第106話 ガザラの戦い ~反撃の号砲が響くとき、イタリア人は夢から醒める~




 10月のその日、イタリア人はあまりに無警戒だった。

 彼らは日本人の海軍や空軍が攻撃的な任務も行う事は、経験として知っていた。

 タラント港は艦隊ごと殲滅され、シチリアの基地は半壊し、メッシーナ海峡は機雷で封鎖された。

 だが、陸軍だけはトブルクでもクレタ島でも守っていただけだ。

 

 歴史を紐解けば、日露戦争の頃から、皇国陸軍は圧倒的に守勢作戦が多かった。

 イタリア自慢の情報部の分析によれば日本人の装備や部隊編成は、その歩んだ歴史から防御に最適化され過ぎて攻勢作成には不向きと結論づけられた。

 例えば、日本の代表的戦車である”TYPE-1”だが、重装甲で高火力だが、機動性が弱く機動防御に特化した作りになっていると分析されている。

 「ブリキ缶」、「憂鬱な乗り物」と評された史実の戦前日本戦車を知っていれば、思わず変な笑いが出そうな評価である。

 

 ”基本、こちらから威力偵察などを出せば返り討ちにされるが、こちらから手を出さねば何もしてこない”

 

 それが北アフリカイタリア軍の北アフリカ日本皇国陸軍への評価だった。

 なので……

 

「ん? 雷か? いや、でも空は晴れてるし……」

 

 世には”青天の霹靂”という言葉がある。

 だが、降ってきたのは雷などではなく、直径約15㎝の人工物だった。

 

「「「ぎゃぁぁぁーーーーっ!!」」」


 突然の爆発と閃光! 爆風と炎、そして上空から豪雨のように降り注ぐ、あるいは横殴りに襲い掛かる破片と仕込まれた対人弾子の嵐!!

 その爆発は、一つではなく無数に起き、程なく連なって聞こえるほどの密度となった。

 

 その砲弾を18,000m彼方から放ったのは”機動・・八九式改15サンチ加農砲”。

 八九式十五糎加農砲をベースに台座や車輪、懸架装置を変更し細部を改良した、皇国陸軍が牽引可能な機動砲としては現状最大級の火砲だった。

 

 

 

 勿論、撃ってきたのはそれだけではない。

 他にも10㎞離れた砲兵陣地より撃たれる”機動九六式15サンチ榴弾砲”、”機動九一式105㎜榴弾砲”、”機動九〇式改野砲”、”機動九五式野砲”の砲列弾雨ラインバレルもそこに加わる。

 

 この5種の野砲による短期集中的な効力射こそが、日本人が初めてこのアフリカの砂漠で全面的な攻勢に転じる”反撃の号砲”となったのだっ!!

 

 

 










 

*******************************

 

 

 

 











 日本皇国陸軍の大小合わせた機動砲(機動戦に対応した牽引式火砲の総称)の一斉砲撃により、後に

 

 ”ガザラの戦い”


 と呼ばれる戦闘は幕開けた。

 だが、継続されるのは砲撃だけではない。

 

 お次は60㎞など航空機にとり目と鼻の先と言いたげに、トブルク要塞に隣接した航空基地より飛んでくる30機あまりの”九九式襲撃機”の群。

 今でも優雅に空を舞ってる弾着観測機と同じく陸軍が保有する数少ない航空兵力直掩機の彼らが急降下爆撃で投弾するのは、タラントで初めて実戦投入された250kgの”二式二五番三号爆弾一型”。

 空中で炸裂し800個の弾子を直径300mの円状にばら撒く一種のクラスター爆弾で面制圧・・・兵器だった。

 おそらく、柔らかい砂地に着弾して不発になるのを嫌がったのだろう。

 この世界線では起きてないが、ダンケルク撤退戦では柔らかい砂浜のせいで衝撃が吸収され不発弾が多く、また爆発しても威力がかなり減じられたらしい。 実際、最初に撃ち込まれた砲弾も、接触だけでなく時限式炸裂信管の物もあり、破片と散弾の集中豪雨をばら撒いていた。


 ドイツ式電撃戦ブリッツェン・クリークの影響見え見えな高密度・短時間の集中「砲爆撃同時攻撃」。

 そして、その後に現れるのは……

 

「日本人の戦車が来たぞぉーーーっ!!」


「なんで日本人の戦車が攻めてくんだよっ!? あいつら防御専門だろっ!?」


 誤解のないように言っておくが、確かに一式中戦車は勿体無い精神の賜物で(兵隊の命を含めた)無駄や消耗を嫌うこの世界線の日本戦車らしく防御力に火力、生存性や壊れにくさや扱いやすさ・整備のしやすさに重点を置いて設計されているが、機動防御が得意な重戦車ではなくバランス重視の中戦車だ。

 攻撃が苦手というのは誤認も良いとこで、実際には戦車としてはオールラウンダーに近い。


 また、小兵とはいえ九七式であってもソ連やドイツの戦車相手ならともかく、M13戦車程度が相手ならそうそう撃ち負けることは無い。



 そして、イタリア人に向けられた多くの主砲は直径75㎜の破壊と殺戮を撒き散らし、存分にその攻撃性と威力を知らしめた!













