第117話 ”事後”のちょっとした話と、ちょっとした二つの街の攻略の話




 やっぱさ、確実に命中弾が出そうになるまで(いや、当たった確証はないし)”下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”方式で頑張るナーディアちゃんは、完璧主義者だと思うんだよね。

 

「そして、ナーディアちゃんが気を失ったあと、どこからともなく……というか、一部始終を最初から潜んで覗き見していたらしい妹分(?)たちがわらわらと出てきて、『お姉さまだけずるい!』、『私だってブルーグ迎えてるもん!』『私、お姉さまより背丈もお胸も小さいですよ?』とちみっこいのに次々と搾り取られた……ってそんな夢を見た」


「いい加減、現実を見ましょうや? 中尉殿」


 小鳥遊君が親指で刺すその先には、ナーディアちゃんを団長に妙に肌艶の良い(対して俺はカサカサな気が……)、少し歩き方がぎこちない平均身長低めの見送り集団がいたりして。

 ちなみにお姉さまと言っていたが、実の妹だけではなく従妹とか親戚の娘が大半だったらしい。

 

「あー、中尉殿。いっそここに残って”サヌーシーの種馬”になるって未来もあるのでは?」


「勘弁してください」


 いや、これでも一応鉄砲使いの矜持はあるんよ?


「ところで小鳥遊君や」


「ん? なんだよ?」


「上の方、”こうなること”を承知の上で、俺たちを戦勝パーティーに送り込んだと思うか?」


 何というか、ナーディアちゃんの準備万端感が半端ではなかったというか……例えば、部屋に立ち込めていたお香とか。

 ちみっこいのの隠れ場所とか。


「……ありえるな。リビアの特使って武者小路のオッサンだろ? ありゃとんだ食わせ者って話だそうで」


 うわぁ……なんか、政治の暗黒面見た気がする。

 というか、相変わらず謎な情報網を持ってるな。小鳥遊君。

 

「まあ、政治のことは政治家にぶん投げて、俺達はとりあえずトリポリでも落としに行きましょうや。中尉殿、ナーディアちゃんにまた来て欲しいって懇願されてるんでしょ?」

 

「うっ……なぜそれを?」


「いや、まあ雰囲気的に?」


 なんだその謎スキル。


「ちゃっちゃ戦争おしごと終わらせて、それから次を考えるってのもいいもんだと思いますよ? マジで」


「今日は語るじゃないか?」


 俺はそう茶化そうとするが、小鳥遊は妙に真面目な顔で、


「戦争商売はいつまでも続かねぇってことですよ。中尉殿」


 やれやれ……それもまた事実なんだよなぁ

 

「この先ずっと、鉄砲撃ってばかりじゃいられないってか」

 













*******************************















 さて、トリポリ手前まではダイジェストで行こうと思う。

 むしろ、キング・クリムゾンしてもおかしくないくらい波乱が無かった。

 

 エル・アゲイラからトリポリまでの海岸沿いの大きなイタリア側の拠点は、近い順にスルト、ミスラタという街だった。

 

 どちらもリビアの行政区分的には、キレナイカではなくトリポリタニアの勢力圏に入る。

 簡単に言えば、キレナイカはサヌーシー教団の本拠地とするならば、トリポリタニアはアラブ商人たちの勢力圏だ。

 人口もリビアで多く、健全な時代なれば北アフリカ有数の交易地であり、天然の良港である交易港と北部には豊かな緑地や農地が広がっていた。

 

 史実であれば、イタリアの征服された後も英国の植民地とされたが、生憎とここに英国人は居ない。

 機を見るに聡いアラブ商人たちは、付き合いのあるサヌーシー教団と接触し、そして武者小路特使と折衝した。

 

 日本皇国が目標とする”リビア三国連合トリニティ”……政治信条やその他の違いから無理に統合せずに住み分けるという提案は、商人たちにとり理想的な回答だった。

 

『商人による商人の統治は認められるのか?』


 という問いかけに、武者小路は生真面目にこう返した。

 

