第108話 サヌーシー教団の猊下とある外交官の奇妙な冒険(?)の始まり
リビア、北部沿岸、アルバイダ
く、クルス、じゃなかった下総兵四郎だ。
今、アルバイダに来ている……来てるんだが、
「なんで敵がいねぇんだよぉーーーーーーっ!!!?」
どこにも敵がいやしねぇっ!!
あー、一応状況説明しておくな?
俺達、狙撃小隊は都市戦、市街戦が想定された為に、先遣隊として陸軍特殊作戦任務群と共に本隊に先んじてアルバイダ入りしたんだ。
あっ、そういや初めてここで公に存在が明かされてない特殊部隊の名前を知ったんだけど、”
なんでも花の名前がついた部隊がいくつもあるそうだが(さすがに数は教えてもらえなかった)、意図は「野の花のようにどこにでも(血の)花を咲かせる」存在だそうな。
そのうち、”彼岸花”だの”鈴蘭”だの出てきそうだが、安心してほしいのは孤児の年端も行かぬ少年少女ではなく、普通に俺より年上のオッサンばっかだった。
イカツいオッサンの集団は置いておいて、街に入ったら即戦闘ならまだよかった(良くは無いが)が、同行していたサヌーシー教団の人間が、おそらくは街に潜伏していた連絡員と話し、帰ってくると驚きの事実が告げられた。
なんでも、俺達が街に着く数時間前に、一斉に撤退したらしい。
まさにプロの手際だった……じゃねぇよっ!!
「これで空振り二度目かぁ~」
なんか、特殊部隊のオッサンに「ドンマイ」と肩を叩かれた。
そういや、収容所を襲撃した”沈丁花”も空振りだったっけか。
おそらくだけど、ガザラ村から真っ先に逃げ出した連中が、伝令となったんじゃないのか?
空は広く、海は青いがストレスだけが溜まってく気がすんゼ……
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「いやはや、流石は勇名高いインペリアル・アーミー! さしもの
かんらかんらと上機嫌に笑うのは、サヌーシー教団の教主、そして暫定リビア・キレナイカ方面首長”ムスタファ・イドリース・アッバス=サヌーシー”その人だった。
ついでに言えば日本皇国の計画では、樹立予定の新国家”リビア
「恐悦至極にございます。イドリース猊下」
そう恭しく頭を下げるのは今回、リビア三国連合設立の為に急遽外務省に招聘されたこのあたりの事情通、また王族への接遇にも慣れている”武者小路 実共(むしゃのこうじ・さねとも)”であった。
史実では、トルコの大使になった後にドイツで日本の全権委任大使として日独防共協定に調印して外交官としてのキャリアを閉め、この頃は”宮内省宗秩寮総裁”になっている筈だ。
だが、ここはやはり異世界なのだろう。
当然、不確定の未来はともかく現状で日独との間に防共協定などがあるはずもなく(ただし日英では38年の日本皇国の告発、英国でのケンブリッジ・ファイブの逮捕が重なり39年の同盟条項改訂で防共約定が盛り込まれた)、今生の武者小路はトルコで史実より長い時間を過ごし、大使としてのキャリアを一度は終えた。
実はこの時代にイタリアに植民地化されたキレナイカから脱出し、トルコに潜伏していた若き日のイドリースと面識を持ったのだ(リビアは伊土戦争前までトルコ帝国の領土だった)
そして、今回の計画の要であるイドリースと面識を持つ稀有な日本人としてのキャリアを見込まれ、とある”やんごとなき御方”よりお話があった。
『実共、朕はそなたの忠君ぶりをよく知っておる。宮内にいることは嬉しく思うぞ。されど今一度、朕の臣民の為に砂漠に赴き、その見識でどうか力になってはくれまいか?』
そうまで言われては嫌とは言えない。
それに正直に言えば……宮内省は仕事はそれなりに忙しいが平穏であり、自分には少々退屈過ぎた。
それに彼は、将来は大成するかもしれない弟の小説よりも、トーマ・エドワード・ロレンス(アラビアのロレンス)の伝記物の方に心躍らせる、