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「うそやん……」


 おう。下総兵四郎だ。

 俺は今、信じられない光景を目撃している。

 

 いやさ、本来の作戦はさ。

 砲兵と急降下爆撃の急襲で慌てふためくイタリア軍を随伴歩兵を率いた戦車隊が押し込んで、陣形やら何やらが崩れて逃げ出す……失礼。撤退や後方への突破を狙うイタリア人を、先んじて回り込んでいた俺たち別動隊が挟撃するってシナリオだったんよ。

 だけど……

 

「ありゃりゃ。イタリア人マカロニ共、戦車見た途端に茹で上がり白旗あげやがった」


 小鳥遊君、言わんでくれ。

 装甲ハーフトラックに乗って別動隊の一員として行動していた俺達は砲兵の攻撃が始まる前に下車し、気づかれぬように退路となりうる方向からガザラ村に接近、砲弾の音や爆発にまぎれながら狙撃ポジションについたんだが、

 

「完全に無駄足になった……」


 大隊規模の戦車が姿を現し、射程に捉えられる位置に停車してから(この時代の戦車は、基本的に走りながら撃てませんので)斉射三連。そして、再び突進し始めたら……


(程なく白旗が上がったと……)


 まさか降伏した相手を射的の的にするわけにもいかず、俺だけではなく別動隊は1発も撃つことなく戦いを終えてしまった。

 

「捕虜収容所の方の支援にでも行ってみます?」


「いや、邪魔になりそうだからやめとこ」


 向こうは向こうで陸軍の特殊作戦任務群が行ってるだろうし。

 いや、一応皇国陸軍にもあんのよ? 非正規戦・非対称戦用特殊部隊ってのは。


 どさくさに紛れて脱走する兵隊でもいたら、撃ちますか。

 指揮官が白旗掲げてんのに逃げ出すのは明らかな反逆だし。

 イタリア軍だって敵前逃亡は、流石に銃殺だろうし。

 

「なあ、小鳥遊……」


「なんです?」


「うちの備蓄パスタってどんだけあったっけ?」


「いや、知りませんって」


 このまま捕虜増え続けられたら、あっという間にパスタ無くなるんじゃないか?

 

 











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 ”ガザラの戦い” 完!!

 

 冗談のように聞こえるかもしれないが、本当にあっという間に終わってしまった。

 周囲を基地化し6000人以上前線基地に陣取っていたはずのイタリア軍だが、戦死者が1000人を超えたあたりで降伏してしまったらしい。

 

 いや、正確には砲兵と空爆、そして突撃してきた戦車の榴弾一斉射やその後の短時間の砲撃銃撃で合計それくらい死傷して、降伏してしまった。

 M13/40戦車や自走砲セモベンテ、重砲にドイツ人の置き土産の装備もあった筈だが、それが満足に使われた形跡は無かった。

 いや、斉射三連でかなりの数は目減りさせられていたが、それでも残存車両はあった筈だ。

 しかし、戦車に乗り込み立ち向かってきたイタ公はいなかった。

 

 つまり完全に奇襲攻撃がはまり、あっという間にイタリア人の戦意を挫き、歴史上稀に見るワンサイドゲームになってしまった。

 

 今回投入された日本皇国の戦力は8000名余りだったから数的にも、無論、装備的にも優位だったが、いくらなんでも結果が極端すぎた。

 何しろ最初の砲弾が着弾してから1時間もしないで勝敗が決してしまったのだ。

 

 

 

 慌てたのは、今回前線指揮を任されていた西竹善大佐だ。

 そこで旅団の首脳部を集め、トブルクにいる山下中将と連絡を取り合い、今後の方針を決定することと相成った。

 

 勝つことは想定していたが、まさかここまで消耗なく一方的に勝つとは思っていなかった故の喜劇・・だ。

 勝つことで戸惑う指揮官というのも、歴史的には少数派だろう。

 

 ああ、それとリビア人収容所は無事に解放されたぞ?

 というか、特殊部隊が現地抵抗勢力と収容所にカチコミかけた時、既にイタリア人はいなかったらしい。

 おかしい。

 当然、収容所は爆撃からも砲撃からも外されたはずなんだが……

 

 

***

 

 

 

 そして、捕虜のトブルクへの搬送を終えた部隊が戻ってきた頃に方針が決まった。

 

「へっ? このまま湾岸線を通って”アルバイダ”を開放する……?」


 なんか小隊長がとんでもないことを言い出したんだが。

 ああ、

 

「残念ながら、これは一種の”アラビアン・ロイヤルオーダー”なんだよ」

 

 苦虫を嚙み潰したような小隊長の顔が、やけに印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 






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