第7章:1941年秋、リビアの熱砂は更にその温度を増す
第96話 おフランス製双眼鏡と転生狙撃手
レニングラードの攻防戦は、誰もが考えるよりも早く、それも泥沼にすらならず終わった。
まあ、ドイツ人もロシア人も泥まみれになるのは来年の春だろう。
だが、さりとてレニングラードがサンクトペテルブルグになったとしても、戦争が終わるわけでは無い。
それどころか実は趨勢すら決まっていない。
そして日本皇国もドイツと停戦が合意できただけであり、戦うべき戦場はまだまだあった。
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1941年10月初旬、リビア東部、”トブルク”近郊、海辺
「いや、秋と言ってもさぁ~、こう年がら年中暑けりゃ、風情も何もあったもんじゃないよなぁ~」
「まあ、砂漠じゃ鈴虫が鳴くともないでしょうしね」
と相方の小鳥遊が返してくる。
うっす。久しぶり~。
日本皇国陸軍のしがない狙撃兵、ちょっと海風の心地よさに溶けてる下総兵四郎だ。
なんかレニングラード、あっ、今はサンクトペテルブルグか?の方でどんちゃん騒ぎがあって、俺の元ネタ(?)のフィン人狙撃兵が大活躍したんだってな?
この世界じゃカウンタースナイピングもされなかったせいか、冬戦争でお役御免にならなかったらしい。
というか戦場って”
確かこっちの世界での名前は、正確には”
(なんか、ドリル片手に大立ち回りしそうな名前だなぁ……)
まあ、”穴掘り”って二つ名より、どちらかと言えばきょぬーの姉ちゃん寄りの戦闘スキルな気がするが。
俺の知ってる歴史とどっこいの腕前と生存能力なら、あれを継続戦争でも継続してお相手せにゃならんアカ共に同情するよ。
しかも、
「おー、沖合にちっこく見える船の群れ……あれ、例の維持費が捻出できなくてスクラップにして売り飛ばされたって噂のメルセルケビール艦隊かな?」
本日は休養日。
俺はのんびりとこの間、私物として買ったおフランス製の軍用小型双眼鏡(ルメール・ファビとかって奴かな?)を試すために海鳥でも観察しようと埠頭にやってきた訳だ。
パリ復権以来、フランスは積極的に輸出してるみたいで、街でもよくフランス製の品々を見かけるようになったし(なので市場で買ってみた)、
もしかしたら、
なんか暇だったのか小鳥遊もついてきたが。
そして見つけたのは、ちょっと沖合を走ってる”自力航行可能な限界スクラップ”と呼びたくなるような
(と普通は思うんだろうけど)
「いや~、出来の良い”カモフラージュ”だなぁ~」
「そういうことはわかってても言うんじゃないっつーの」
でもよ、小鳥遊君。言いたくなんない?
「いやさ、確かに主砲とかの砲身外してるし、廃材やら何やらで上手く誤魔化してるけど、どう見ても喫水線とかさ」
ちなみに大砲ってのは戦艦の主砲に限らず、必ず摩耗するので予備の砲身とそれなりの重機や設備があれば、割と簡単に交換できるようになっている。
ぶっちゃけ、あれ呉とか横須賀、佐世保ならなら一週間もあれば戦闘力取り戻せんじゃね?
「ロシア人に船の良し悪しとかわかりゃしないんだから良いんでねーですかい?」
まあ、そうかもしんないけどさ。
「日本の商社が買い取って、トルコが軍艦建造の技術研究に購入って話だっけ?」
書類上は。
無論、トルコに戦艦を建造できるほどのドックや国力的余力もない。
(まあ、直ぐに”転売”するんだろうけど。例えば、黒海西岸の港のどこかに)
おそらく行き先は、ブルガリアのヴァルナかルーマニアのコンスタンツァあたりだろう。
「確か建前的にはそんな話だったはずだったような?」
いや、お前だって建前とか言ってるじゃん。
(こりゃクリミア、つーかセヴァストポリ陥落すんのも時間の問題かもな)
いやー、ソ連も中々やってくれる。
俺の知ってる歴史と同じく”バルバロッサ作戦”、つまり独ソ戦開始劈頭にクリミア半島から飛んできた爆撃機隊がルーマニアのプロイェシュティ油田やコンスタンツァ港を爆撃しようとしたんだ。
とは言え、レーダー網と戦闘機とその連携に定評のあるドイツ空軍、ほぼ赤色爆撃機隊が飛び立つと同時に察知したようで、残らず返り討ちにしたらしい。
そして大義名分を得たドイツは、クリミア半島に限らずウクライナ全域に爆撃を開始。
まあ、ロシア人の爆撃機が届くなら当然、ドイツ人の爆撃機だって届く。
