第107話 アラビアン・ロイヤルオーダーとロクでもない未来予想(ケース・アイルランド)
”アラビアン・ロイヤルオーダー”
いったい何のことかと思ったが、舞台裏を聞けば妙に納得のいく話だった。
何度か出てきたが、日本皇国軍と協力する現地の抵抗勢力、正確には”サヌーシー教団”というイスラム神秘主義の集団なのだ。
イスラムで集団と言うとイスラム原理主義とかイスラム過激派とかが真っ先に思いつくかもしれないが、イスラム神秘主義ってのは、スーフィズム……修行によって自我を滅却し、忘我の恍惚の中での神との
もっと簡単に”イスラム世界の
リビア東部の”キレナイカ”地方は元々サヌーシー教団の勢力圏で、イタリアに攻め込まれたその後も抵抗運動を続けていた。
そして、そのサヌーシー教団の頭目(教主)が、”ムスタファ・イドリース・アッバス=サヌーシー”だった。
アッバス=サヌーシーは”サヌーシーの盟主”といった意味らしく、元々イドリースはキレナイカを治めるサヌーシー教団の長、そしてゆくゆくはサヌーシー国家の王となるべく育てられたらしい。
だが、イタリアの植民地化で全てが狂い、今は教団を率いてイタリアから故郷キレナイカ地方を取り戻す為に抵抗運動を続けているとのことだった。
そのイドリースより日本政府を通して熱望があったのだ。
どうかサヌーシー教団の中心地である”アルバイダ”、そして”ベンガジ”を取り戻すのに協力してほしいと。
これが「取り戻してくれ」と丸投げなら皇国政府も頭を抱えただろうが、実際に戦力になるかは別にして「祖国奪還に協力しろ」なら大義名分も立つというものだ。
ああ、下総兵四郎だ。
この辺の情勢にやけに詳しいって?
いや、流石に1年以上リビアにいりゃあ、このくらいのことは耳に入るぞ?
(なんつーか……)
確かに戦争は、政治の一形態に過ぎないけどさ、
「いっそ一周回って清々しいくらい生臭な政治的理由だねぇ」
いや、さすがの俺でも呆れるぞ?
まあ、政治的欲求で作戦がきまるってのは、古今東西わりとよくあることなんだけどさ。
「上はそもそもリビアを掌握したがってたみたいだし、目的と利害が一致してるんだから、アリとかって思ってんじゃないっすか?」
小鳥遊の言う通り、上がリビアを
***
別の世界のこの時代を知ってる転生者なら誰でもわかることだが、ソ連は少なくとも俺の知ってる歴史よりも遥かに追い詰められている。
史実では落ちなかったレニングラードがいともたやすく1ヵ月で陥落し、ドイツ北方軍団は破軍に覚醒したフィンランド軍と合流、オネガ湖西岸のペトロザボーツクをフィンランドが陥落させ”ペトロスコイ”と改名し要塞化。
このペトロスコイからドイツ軍が守るノブゴロド、プスコフラインで防衛線を形成し、レニングラードを拠点サンクトペテルブルグとして復興させつつ東進はいったん終えて北方へ舵を切ったらしい。
中央軍集団は堅実な攻めでほぼ冬までにスモレンスクを攻め落として前線基地、あるいは防衛陣地化するだろうし、南方軍集団はウクライナ全域とクリミア半島を勢力下に置くのも難しくないだろう。
うまくすればクルスクやヴォロネジ、あるいはノボチェルカッスクやロストフ・ド・ナヌーも狙えるかもしれない。
こうなってしまえば、ソ連はより激しくアメリカをせっつくに違いない。
つまり、自国を攻めるドイツの圧力を減らすための”第二戦線の構築”、それも欧州へのダイレクトアタックを要求してるに違いない。
信じられないかもしれないが、そのスターリンの要求に従って計画されたのが連合軍が行った”トーチ作戦(モロッコ・アルジェリア上陸作戦)”であり、また”ノルマンディー上陸作戦”なのだ。
なぜ、ソ連の言う事をこうも素直に聞くのか?
国益など色々な要因があるが、21世紀に入り開示された資料を読む限り、”この時の米国はアカに汚染されつくされていたから”と言うしかない。
まあ、21世紀に入っても今度はイデオロギーではなくチャイナマネーに汚染され、パンダハガーを大量生産して中国にいいようにやられてるんだから、懲りるということを知らない連中だ。
はっきり言うが、アメリカ人って政治的には結構アホだよな?
