第110話 よく晴れた砂漠の空を、燕は自由に舞う




 さて、日本皇国陸軍が守勢専門部隊だと誤認されがちなのは、主にその戦績、配された戦場の事情ゆえでもあり、また日本皇国はその国政からあまり領土拡大を良しとせず、故に植民地獲得戦争にも出兵させることは少ないという結果故であった。

 

 まあ、これは明治時代に生きた転生者が「彼の知る歴史と同じ拡張政策を続け、大東亜共栄圏構想が成功したとして、黒字経営になるまで必要な投資額と、その後にかかる維持コスト」を興味本位で数年がかりで算出して、その金額に卒倒し、それが後世の転生者達に「安易な拡張政策、破綻と破産と破滅の道標」と詳細なデータと共に戒めとして遺した事や、また「攻撃三倍の法則」が正確かどうかは別にしても、基本的に同等の防御の方が有利な戦況になりやすいのは過去の多くの戦訓が証明している。

 

 実際、「攻撃三倍の法則」を言い出したソ連では、「敵の防衛拠点を攻略する場合、六倍から十倍の兵力集中」を定義している。

 ややこしいのは、これは単純な数の問題ではなく、戦力には様々な増加要素や倍加要素、逆に減衰要素がある。

 

 例えば、人口300万都市のレニングラードを今生のドイツ軍はフィンランド軍まで含めて総兵力50万足らずで陥落してみせたのだ。

 防御絶対有利なら、レニングラード市民がソ連式ドクトリン”動ける者は全員、赤色農兵”というくくりで換算すれば、計算上は1000万規模の軍勢がドイツ側には必要なはずである。

 だが、実際には理論値の1/20程度の戦力しか要らなかった。

 

 何故か?

 ・実際にレニングラード側で防衛戦力として正規兵力換算できるのは、40万人を下回っていたという現実。

 ・また、バルチック艦隊の全滅や度重なる本格攻略前の予備攻撃により補給線が寸断され、戦力維持に必要なインフラにも甚大なダメージが出ていたこと。

 ・周辺拠点が相次いで陥落し、他地区・戦区との連携や支援が事実上、不可能になっていたこと。

 ・制空権、制海権が完全にドイツ側にあったこと。

 ・加えて、レニングラード本戦の前に行われた多くの前哨戦で、回復不可能なダメージを受けてしまったこと(防衛司令官の戦死など)。

 ・史実の1年分の武器弾薬を1ヵ月で消費するほどドイツ側の火力集中・火力投射能力がすさまじく、時間当たりの平均火力投射能力換算でレニングラード防衛側の数倍~10倍以上に達したこと

 

 などがあげられる。

 つまり、人員数ではなく侵攻総合戦力値として、レニングラード防衛側の数倍じゃ利かないくらいの戦力差が攻撃ドイツ側にあったからこそ、ああもあっさり陥落したのだ。

 

 そして、その縮小版が今まさにベンガジで再現されようとしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「空は快晴。アフリカらしく晴れ渡り、されどところにより鋼鉄と炸薬の雨が降るでしょう」


 なんか久しぶり。

 現在、トブルク基地に隣接した空軍基地に配属の一〇〇式司偵乗り、徳川家が大っ嫌いな”滋野清春”だ。

 確か、クレタ島以来か?

 

 いや、なんかお前しか偵察機乗りはいないのかって言われそうだが……先に言っておくが、たまたまだぞ?

 

 それに正確に言えば本日の俺の任務は、偵察ではなく純粋な先導機、つまり後ろコンバットボックス組みながら飛んでる一〇〇式重爆”吞龍”の水先ならぬ空先・・案内人ってことだ。

 

 そんな訳で、俺の一〇〇式も今日の奴はレアな特別仕様機、機首に捜索電探に逆探、高出力通信機に電波高度計と連動した慣性航法装置を搭載した”パスファインダー・スペシャル”って呼ばれている奴だ。