そして、正面から殴り合うまともな航空戦じゃ、まだアメリカの支援を受けてないソ連に勝ち目はなかった。
聞いた話じゃ、ドイツのパイロットはかなり手ごわいらしいしな。
んで、航空優勢どころかクリミア半島全域の制空権をほぼほぼ確保したドイツ人は、反共ウクライナ人と組んで、良い感じに分断されたソ連軍を各個撃破してるらしい。
あんま詳しい情報は入ってこないが、もうドイツ軍は強力なエアカバーを武器に既に
(いずれにせよ、セヴァストポリ要塞はともかくクリミアを取らねば話になんねーし。なにせ、)
今年中は狙えないだろうが、
(最終的にはコーカサスの油田地帯の確保だろうから……)
おそらく、クリミアが落ちたらソ連はノヴォロシスクまで黒海艦隊を下げるだろう。
ドイツはクルスクとロストフ・ナ・ドヌーを取って防衛線を押し上げつつ、ノヴォロシスクとクラスノダールを落とせるかどうかだ。
(そして、その時に真価を発揮するのは……)
いずれにせよ、沖合を通り過ぎる船たちが再び戦装束を纏うのは早くても来年の話だろう。
その時までに中央軍がスモレンスクとブリャンスクに、北方軍がコラ半島、できればアルハンゲリスクまで掌握できていたら言うことない。
いや、そのぐらいのことはせんと長期戦なんざやってられんだろうが。
(まあ、その前に俺たちも最低一仕事することになるだろうが……)
俺たちは俺たちでクレタ島から帰ってきて以来、時折偵察にやってくるイタ公の頭を撃ち抜く簡単なお仕事に従事しているわけだが、どうやらそろそろ平和(?)な時間も終わりそうだ。
何も日本皇国もドイツと停戦しただけで、イタリア人との戦争をやめただなんて一言も言ってないからな。
最近、トブルク要塞だけでなく後方のエジプト、アレキサンドリアなんかで主に皇国軍の兵力集積が始まっている。
今のリビアに展開している(ついでに海路の通商破壊を止める手段のない)イタリア軍に、トブルクを攻めとる余力は無いはずだから……
「仕掛けるんだろうなぁ」
条件は整っている。
現在進行形で英軍は、イタリア領東アフリカに元気に攻め込んでいる。去年、英領ソマリアやケニアにちょっかい出されたのがよほど気に入らなかったようだ。
まあ、波乱がなければあと1ヵ月もすればエチオピアの全域を英軍はとりあえず掌握できるだろう。
これまで日本皇国アフリカ軍団の方針は、イタリアの地中海の海上輸送を阻害しつつ、リビアのイタリア軍が強行突破を図り東アフリカに合流しないように睨みを利かせるってちこだが、
(だが、英軍がエチオピアを陥落させる目途が付けば後塵の憂いは無くなるわけだ)
また、日本皇国軍もそれなりにではあるが積極的に動いていた。
イタリア海軍の残存艦艇がナポリに引き上げ、またドイツ空軍がシチリア島よりいなくなるのを見計らってから、皇国地中海艦隊はマルタ島の空軍爆撃機隊と共同してシチリア島を海軍空母機動部隊部隊が強襲。
珍しい攻勢型作戦で付近の攻撃圏内にある港や飛行場、弾薬庫に燃料タンクなどあらゆる軍事施設を艦砲射撃を添えて片っ端から弾き飛ばし、潜水艦、航空機、機雷敷設艦などを用いてイタリア人の目の前でメッシーナ海峡に12,000発の機雷を敷設して封鎖してしまった。
こうしてイタリア海運隊はティレニア海を抜けてマルサラ沖を通るしかなくなった。
史実と異なりフランスのペタン政権は親独中立を宣言しており、イタリア輸送船の仏領チュニジアへの停泊を許可していない。
この判定にイタリアは当然怒り狂ったが、「日英と戦闘中のイタリアに加担すれば中立は破棄されたと判断され、日英と停戦合意中のドイツにも反逆したと捉えられかねない。そのような危険をなぜ、我々がイタリア人の為にしなければならん?」と実にフランス人らしい返しをしたという。
この回答は、中立を明確にした発言は後に……特に日英に効いてきそうだ。
それはともかく、元々フランスとイタリアは、地中海の制海権を巡るライバルというより敵対関係だった。
(トリポリへの輸送は、マルタ島の哨戒圏内を掠めねばならず先細り。リビア全体のイタリア軍は全部合わせて20万人もいないし、)
「今が攻め時と言えば攻め時か……」
それに今度の攻勢は”ガチ”っぽい。
俺は港で出撃の時を待ってる、図体のでかい新顔を見ながら、改めてそう思うのだった。
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