第102話 サンクトペテルブルグ、自由で開かれた港への道は決して楽ではないという実例




「随分とまた煽ったねえ」


 会見の帰り、執務室で待っていた広田剛毅官房長官はそう迎えるが、

 

「広田サン、別に俺っちは煽ってませんぜ? ただ、言いたいこと言っただけで」


 そして、日本皇国首相近衛公麿はアルカイック・スマイルを浮かべ、

 

「米ソやら亡命政権なんて有象無象に擦り寄られるよりゃあ、ガツンと線引きした方がマシでしょ? どうせロクデナシ共とつるむ予定なんざぁ、金輪際ありゃしねぇんですから」


「君にはかなわないな」


 と苦笑する広田に、


「それに……これでちったあ、欧州や中東の連中が仕事しやすくなるでしょうが?」

 

 内閣総理大臣は、そう今度は素直に笑ったという。












*******************************











 ああ、現在、サンクトペテルブルグで”サンクトペテルブルグ復興並び国際港湾都市建設統括官”といういまいちよくわからん役職に着任してしまったクルス・クルセイドだ。噓。来栖任三郎だ。

 とりあえずサンクトペテルブルグに集った”新市民”の皆さん、”クルス総督・・”と呼ぶのは控えてくれないだろうか?

 本気でそういう役職に就けられそうで怖い。

 というか、外交官とは一体……?



(それにしても、ドイツって確信犯で街壊してるよなぁ~)


 通称”デア・グロッセ・シュレーク(=空前の大破壊)”と巷で呼ばれる程の大破壊を行ったレニングラード攻略戦だが、実はあれだけの攻撃でもぶっ壊す場所はきちんと選定されていた。

 

 例えば、規格が合わない為にドイツで使う予定のない軍需工場は、滅茶苦茶に破壊されている。

 いや、むしろ更地になっていた。

 一刻も早くソ連別地方の武器供給を止めるって意味が一番だろうが、今のドイツはソ連から鹵獲した武器で戦わなきゃならないほど困窮も貧窮もしていない。

 なんせ、占領下に置いた国が親独国家として次々と復興、再出発しているのだ。

 当然、最盛期ほどではないが、工業力の復活も順調らしい。

 例えば、Bf109やFw190に混じって楽しそうにソ連機を空から駆逐してた見慣れない戦闘機、”HeD520U-1”というらしいが……なんとこれエンジンやら機銃やら照準器やらはドイツ製のDB601やMG151やRevi12だが、機体ボディ自体はフランス製、ドボワチンD520の兄弟機らしいのだ。

 パイロットからも評判は良いらしく、Bf109より素直な操縦性で舵も効きやすく、おまけに頑丈とのこと。

 小耳に挟んだ話だが、もうあちこちで1000機近くが前線配備されているそうな。

 しかも、分隊に1丁単位で日本人にも見慣れたチェコ製のZB26系列の軽機関銃が行き渡ってるし、同じくチェコ製のセミオート・ライフルもちらほら見かける。

 

(まあ、こんだけ装備が充実してたら、規格違いで混乱招くレッド・ウェポンとか使いたくねーだろうし)

 

 という訳で、軍需工場は不良債権として抹消決定となったらしい。

 実際、更地にしてドイツ規格の軍需工場建てた方が国益にかなうだろう。

 

 反対にとても分かりやすいのは、発電所群だ。

 実は当時、ソ連の発電量の八割をレニングラード周辺の発電所に依存していた。

 そして、ドイツ軍が真っ先に爆撃したのは、モスクワなどに電気を送電する変電所や送電施設だった。

 また、発電所の施設にも爆撃が加えられたが、実は壊されたのは火力発電所なら石油や石炭を貯蔵する燃料貯蔵設備であったのだ。

 無論、防空陣地などは徹底的に潰されたが、それらの攻撃をを行ったのは急降下爆撃機スツーカ乗りのエースたちだ。

 動く戦車にすら爆弾を命中させる技量を持つ彼らにとって、遥かに大きく動きもしない的をピンポイント爆撃するなど造作もないことだったろう。

 

 レニングラード市民はさぞかし絶望しただろう。

 防空陣地の砲弾が誘爆し、破壊した後に念入りに焼夷弾を落とされた燃料備蓄施設が燃え上がるのだ。

 きっと発電所その物が燃えていると錯覚したに違いない。実際、解読した赤軍の通信にも「○○発電所が破壊され、激しく炎上中」という文面がよく踊っていた。

 

 ところがどっこい。

 発電設備その物、例えば発電用タービン建屋なんかには、ほとんどダメージ入ってないんだな、これが。

 確かに爆発した対空砲弾の流れ弾が当たったり、あるいは漏れ出た油で一部は延焼したが、そもそもソ連製とはいえ発電所の建屋ってのは頑丈に作るのが鉄則だ。

 どうしてそんな面倒な真似をするのかは明白だが、冷静な判断が下るバレる前に火力を惜しげもなく投入し一気呵成に都市を制圧しちまったというのが、この戦争だった。


 そして、ドイツはレニングラード改めサンクトペテルブルグ占領後、真っ先に発電所の再稼働の準備に入った。

 その辺の手際の良さは、流石トート機関だ。

 

