラムの勇者と我が娘にアッラーの加護と祝福があらんことを」




 この時は誰も知らない。

 この一夜が、後にリビアの歴史を大きく史実から乖離させる事を。

 一夜の契りが千夜の果てに花開き、実を為すこともある。

 

 正しく、”歴史は夜に創られる”のだった。










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