第115話 ランボー、アラン・ポー、乱放……ブレンパワードとか山下将軍の憂鬱とか






 唐突だが……

 Mk8はともかくMk7の7.7㎜ブリテン弾は、そこまでハイプレッシャーなカートリッジじゃない。

 何気に日本製の海式ご用達ブレンは、耐腐食性強化ってことで銃身やらチェンバーやらに梨園改三式みたいに硬化クロームメッキ処理してるから強装のMk8弾も普通に撃てるが、英国人との共同戦線を想定して未だ海軍陸戦隊はMk7が標準実包だ(英国は小銃や軽機関銃でのMk8の使用を実質的に禁じている)。

 まあ、これは単純に陸式から回ってきたMk7実包の在庫処分がまだ終わってないって微妙な理由もあるんだが。

 ブレン機関銃自体がドイツ人の機銃ほど発射速度レートは速くもなく銃自体がそこそこ重いせいもあり、慣れれば反動を抑えて片手で撃つのも難しくはないんだな、これが。


「いや、そんな拳銃みたいに片手で構えてパカパカ撃てるのは小隊長殿ぐらいですって」


 そうか?

 ああ、言うまでもなく舩坂弘之だ。

 

「そりゃ鍛え方が足りないんじゃないか?」


 筋肉は全てを解決するとは言わんが、戦場で起きる大抵のことは対処できるぞ?

 

「いや、そんなんだから英国人から”ブレン機関銃の怪力男ブレン・パワード”なんて妙なあだ名付けられるんですよ」


 その仇名考えた奴、絶対転生者だろ?

 いや、俺もだけどさ。

 

(あのOP好きだったなぁ~)

 

「このぐらいの事、ランボーだってできるさ」


 映画の中でM60の片手撃ちとかやってたし。そういやM60とブレンの発射速度レートって似たりよったりだっけ? どっちも毎秒10発以下だったと思う。体感的にもそんな感じだし。

 ちなみにあの程度のアクションなら、素でできる自信あるぞ?

 いや、爆薬付きの弓矢でヘリコプター落としたことはないが。

 

「? 誰ですって? エドワルド・アラン・ポーやなら知ってますが?」


 そりゃ(こっちの世界の)作家だ。

 ちなみに今生の日本を代表する推理小説家は、”江戸川乱放らんほう”というらしく、少し発音が違う。

 というか意外と学あるな、軍曹?

 もしかして、金が無くて軍隊に入ったクチか?

 まあ、俺も「海軍幼年学校なら学費が無料タダ」ってのに飛びついたクチだから人のこと言えんが。

 あのいつも女侍らせてた人のよさそうな近所のおっちゃん(初めて会ったときはまだギリ兄ちゃんって感じだったが)、大神って姓だからまさかとは思ったが、本当に海軍のお偉いさんだとは思わなかったぜ。

 この世界には、蒸気で動く人型機動兵器なんて無いんだが。

 

「それにしても、歯ごたえがありませんな……」


 そういや軍曹も右手にベ式短機(ベ28式短機関銃)、左手に武35式自動拳銃(ブローニング・ハイパワーの国産ライセンス生産品)で銃型ガンカタじみたアクション、キメてたような……こいつはこいつで人のことは言えないと思うぞ?

 そういえばうちのベ式は言うまでもなく、英国のランチェスター短機関銃も元はドイツのMP-28、実はマガジンは共用できるんだそうだ。

 こだわるな英国式。

 

「無いにこしたことぁないんだろうが、なんか釈然としないな」


 とまあ、吞気に会話してることから分かるように、戦闘は既に終了していた。

 ぶっちゃけ、俺は2弾倉マガも撃ってないぞ?

 

 なんか、艦砲射撃と空爆が完全に青天の霹靂きしゅうだったらしく、慌てふためいているところに俺たちが飛び込んで、あいさつ代わりに弾ばら撒いたらあっという間に白旗があがったってわけだ。

 

 いや、あっさりし過ぎだろ?

 少しは抵抗する気概魅せろや。

 

 関の孫六ダンビラで首跳ね飛ばした程度で戦意喪失すんなや。

 物理的に首が飛ぶくらい、戦場じゃありふれた光景だろうが?

 ピン抜いた棒付き手榴弾(九八式柄付手榴弾のことだろう)、棍棒代わり口の中に叩き込んで蹴り飛ばしたくらいでギャアギャア騒ぐな。

 爆散した味方の脳漿や臓腑ぶちまけられたぐらいでゲロ吐くな。

 ここは戦地だ。そのぐらい慣れとけ。

 こちとら弾倉交換以外左手使わんから、手持ち無沙汰なんだよ。

 

「とりあえず他にやることもないし……降伏した連中、縛り上げるとしますかねぇ」


 紐足りなきゃ、手足の関節外せばなんとなんだろ。

 

「その後は、砂浜に並べて一人ずつ後頭部撃ち抜きますか?」


「やんねーよ。俺は何処の赤軍ばんぞくだ」


 確かに手っ取り早いっちゃ早いが、そんなことした日にゃ法務士官に何を言われるかわかったもんじゃない。

 それに一応は文明国の軍隊な訳だしな。

 共産主義国家は文明国にカウントしないのが、日本皇国の嗜みだ。

 