 加えて、例えば港は軍需物資をしこたまため込んでいた倉庫や防御設備、コンテナなどは滅茶苦茶に破壊されていたが、実は桟橋や波止場のような港としての機能の基本的な部分には、驚くほどダメージが入っていない。

 これはそもそも、ドイツ艦隊が攻めてきたときに軍民問わずまともな船が無かった事も大きく影響しているが、まあすぐに使う気満々だったのは確かだろう。

 他に浄水設備なんかも確認してみたが、こちらも市内に配水するのに不可欠なポンプ室などは跡形もなかったりしたが、肝心の濾過槽などが無事というのもザラにあった。

 因みに当然のようにポンプの替えは効く。

 

(つまり、電気と水の生活インフラと、食料を大量輸送させる海運の復旧は目途が立つ)

 

 まず俺が命じたのは炊き出しの準備、そして冬が来る前に居住可能な建物の選定と、そこへの優先的に配電/配水の復帰。

 もし不足しているなら、仮設住宅の設営も視野に入れねばならん。

 食料は当面は配給制になるだろうが、これは仕方が無い。

 市民生活の再建が最優先だ。

 とりあえず、衣食住が確保できれば民心は落ち着きを取り戻すもんだ。

 

(大震災の後もそんな感じだったし……)

 

 それと並行して、市民の武装解除と共産主義を否定する再教育を行う。

 

 実は教育マニュアルの草案は既に鋭意作成中、完成間近だ。

 何のことはない。

 ロシア革命からこっち、ソ連がやらかした”悪行三昧”、暗殺、拷問、粛清、飢餓、政治将校の乱行を簡単に分かりやすく、誰にもわかるような言葉で書いただけだ。

 ちなみに占領下にあったバルト三国の生存市民やついこの間まで赤軍で戦い、督戦隊に背中から機関銃で撃たれたから野砲で撃ち返した兵士の証言なども掲載してある。

 イラストや写真も忘れてはいけない。

 

「熱心ですね?」

 

 そう声をかけてきたのは、ついさっきやってきた、マニュアル作成にソ連の悪行を記したよくまとめられた資料を提供してくれたNSR(国家保安情報部)の若きホープ、ヴィクトール・シェレンベルクだった。

 確か今は警察権や治安に関する限定的な司法権限を持つ”治安監督官”としての赴任で大佐待遇だったはずだ。

 

「まあ、教育は国家の根幹ですから」


 ハイドリヒから直々に”お目付け役”という名目でサンクトペテルブルグに派遣されたらしい。

 ご苦労なことだが、

 

(ひょっとして、ハイドリヒの奥さんとの不倫がばれて、左遷人事食らったんじゃないのか?)


 と思いもしたが、口にはせんとこ。

 

「それにしても、共産主義を否定させる前に、ソ連を否定させる……ですか?」


 と執務机の上に置いた資料を手に取り、シェレンベルクは興味深そうな顔をした。

 

「共産主義ってのはあれで”形のない化け物”のようなものでね、一度人の心や頭に入り込むと、これが中々根が深い」


 前世での話だが、冷戦が終わってソ連が崩壊してもなお、左翼だの社会主義だの共産主義だのは、便器にこびりついたクソのように残っていたのだ。

 憎まれっ子世に憚るじゃないが、あの手の感染した連中のしぶとさには、呆れるを通り越して感心するぜ。

 

「だから目に見えるソ連とスターリンを否定させる。ソ連は偉大な国なんかではなく嫉妬やらコンプレックスがグツグツ煮込まれた魔女の巨釜の中身で、赤旗の赤は罪なき民の市民の血でで染められた色で、スターリンは暗殺と粛清と拷問が趣味の矮小な小男に過ぎないと叩きこむんですよ」


 そして俺はロシアンティーを一口飲んで喉の渇きをいやした。

 いや、ただの喋り過ぎな気もするが。

 

「結局、本来の共産主義と現在のソ連が掲げる”スターリニズム”とは別物・・なんですよ。じゃなければ、レーニンに『スターリンだけは後継者にするな』と遺言残されたりはしませんて。まあ、結局それもアカお得意の”なかったこと”にされましたがね」


 無論、日本は事あるごとに、「レーニンが後継者指名を禁止したスターリン」をなかったことにさせないために喧伝している。

 

 ああ、なるほどな。

 自分でも改めて納得した。

 アカは根本的に全部嫌いだが、

 

(スターリニズムってのは、共産主義よりも嫌悪感を感じるな)


「だから、スターリニズムを先に駆逐する。駆逐して、物理的にだけでなく心理的にソ連からサンクトペテルブルグを切り離し、ソ連の一都市レニングラード市民から自由で開かれた国際都市サンクトペテルブルグ市民になってもらうんですよ」


 つまりさ、


恐怖政治スターリンの呪縛から解き放ち、真なる自由交易都市サンクトペテルブルグの市民にね」


 するとシェレンベルクはため息を突き、


「ハイドリヒ閣下が、なぜ”総督”殿を気に入るのかわかった気がしますよ」


「いや、その呼び方はちょっと」


 おっ、そういえば……

 

「シェレンベルク卿、何か用だったのでは?」


 すると、シェレンベルクは持っていた新聞を見せながら、

 

「卿もユニークですが、日本の首相も中々どうして大したもんですな」


 受け取った新聞の一面を呼んだ時、一瞬、宇宙が見えた俺は悪くないと思うぞ?













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