 なんでパイロットの俺とレーダー/航法士、後部旋回機銃手を兼ねた通信士の三人乗りだ。


「機長、電探に感在り。前方11時方向、下方より上昇中、時速450㎞より増速。数およそ20」


 淡々と報告するレーダー士君。英国との共同開発で既に隠しハイテクのPPIスコープが実用化されているとはいえ、この時代のレーダーはまだまだ大雑把な電波反射情報しか映し出さない。

 その輝点の電波反射強度の増減と移動の僅かな情報でそこまで読み取るなんて、随分と腕のいい奴をよこしてくれたもんだ。

 

「通信! 護衛戦闘機隊に敵機接近の報、方向と数、送れ!」


「了解!」


 頼むぜ”隼”に”飛燕”……お前らの活躍次第で身重の連中ばくげききの生存率が変わってくるんだから。

 



***




「ふん。ようやく連中も新型を出してきたってわけか」


 隼になっていた時代なら無理だった、増速して一〇〇式司偵を”後ろから追い抜く”ってのは正直、気分がいい。

 それまで一〇〇式のものだった”日本皇国最速の航空機”の座は、今や”飛燕”のものだ。

 

(最高速630km/hは伊達じゃないってな)


 ああ、皇国空軍の”篠原博道”だ。

 今回の作戦のため、クレタ島から少し前に転戦してきた。

 心配するな。あっちは平和なもんだ。時折飛んでくるイタ公の爆撃機や偵察機は、地上要員や整備兵も含めて新人共の良い教材になる。

 隼も良い機体だったが、飛燕も負けちゃいない。まず、加速がよく、最高速までストレスなく伸びてゆくのが実に良い。

 

「飛燕隊各機に告ぐ! 敵の新型は、資料にあったマッキMC.202”ファルゴーレ”のお出ましだ。最高速はこっちの方が速いはずだが、性能はこれまでのイタリア機とは別次元だ! 褌締めてかかれよっ!!」


『『『『了解っ!!』』』』


 僚機の金井をはじめ、悪くない空気だ。

 

(レーダーってのはやっぱ便利なもんだな……)


 有視界に入る前に敵機の接近がわかるんだから。

 やはり、そのうち大半の戦闘機にも積まれるようになるのだろう。

 

(それにしても、飛燕とファルゴーレが戦うなんて、なんという皮肉)


 俺の知ってる歴史じゃあ、飛燕は連合軍から”トニー”って識別コードをつけられていた。

 トニーってのはイタリア系アメリカ人に当時は多かった名前で、由来は「飛燕がイタリア戦闘機に似ていたから」らしい。

 そのイタリア戦闘機ってのが、MC.202だったわけだ。

 

(まあ、確かに印象は似てるかもな……)


 三枚ペラの水冷エンジン機、おまけにどっちもまだら模様の砂漠迷彩パターンときてる。

 

(一応、注意喚起だけはしておくか)


「各機、敵の新型は何の因果か飛燕にシルエットが似てる! 同士討ちするような間抜けな真似するんじゃねぇぞっ!!」


 では、空中戦を楽しませてもらおうじゃないか。

 久しぶりの本格的な狩りの時間だ。

 

「金井、遅れるなよ! 突っ込むぞ!」


 俺は二機編隊ロッテを組む僚機に声をかける。


『あいよっ!』


 背中を安心して任せられる相棒がいるというのは幸運なことだな。

 俺は天に居るらしい何者かに感謝しつつ、スロットルを開け操縦桿を前へと倒す!

 プロペラの回転上昇に降下速度を相乗させることで、一気に増速させると同時に、ジャイロ安定式照準器の中の敵機が膨らんでゆく。

 

「そこっ!」


 両翼合計4丁のホ103が快調に火を噴き、装填したマ弾が敵機に吸い込まれると連鎖爆発を起こさせ、空中で爆散させる!

 

(新型とはいえ、そこまで頑丈ではないか……)


 頭の中で敵機の強度計算を行いながら、無意識で戦術機動を組み上げ、

 

「戦闘機隊各機に告ぐ! 伊新型の強度は従来と大差ない! 遠慮なくブチこめっ!!」













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