第112話 機動砲と狙撃銃、そしてザーフィラちゃん……?




 日本皇国陸軍は、守勢専門部隊だとよく誤認されるが、装備面を見る人が見るとそれが全くの誤りだとすぐに気付くはずだ。

 ”機動八九式改15サンチ加農砲”に始まり、今回の作戦に参加した”機動九六式15サンチ榴弾砲”、”機動九一式105㎜榴弾砲”、”機動九〇式改野砲”に”機動九五式野砲”と、日本の野砲には機動・・と付く物がやけに多い。

 原型となった大砲も車輪がつき牽引できるはずなのに何が違うのか?

 

 これは単純に、機動と付く大砲は、全て”自動車などによる速い牽引に特化・・・・・・・した大砲”であるのだ。

 実は、第二次世界大戦においても大砲を牽引するのは馬だったり、場合によっては人だったりするのは珍しい話ではない。

 その状況で牽引速度はさほど早いとも言えないだろう。

 

 だが、疲れを知らずパワーのある軍用車が幅をきかせ、それらが大砲を牽引するようになってから状況が変わった。

 自動車の速度で牽引した場合、多くの野砲が壊れた・・・のだ。

 考えてみれば当然の結果だった。

 そもそも自動車の牽引速度で引くようには車輪部分は作られていないのだ。大砲の強力な反動に耐えられるように台座は作られていても、地面から突き上げられる衝撃や、車軸や車輪にかかる摩擦は全く別の耐久力が必要になる。

 移動速度の上昇と同時に等比級数的に上がるこれらのエネルギーの過負荷に強度限界があっさり超えて壊れたのだ。

 

 かといって大砲の牽引限界速度に合わせて移動速度を落とすのは本末転倒。

 折しも日本でも始まっていたモータリゼーションの影響で、陸軍の自動車化、装甲化は急務とされていた。

 

 そこで編み出されたのが自動車の牽引速度に耐えられる大砲の開発、”機動・・砲”の誕生である。

 実際の解決法はシンプルで、設計に手間のかかる大砲の自体は大きな設計変更はせずに、台座(砲台)の方を新規設計。衝撃に強いパンクレス・ゴムタイヤや立派なサスペンション、衝撃を逃がす車軸構造など、自動車の設計応用が大いに導入された。

 

 この効果は実に大きく、移動速度の上昇で素早く砲撃ポジションにつき砲撃できるようになっただけでなく、弾道からこちらの砲撃位置を逆算され飛んでくるカウンター・バッテリー(反撃砲撃)が始まった場合も素早く移動できるようになったのだ。

 砲兵というのは、一度砲弾を撃つと位置が露呈しやすい兵科なのだ。

 

 このような砲兵の機動・・力を底上げするような軍隊が、防御一辺倒な訳はない。当然だった。

 もし本当に防御だけなら、むしろ固定砲の方にもっと力を入れたかもしれないし、ましてや機動砲では飽き足らず砲兵と大砲と弾薬を車体に乗せて、移動したらすぐ撃てて、撃ったらすぐに移動できる」ような”自走砲”なんてものまで開発したりはしないだろう。

 現在、まだ・・2種類しか出てきていないが、この2種類で止まるとは誰も言ってないのだ。

 

 比較ついでに言うと、ドイツ軍の砲兵は史実と比べ物にならないくらい強い。

 同じ数なら、米ソの砲兵隊とやり合ってもそう簡単に撃ち負けはしないだろう。

 砲兵が弱くて、急降下爆撃に頼った史実のドイツとはまさに隔世の感がある。

 そして、今後は益々強くなる。

 そして日本皇国陸軍は、そんなドイツ軍と”正面から殴り合う”為に、日々努力をしているのだ。

 

 

 そして現在、日本皇国陸軍が潜在的に持つ”獰猛なまでの攻撃力”が、遺憾なくイタリア人に発揮されつつあった。

 

 

 撒き散らされる破壊と殺戮。

 今となっては世界中で見られるありきたりの風景だが、ベンガジを巡る攻略戦は、何もここだけで起きているわけではなかった。

 


 

 

 










*******************************










 おっす。シモヘイ……ではなく下総兵四郎だ。

 現在、俺達狙撃小隊は皇国軍の攻撃のどさくさに紛れて特殊部隊と現地協力者サヌーシー教徒のエスコートを受けてベンガジの街に入り込んでいる。

 要するに、イタ公が皇国の攻撃に耐えかねて街中に逃げ込んで住人を盾にしようとしたら真っ先に射殺する役目を任されたってことだ。

 誰だってそりゃあ民間人巻き込んだ血みどろ、泥沼の市街戦なんてやりたくないってことなんだが……

 

「おやぁ?」

 

 何やら手に手に武器を持った住人が街中にわずかに残ったイタリア人を襲撃し始めたんだが?