(アラビアのロレンスは結局、西欧によるアラブの分割支配の礎になってしまったが……)
”今度は自分自身が「本物のアラブ人によるアラブ国家の樹立」に動くのも面白い”
心よりそう思ってしまったのだ。
「しかし、ベンガジはこう容易くはいきますまい。アルバイダにいた兵力も吸収し、今は軍団規模……6万以上の兵力が終結してると予想されております。偵察機からの報告もそれを裏付けております」
トブルク要塞より飛び立った一〇〇式司令部偵察機の報告では、ベンガジに籠るイタリア軍は防御を固めて徹底抗戦する構えを見せているという。
「だが、問題あるまい? 余は皇国軍なら鎧袖一触にしてみせると信じておるぞ。
これは言外に「市街戦は地の利があるサヌーシー教徒がやる。その突破口を空けて欲しい」と言われているのであるが……
「そこまで楽観には考えておりませぬが、不可能ではないと申し上げます。そして、イドリース猊下。ベンガジ解放後は、どうかお約束を……」
こちらも言外に「約束違えれば、日本は手を引く」と言っているのであるが、伊達に盟主をやってるわけでは無いイドリースがそれに気づかない訳はない。
「わかっておるとも。余は西欧人のような傲慢・強欲ではないぞ? 噓はつかんし舌は二枚もない」
と日本の同盟国を揶揄しながら、
「余が求めるのはキレナイカのみぞ。キレナイカがサヌーシー教徒の安息の地であり、我が王国であればそれでよい」
イドリースとの謁見後、サヌーシー教団の信徒と一緒に復興の槌の音を響かせる陸軍工兵隊を横目に見ながら、武者小路はアルバイダを後にする。
歴代転生者の中にはおそらく災害支援や災害復興に長けた自衛隊出身者が相当数いたのだろう。
あるいは現在もそれなりの数が居るのかもしれない。
そのせいか異世界の自衛隊の伝統をまるで引き継ぐように、皇国軍はこの手の作業を得意としており、特に工兵隊は群を抜いてると言っていい。
実はこの世界線でも起きた関東大震災の折りも、まだ当時は数が少なかった重機を駆使して救助活動から災害復興まで大活躍だった。
前に日本皇国のモータリゼーションは農機から始まったと書いたが、あらゆる分野が急速に自動車化してゆくのはこの震災復興を終えた後だ。
おそらく、ファンタジックな要素を抜いた人外の力、機械仕掛けの神通力を間近に見た皇国臣民の心に火が灯ったのだろう。
そして、武者小路は連絡機に乗り込み、トブルクへと向かった。
山下将軍に、ベンガジへの全力攻撃を要請するために。
こうして後の世に、アラビアのロレンスならぬ”アラビアの
武者小路は、決して苛烈な人間ではない。
だが、”アラビアの武者”以外にも”アラビアン・キングメーカー”だの”地中海の王室復興請負人”だのと将来的に呼ばれる男は、やはり只者ではなかった……後世の歴史がそれを嫌って程証明しており、それに比例して軍部と外務省が罵り合いの果ての合同飲み会で親睦を図る機会が増えていくのだった。
リビアは、その武者小路実共の奇妙で数奇な冒険(?)の、まさに最初の一歩だったのだ。
後年、ある識者は語る。
『外務省の有能な奴は、変人しかいない』
と。
来栖の乱行にニヤついてるのは本来は監督役である吉田滋であり、今回の一件のために武者小路の外務省への復帰を”やんごとなき御方”に上奏したのは他の誰でもない、外務大臣の野村時三郎だ。
そして、サムズアップして了承印押したのは当然のように近衛公麿首相である。
結局、こ奴ら黒幕(?)は、転生者かどうかは関係なく確信犯でグルなのかもしれない。
そして世界はまたしても、誰も知らない方向へと向かい始めた。
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