『まずリビアの地に住まう全員が守る”リビア憲章”というルールを立ち上げる。その最低限の護るべき事項を定めたルールに従い、普通選挙と議会制を取り入れた共和制を取ればよい。必要であれば商人が議員を兼任しても構わない。そもそも近年における共和政は、資本主義と密接に関りがある。本質的には税金の使い道をどう決めるかが現代の政治の肝だ。ならば、利害調整の機能を議会が持つことはなんらおかしくない』

 

 と”身分の貴賎にとらわれず、経済活動の円滑化を担う議会と共和制”をぶち上げた。

 やや経済面での優位に偏った説明ではあったが、これは明らかに現代国家の(共産主義を除く)基本的な政治スタイルに関する啓蒙だった。

 そして、最後はこうしめた。

 

『大事なのは、他人の価値観に無用に口を出さないこと。相手の価値観を侵害しないことだ。商人にとっては金が全てかもしれないが、全ての人間がそうではないのだから』

 

 こうして口八丁手八丁でアラブ商人たちの協力を取り付けた武者小路の活躍もあり、日本皇国軍は瞬く間にスルトとミスラタを陥落させた。

 

 スルトの戦いは、ベンガジの戦いのほぼ再現だったが、伊軍の兵力がベンガジの半分以下しかいなかったうえに、装備も貧弱で士気も低く、空爆からの砲兵一斉射でおおよそのカタはついた。

 特筆すべきトピックスは、アラブ化したベルベル人であるカッザーファ部族が”流れ弾・・・”で大きな被害を受けたことぐらいだろうか?

 可哀そうなことに犠牲者の中に来年出産予定の妊婦もいたが、胎児もろとも命を落としてしまった。

 戦争のよくある悲劇であった。

 豆知識だが、その部族出身者は”カッザーフィー(カダフィー)”を出自二スバとして名乗る事が多いという。

 

 

 

***

 

 

 

 ミスラタはもっと簡単だった。

 試しに皇国海軍地中海艦隊の爆撃機隊が一斉に街の上空で、イタリア語とアラビア語の両方で書かれた降伏勧告のビラをばら撒いたら、本当に降伏したのだ。

 というか正確には、日本人がアラビア語で書かれたビラをばら撒いた直後に住人が一斉蜂起し、命からがら都市にいたイタリア人が脱出して、港から白旗を振る「降伏するから救助を求む」としたのだ。

 これを笑ってはいけない。いや、むしろ笑えない。

 

 この時の尋問もしてないのにペラペラ早口のイタリア語でしゃべり始めた救助した捕虜(?)の話を聞くと、トリポリ防衛のために戦力が引き抜かれミスラタの兵力は1万人もいなかったそうだ。

 

 正直、いつ何十倍もいる市民に襲われるかビクビクしていた所にビラがまかれ、市民がこれまでの不満を爆発させ襲撃が始まり、命からがら港まで逃げ出したそうだ。

 ちなみにミスラタからトリポリまで陸路で約210㎞ほどしかない。

 

 

 

 あんまりと言えば、あんまりな話だが、これが偽りのない北アフリカ・イタリア軍の真実だった。

 そして、日本の北アフリカの戦力全てが、トリポリへと向かう。

 

 恐るべきはその進撃速度だ。

 リビアの東端であるトブルクからほぼ西端にあるトリポリまで陸路約1,500㎞ちょっと。

 ガザラの戦いから、まだ6週間ほど。

 この僅かな時間で、日本皇国軍はほぼ本州の長さに匹敵する距離を進軍した。進軍してしまったのだ。

 

 いや、これすらも補給や捕虜や戦傷者の移送、戦死者の処理に時間がかかった事を加味しなければならない。

 

 これは何と表現すればよいのだろう?

 日本皇国軍の兵站補給線の延伸能力の高さか、それとも機甲戦力の移動力の高さと故障の少なさか?

 あるいは明らかに別世界の自衛隊の影響を感じる工兵隊の能力の高さか?

 

 九七式をベースにした試製地雷処理車が爆導索だか導爆線だかのこの時代にはないはずの隠れハイテク(?)機材を使って申し訳程度に埋設されていた地雷原を処理していたので、これも大外れではないだろう。

 

 まあ、フェザーンを除くアラブ人を味方に付けられた事はとりあえず要素として大きいだろう。

 

 特にこれといった理由もなく、されど全てが理由になるような状況で、日本皇国軍はトリポリに迫っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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