 あー、見覚えのある武器がチラホラ見えるな~。

 なるほど、なるほど。日本皇国がサヌーシー教団に流した武器が、街中に持ち込まれていたのかぁ~。

 

 ちょっとスコープの先の情景が急展開過ぎて、頭の回転が追い付いてないっす。

 いや、友軍の洒落にならない砲撃が始まったのは、砲弾の飛来音ですぐにわかった。

 連続した爆発。

 イタリアンな砲兵からの反撃がかなりしょぼいところから見ると、さっきの爆撃で相当なダメージを負ったらしい。

 

(本来ならここからは味方の砲撃支援の中、戦車隊が随伴歩兵従えてイタリア陣地を踏み潰しにかかるはずだが……)

 

 

 

 かくゆう俺は、戦車に押し込まれたイタリア人を待ち伏せるためにベンガジの街、イタリア軍が大砲撃ち込んだせいで崩れかけたモスクの天蓋ドームに小鳥遊君と潜んでいます。

 いや、そりゃさ……神聖なモスクを異教徒のしかも侵略者な外国人にぶち壊されたら怒髪天になるのもわかるけどさ。

 

「意図せず市街戦、始まりやがりましたが……中尉殿、どういたします?」


 小鳥遊君、こんな時だけ階級呼び+殿付けはズルくね?

 要するにわが軍の猛攻に感化され、怒り心頭のベンガジ市民は自らの闘争を始めたってことなんだろうけど。

 

「祖国解放のために戦う連中を、まさか見殺しにするわけにはいかんだろ?」


 便衣兵ってのは本来、テロリストと同じ扱いなんだが、この期に及んで教条的な事を言っても仕方ないだろ?

 俺は九九式狙撃銃を構えながら、

 

「"Zafira" , 'ant tuharib eibadat Al Sunusii , 'alays kadhalika?(”ザーフィラ”ちゃん、戦っているのはサヌーシー教団ってことで良いんだよね?)」

 

 街中に入るなり案内役として紹介されて合流、見事に俺と小鳥遊をここまでエスコートしてくれたサヌーシー教団の少女(多分、お胸がぺったんこだからそう呼んで良い歳だと思う。多分)、ザーフィラちゃんに最後にアラビア語でそう確認する。

 

 あっ、多分、これは偽名だ。

 アラビア語で”勝利”って意味の女の子につける名前で、男性名になると”ザーフィル”になるらしい。

 おそらく、今のベンガジには何人もザーフィラちゃん(さん?)やザーフィル君がいることだろう。

 

 すると如何にもアラビアンな美少女なザーフィラちゃんはお目目をキラキラさせて、

 

「Barak Allah fi almuharib alkarim !(高潔なる戦士にアッラーの祝福を!) Junud Al Sanusii yuqatilun alan !(まさに戦っているのはサヌーシー教徒です!)」

 

 なんか表情とセリフが合ってない気もするが……それはさておき、サヌーシー教団の人間なら問題ない。

 彼らとは協力関係にあり、イタリア人は敵だ。

 ならどっちの味方をするか考えるまでもない。

 俺は真新しいスコープにターゲットを捉えて、

 

Allāhuアッラーフ akbarアクバル!」


 きっとサヌーシー教団には受けの良い掛け声とともに引き金を引く!

 狙い通り、放たれた7.7㎜弾は射撃命令を出そうとしていた尉官の階級章を付けたイタリア人の胴体真ん中に命中する。

 

 スナイピングってのは、一発必中は心がけるが、”ゴルゴダの丘に掲げられた13番目の男”じゃあるまいし、必ずしも眉間を射貫き一撃必殺である必要はない。

 無論、ヘッドショットを狙い、標的を必ずこの世から追放せねばならないミッションもあるが、原則、敵の戦闘力を奪えれば良いのだ。

 なので俺は、基本的に的が小さくよく動く頭より、胴体の中心、上半分を狙うようにしていた。

 一撃で死ななくとも、戦場では即死より出血死の方が圧倒的に多いのだ

 心臓付近に命中すれば、そう簡単に出血は止まらないし、衛生兵の数には限りがあるし、そばにいるとは限らない。

 

「中尉殿、次の標的! 右2時15分方向! 距離約300! 建物の陰に潜んでる!」


「おうっ!」

 

 俺は、素早く新たな標的に照準を定める。

 

(いや、別にいいんだけどさ……)

 

 美少女がイタリア人が射殺されるのをうっとりした表情で見て、顔を赤らめながらはぁはぁと小さく息を荒げてるの、なんか怖いんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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