「それに抵抗できない奴を撃ち殺すのは、趣味に合わん」

 

「戦場の荒んだ空気を和ませる、ほんの冗談ですよ」


「和んでねーし、笑えねぇっての」


 ったく。この軍曹も結構大概だな。

 

 











*******************************











 後方の補給拠点だったエル・アゲイラが日本海軍の活躍により壊滅・占領の一報は、ベンガジのイタリア駐留軍の戦意を挫くのに十分なインパクトがあった。

 なにせ、後方の撤退予定地点が先に陥落してしまったのだ。

 ベンガジから撤退するにしても、エル・アゲイラを封鎖されれば北アフリカ・イタリア軍の本拠地である”トリポリ”まで戻るのは不可能だ。

 また、現地の反抗勢力が一斉蜂起してるらしいベンガジ市街に日本人に背中から撃たれながら戻るのは自殺行為に等しい。

 

 事実、この時には既にサヌーシー教徒に確保された街のあちこちには廃材やスクラップ、イタリア人の死体(中には動けないだけで死に切れてない者もいたが些細な、あるいは時間の問題だった)などを土嚢代わりに積み上げた臨時抵抗拠点バリケードを築き、場所によっては機関銃座まで据え付け、イタリア人が戻ってくるのを待ち構えていたのだ。

 

 また、ガザラ同様にエル・アゲイラのリビア人強制収容所も同時に解放されていた。

 この収容所は解放のタイミングが早かったために、史実よりずっと犠牲者は少なかったということは書き記しておきたい。



 

 ただ、頭を抱えたのが山下将軍だった。

 なんせ、ベンガジもエル・アゲイラも早期降伏してしまったせいで、ガザラの戦いから数えて捕虜が通算6万人を超えてしまったのだ。

 戦死者と、もうどう見ても助からない者を含めて負傷者が把握できてるだけで2万人越え……

 ちなみにベンガジなど制圧した港に停泊していた船舶を軍民問わずに鹵獲。自沈は今は放置(後に撤去)で、逃走を図った者には網を張って待ち構えていた海軍地中海潜水艦部隊や航空隊の手厚い撃沈アフターサービスが付いた。

 

 いや、”コンパス作戦”の時の英国軍よりはマシな状況かも知れないが、それでも多いものは多いのだ。

 しかも、陸上での捕虜の取扱いに関する最終責任者はアレキサンドリアの今村大将だが、優先采配権(つまり最初の捕虜の処遇を決める権利)は捕虜にした陸軍、山下中将にあったのだ。

 無論、小沢又三郎中将麾下の遣地中海艦隊麾下海軍陸戦隊が捕縛した捕虜もいたが、陸地で捕らえた者はその処遇も戦功第一等の陸軍に委任するということになっていた。

 

 正直、今すぐに捕虜全員を船に押し込めてシチリア島に送り付けてやりたいところだが、現状の日伊関係ではそうもいくまい。

 とりあえず……

 

「リビア人を押し込めていた各地の収容所に、一時入居してもらいましょうか? なに、自分たちで作った建物だ。文句は無いでしょう」


 ”ふっふっふ”とダークサイド・スマイル浮かべる武者小路特使が背負う変なオーラに気圧されるように、山下将軍はサインしたという。

 そして、せめてもの武士の情けとして必要ならば国際赤十字にも連絡を取り、なるべく早く帰国できるように取り計らってやろうと心に決めた。

 

 本音を言えば、早いとこ厄介払いしたいだけだったような気がするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 さて、少し趣向を変えて”あり得るかもしれない未来”の話をしよう。

 

 後年、イタリア左翼団体が、このリビアの収容所から生還した老人たちを担ぎ上げて、「人権侵害だ!」とどこぞの半島の南半分のように騒ぎ立てた事例があった。

 しかし、それを聞いた駐イタリア王国・・の日本皇国大使は記者会見を開き、呆れた視線で……

 

「いや、元々はあんたらイタリアが作った施設でしょ? しかも、そこにリビア人を何年も閉じ込めてたわけだし。人権侵害云々言いだすなら、まずそっちが先じゃないの? それともリビア人にはよくて、イタリア人はダメだと言いたいのかね?」


 そして、駐イタリア王国のリビア三国連合大使(彼は日本皇国と皇室外交のあるキレナイカ王国の出身でサヌーシー教徒だった)は……

 

「リビアは、当時強制収容所に関わった全てのイタリア人をリストアップしているし、現在誰がどこで生存しているかも把握している。イタリアがその気ならば、いつでも国際的な司法の場に提訴できるが?」


 そして、騒ぎは沈静化した。

 正確には、イタリア政府が王国の威信にかけて、多少の流血を伴いながらもこの国際的恥さらしを沈静化させた・・・

 これも蛇足だが、イタリア人捕虜は、イタリア人がリビア人におこなったそれより遥かに丁重に扱われたという論拠は、イタリア人に餓死者どころか重度の栄養失調者もいなかったこと。加えて朝食を除き昼食や夕食には英国式が採用されなかった事が論拠とされた。

 

 

 悲劇は喜劇を呼ぶという、歴史上何度も再上演が行われたありきたりな演目だった。















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