第97話 その後のサンクトペテルブルグ ~国際自由交易都港計画と”バルト海条約機構”構想”~
「思えば遠くへ来たもんだ……」
おかしい。故郷離れて6年どころかまだ半年も経ってないはずなんだが……
「ク、クルス君、大丈夫かね? 何やら目が虚ろのようだが……」
と気遣って声をかけてきてくれたのは、現場視察に来たトート機関の親玉、フェルディナント・トート博士、いやいや軍需相だった。
「アハハハ……すいません。リガから呼び出されたと思ったら、レニングラード……じゃなかった。サンクトペテルブルグの飛ばされるとは流石に思ってなかったもので。なんか気がつくと
ああ、古畑……ではなく来栖任三郎だ。
今、名前が公式に変わってから半月ぐらいしかたっていないサンクトペテルブルグに来ている……いや、なんでさ?
「すまない。まず、今回のサンクトペテルブルグ復興計画の目玉は”バルト海沿岸諸国共同事業・国際自由交易港としての再出発”なのだよ」
「ええ。知ってますとも”開かれた国際自由都市・サンクトペテルブルグ”がキャッチフレーズでしたよね?」
そうなのだ。
阿保みたいに聞こえるかもしれないが、ロシアから分捕った港町サンクトペテルブルグは、ドイツないしフィンランドの所管にならず、ドイツを筆頭にフィンランド、スウェーデン、デンマーク、リトアニア、ラトビア、エストニアのバルト三国のバルト海に面して権益を持つ国々の国際共同管理地として復興させようという下りとなったのだ。
またこの枠組みの中で、ドイツが旗振り役で通常の軍事同盟とは別に、”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”なんて相互安全保障組織を立ち上げようとしてやがる。
噂ではヒトラーの発案らしいが……
(それ、絶対にNATOのパクリじゃんっ!!)
そして、本部はベルリンではなくバルト海のほぼ真ん中にあるヘルシンキに置こうとか言いだしてるらしい。
いや、マジでやりすぎじゃね?
「だが、その中で今回の計画に参画する官民一体代表団からバルト三国連名で、リガ港復興計画最高統制官だった君に是非プロジェクト・リーダーをを務めて欲しいという推薦……というか嘆願があってだね」
ぐはっ!? その意味不明、根拠不明の信頼が重いっ!!
というか最高統制官って何!?
俺、いつからそんな役職に就いてた!?
「流石にこちらの一存では決められず、日本皇国欧州方面外務総責任者で、君の上役でもあるヨシダ全権委任特使にロンドンまで使いをやりお伺いを立てたところ、『復興したサンクトペテルブルグの日英共同で使えるバルト外諸国特別優先使用権(=バルト沿岸国家と同等の権利)を用意してくれるなら喜んで』と快諾してくれてね」
吉田先輩っ!?
「国内治安代表として、ハイドリヒ君にも相談したが、『クルス卿なら問題ないでしょう』と太鼓判をもらってね」
ハイドリヒ!? あのパッキンクソ野郎っ!!
「更には我が配下のトート機関土木担当部や港湾整備部からも君の評判はすこぶる良い。特に労働者の福利厚生や民衆への慰撫、作業の効率化や労働モチベーションの維持に右に出る者はいないとまで言われてるよ?」
トート機関、お前らもか……
というか、何その出所不明の謎信頼!?