(なんせ、”自分の育てた闇に食われる”のはヤンキーの得意技だしなぁ)
朝鮮戦争しかり、ベトナム戦争しかり、アルカイダしかりだ。
正直、アメリカというのはどうも政治的にいつも危ういし、信用しきれない部分も多い。
アカ伸び盛りの40年代なら尚更だ。
だが、今生ではソ連も立場は輪をかけて良くない。
なんせ、英国が”ドイツ退治”に乗らないからだ。
日英同盟が健在なだけでなく、ケンブリッジ・ファイブを代表格に国内のレッド・パージが進んでおり、アカの影響はだいぶ減ったってのもあるが……何より、アフリカではウラン脈や貴金属・希少金属鉱脈、アジアでは石油と立て続けに”乳と蜜の流れる新領土”を入手したのだ。
国土開発と資源化に忙しく、それこそドイツ人と戦争やってる場合じゃないだろう。
連中がリビアを皇国に丸投げして、アフリカ東岸でイタリア軍フルボッコ作戦に躍起になってるのがその証拠だ。
きっとコンゴへの打通を行うと同時にアジア・オセアニア資源地帯→マラッカ海峡→インド洋→紅海→スエズ運河→アレクサンドリア→ジブラルタル海峡までの完全な安全回廊を確保するつもりだろう。
おそらく、地中海の安定(聖域化)は日本に丸投げして大丈夫とか思ってんじゃないのか?
(そりゃ国益にかなうから上もやるだろうけどさ……)
”日の沈まぬ帝国”ってのは、考え方が実にえげつないと思う。
ジブラルタルから英国本土への輸送路も、ドイツと再戦しない限り安全が確保されてるって寸法だ。
軍事費も抑えられて万々歳ってのが、今の英国じゃないだろうか?
(どうやらアメリカに精気吸われて素直に没落や衰退する気はないみてぇだし)
おそらく、史実で戦後アメリカ(あるいは冷戦後に台頭した中国も視野に入れ)が手に入れた力を、そのまま吸引して英連邦の滋養に使おうと思ってるようにさえ見える。
いずれにせよ、日本としちゃあ
さて、米国やそれにくっついてる各国亡命政府(どうせソ連の事だから仕込みくらい入れてるだろうし)は操れるが、日英は上手くコントロールできない。
というか日本は最近、どこぞの首相のせいでまたしても大規模なアカ狩りムーブメントが起きて、またしても「公務員なら軽くて公職追放+公安のアフターフォロー付」なんてことになったらしい。
(本国は相変わらず物騒なこった)
今いる戦地より物騒な気がするのは気のせいか?
それはともかく、だとすれば……
(来年ぐらいにやるだろうなぁ)
いきなり欧州本土は無理だろうから、おそらくはターゲットはアフリカ西岸。
アメリカは、旧ヴィシー政権、現パリ政権を認めていない。
つまり、フランスの”中立宣言”も認めていない。
ただ、今回はドイツと停戦してるだけで味方ではない日本は参戦の口実として使いづらいだろうから、結局、「亡命政府の祖国奪還の為の正義の義勇軍」という形で動くかな?
(だから、ヤンキーに北アフリカをしっちゃかめっちゃかにされる前にリビアだけでも確保したいって腹積もりなんだろうが……)
だけど、アフリカ攻めの”足がかり”はどうすんだ?
英国は手を貸さないと思うが……まさか、
(”
アメリカ、いや”(仮称)連合軍”が反英アイルランドに大挙して押しかけ、基地化する?
(それやったら、英国は黙ってないぞ……)
ただでさえ混乱を招く中立フランスを叩くのにいい顔をしないだろうし、それで裏庭に大軍なんか持ち込まれたら……
(連合軍のジブラルタル海峡やスエズ運河、マラッカ海峡の通過禁止とか平気でやるぞ)
すると日英同盟の船のパナマ運河の通行禁止を対抗措置としてくるだろうし。
いや、それ以前にアイルランドに展開した兵力で英国に恫喝かけるかもしれん。
あるいは北部アイルランドのアイルランドへの返還要求とか言いだしてもおかしくはない。
そもそも、米国は前世でも今生でも、アイルランド系移民の力は予想以上に強い。
例えば、その最もたるものが、大統領を生んだ”ケネディ家”だ。
これ、意外と知られてないが、冷戦時代のIRA(アイルランド解放戦線)は、アメリカでアイルランド系住民から資金調達していたが、時の政府はある程度黙認していたフシがある。
(うわぁ……なんか、アイルランド基地化とか本気で起こりそうで嫌だな)
なんせ、ソ連もアイルランドも損をしない。
英国だけが迷惑を被るやり口でもある。
英国と米国の間に修復不可能な溝が生まれるだろうが、所詮それだけだ。
それに今更の話でもある。
(俺が考え付くぐらいだし、その可能性を政治家は考えて無いとは思わないけどさ、)
そうなったら戦争の行方、全く読めなくなりそうだ。
(いや、モロッコ上陸を狙うならカナリア諸島をスペインからもぎ取るだろうけど……)
俺は、何とかこびりつくような想像、いや妄想を振り払い、目先の戦争に集中しようと決めた。
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