「本来、皇国民の君に頼むべきことではないのは重々承知している。無論、君に統括を頼みたいのは軍需・軍事部門ではなく民政分野だ」
そりゃまあ、いきなり軍事部門を投げられても困るけどさ。できないとは言わないけど。
まあ、そういうことなら……
「先ずは住民の生活再建。明日を生きれるかわからずにいる者に労働を強いるのは無理です」
「頼まれてくれるかね?」
嗚呼、哀しいかなNOと言えない日本人。
前世から呪いのように続く社畜の血が騒ぐ。宮仕えになったところでそれは変わらず、「勤め先が変わっただけだ」と心が叫ぶ。
「欧州、特に北部なら酒を万能の潤滑剤に使えます。先ずは腹が膨れるまで飯が食える環境を。次はどんな民族、種族、人種にも男と女がいますから、そのあたりを突破口としましょう」
文化圏によっては、この手は使えんが酒で体をあっためる習慣があるここいらなら問題ないだろう。
まあ、900日包囲するくらいなら、同じ900日をかけて街を再興する方がよっぽど建設的だ。精神的にも。
(それに”自由都市サンクトペテルブルグ”って響きも悪くない)
いかんなぁ……ちょっと気に入りだしている。
「最初は地味に小さなことからコツコツと。良い仕事ってのは、そういうの積み重ねですから」
大きな仕事をしたいなら、いきなり目立つ派手なことからしようとしないことだ。
巨砲を撃とうと思ったら、その反動を抑え込める砲台を作らなければ弾は明後日の方向に飛んでゆくだけだ。
「最初は生活できる環境を、次に働ける環境を。ついでに共産主義に歪められた”働く意味”を再教育する必要があるかもしれませんね?」
「”働く意味”?」
ああ。共産主義者が一度集約して富の公平分配なんて実現不可能なことを言いだして、歪めてしまった現実を思い出して貰わんとな。
「労働には必ず対価が発生する。対価は提供する労働の量と質に比例する。そして対価として得た労働賃金によって飯を食い、生活をする。当たり前のことです」
その当り前を全否定したのが、共産主義だ。
だから俺は共産主義も、共産主義者も好かない。
彼らは、人の欲望や本質を無視し過ぎる。
(だから、あそこまで国も社会も人間性までも歪むんだろうな)
俺は思うが、ロシア革命……いや、ボリシェヴィキ革命の本質的なのは”妬み”なんじゃないだろうかと思ってる。
金持ちが妬ましい、成功者が妬ましい、自分に持ってない高い知性や教育が妬ましい、自分の持っていない者を持ってる奴がすべて妬ましい。
その昏い感情が怨嗟となって、あの革命を起こしたような気がしてならない。
恨みつらみ妬み嫉み……そんなものが憎悪の連鎖となって、あの土地に血の粛清を求めるようになったんじゃないだろうか?
人間は決して綺麗な生き物じゃない。
薄汚い側面も、仄暗い感情も誰だってある。
(だが、それを国策にして資本家全てを根絶やしにし、国や民族の枠組みをすべて壊し、共産主義のもとに意思を統一し
そこに多様性は生まれない。多様性とは生物学的柔軟性や弾力性であり、多様性を失った生物は須らく短命で滅びるのが世の摂理だ。
そういう意味では人間の本質以前に、生物の本質として間違っている。
進化の方向性を単一方向に定めれば、待っているのは自滅だけだ。
「レニングラードは誰の物でもなくなる。そこに住まう全ての人間の物だ。成功する者も失敗する者も、全てを得る金持ちも、すべてを失う人間も、全ていてこそ人間だと私は信じてますよ」
結局、人は生まれながらに公平ではない。転生者の俺が言うんだ。
前世記憶の有無でさえも格差になる。格差の拡大を国は助長すべきじゃないが、むしろ是正すべきものではあるが同時に否定してもならない。
「考えるだけでも大変な作業ですが、やってやれんこともないでしょう。多民族多文化がごった煮になりながら共生する再興都市……うん。悪くないな」
それにしても我ながら、
(外交官の仕事してねーよなぁ、俺)
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来栖が欧州のあちこちを飛び回ってる間、日本皇国より新たな外交的刺客(?)が、大使としてドイツに赴任する。
「いよいよ来れたぞ……わが心の故郷、ドイツに!!」
大島博……名前のよく似た人物は、「三国同盟の立役者」、「ナチス以上の国家社会主義者」、「大日本帝国を破滅へと導いた立役者の一人」と散々な評判が後世に残る外交官だった。
外務省に努められる頭は持っているが、史実の「ドイツと距離を置きたかった外務省」どころか日英同盟締結/履行中の日本皇国にとっては、毒や害にしかならないような人物な気もするが……
「日本皇国も、こちらの要望通り良い
ドイツ外相コンラート・フォン・ノイラートはそう静かに微笑んだ。
「では、こちらも見合うだけの相応の道化師を用意しなければな」
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