第90話 世間話。ただし、話題は今後の北方戦略とする




「クルス卿……君は何というか、すごいな」


 おりょ? なんか呆れも入っている気もするが、マンシュタイン閣下に感心されたぞい。

 

「何をどうやったら……いやどんな生き方をしたら、そんな感性が身に付くことなのやら」


「ん? 普通に(二度ほど)生きたら、こうなったのですが?」


 いや、マヂで。


「……それが一番、ありえないと思うのだがね。さて、完全なる包囲を敷かないことの重要性はわかった。他にも何か思うところはあるかね? 特に制限は付けないから、実現可能かどうかはさておき言ってくれたまえ」


 ん? それってブレインストーミングか?

 俺が言うのもなんだが、マンシュタイン閣下は未来に生きてるなー。


「まず前提なのですが、現在、白ロシアベラルーシを攻略中の中央軍集団は、今年は無理せずモスクワ攻略は狙わない方針で……地場固めをしつつ反共パルチザンと共にミンスク掌握あたり、上出来で国境線まで赤軍を押し戻してスモレンスクあたりで前線を構築するのが41年度のゴールと考えて良いので?」


「!? なぜ、そう思ったのかね……?」


 ああ、図星か。

 いや、モスクワ攻略強硬派のグデーリアンが後方で機甲総監やってる以上、堅実なホト上級大将だとそんな感じだろうなと。

 とはいえ、それじゃあ説明にならんだろうし。

 

「これでも一応外交官でもあるんで、各国の情勢を渡された資料から読み解くぐらいのことはしますよ? ボック元帥率いる南方軍集団、ウクライナ方面は種もみまで奪われたホロドモール(ソ連による人工的なウクライナの大飢饉。わかっているだけで数百万人の餓死者を出した)の影響で怨念じみた反共の意志が強く、ウクライナ解放軍との連携も上手くいってると聞いてますし」


 それに報告書にはないけど、ドイツはかなり前からウクライナに仕込んでそうなんだよなぁ。

 まあ、よほどヘマを打たない限り今年中にクリミア半島を含めた全域掌握はできるだろう。

 というか、ドイツは長期戦を考えてるみたいだから、ウクライナの大穀倉地帯の入手は必須だ。

 

「北はしばらくサンクトペテルブルグにかかりきり。そして、白ロシアベラルーシは伝統的に親露で現在も親ソときてる。ここで無茶な進軍を命じるほど、総統閣下は無謀じゃないでしょう?」


 とハイドリヒを見やる。

 俺の見立てが間違ってなければ、おそらくヒトラーとこいつは”転生者”だ。

 無論、それを問いただす気は無い。俺だって藪をつついて蛇を出したいわけじゃないのだ。

 

「まあ、卿の推測は間違ってはいない」


 だろうなー。

 正直、早期のモスクワ攻略はハイリスク・ローリターンの典型だ。

 ハイリスク・ハイリターンじゃないのかって?

 スターリンを確実に仕留められて、ずっとモスクワを占領できるならハイリターンだけどな。

 つまり、それだけの……あまり現実的ではない類の価値だ。何しろ、共産主義者をウラル山脈の東側にすべて追いやるって言ってるのに等しい。

 ロシア人……というかスターリンは、脱出も遷都もいざとなれば気にしないぞ?

 実際、既に工業施設のモスクワ後方への疎開は既に始まってるわけだし。モスクワが陥落したからと言って戦争が終わると考えるのは甘すぎる。

 それに前世でのスパコン使ったとあるシミュレーションでは、モスクワが陥落したぐらいじゃドイツの勝ちは確定しないらしい。

 

(まあ、転生者が国の最上位にいる以上、ソ連のトップはスターリンのままの方がなにかとやりやすいか……)


 あの小男は、勝手にソ連軍を間引きしてくれるからな。

 

「であるならば、何があろうと北方軍から中央に軍勢を引き抜くのは止めるべきでしょう」


 これ意外と重要なのだ。

 それこそ、戦争の趨勢を決めるレベルで。

 

 実は史実においても、当初ドイツはレニングラードを制圧/占領する予定だったのだ。

 だが、モスクワ攻略を重要視し過ぎた為に、北方軍集団から戦力を引き抜いてしまう。

 その為、北方軍は制圧するために必要とする戦力を維持できなくなり、止む無く無為な包囲戦に切り替えたという経緯があるのだ。

 

「最低でも、レニングラードを制圧し占領下に置くまでは、戦力の引き抜きはやめた方が良いでしょう。しぶとさに定評のあるロシア人をレニングラードから叩き出すんです。戦力はいくらあっても困ることは無い」


 そして、ソ連軍や脱出する市民に追撃をかけつつ、レニングラードをサンクトペテルブルグとして制圧し、掌握する。

 

「街のキャパシティを考えると、シュリッセリブルクに脱出民の全ての収容はできないし、赤軍が防衛線を構築するにも規模が小さすぎる……そのまま東進かな? 防御拠点を構築するとなると、一番近くてもヴォルホフとノヴァヤ・ラドガラインあたりかな?」


「あそこは……いや、ラドガ湖南岸はできれば押さえておきたいな」


 とはマンシュタイン。

 

「なるほど……コラ半島、いやムルマンスク、アルハンゲリスク方面への進撃路の確保ですか?」


 いや、マンシュタイン閣下、なぜそこでギョッとした顔をする?

 ラドガ湖周辺とりたいと言ったら、それぐらいしか思いつかないんだが……

 ああ、そうか。

 

(まだ、”E105号線”は無いんだったな)


 前世にはあったノルウェーのバレンツ海海岸から、サンクトペテルブルクとモスクワを経て、ウクライナのハリコフを通り、黒海海岸へ達する南北線3770kmの根幹道路だ。

 だが、道路が作られたって事は、そこに道路が引けるだけの、工事車両を入れられるだけの素養が土地にあるってことだ。

 というか雰囲気的に、ムルマンスク、アルハンゲリスクの重要性……米国がレンドリースを本格化したときの西の受け皿だって理解してるってことだな?

 

(結構。ならもう基礎的な攻略までの戦略はできてるだろうし……)

 

「それなら、ヴォルホフとノヴァヤ・ラドガと言わず、オネガ湖……ペトロザヴォーツク(カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国の首都)までを確保する戦略をフィンランドと絡めてもう視野に入れた方が良いと思いますよ? 何なら、この辺りは土地勘のあるフィンランド軍に維持を任せてもよい」


 なんせ前世でも継続戦争の時、ペトロザヴォーツクは”ペトロスコイ(Petroskoi)”と呼ばれフィンランド領だったわけだし。

 

「本気で長期戦をやるのなら、カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国全域をコラ半島もつけてフィンランドにくれてやるくらいの度量はみせるべきかと思いますよ? そうすれば、彼らは勝手に戦ってくれますし」

 

 そうなれば、実はフィンランドだけでなく政治情勢によっては中立ではあるが親独が徐々に強まっているノルウェーの協力も期待できる。

 それに今生のフィンランド、前世より遥かに気合が入ってるんだよなー。

 史実のフィンランドはレニングラード攻略を拒否し、北160㎞ほどで進軍を止めた。

 しかし、今生では……

 

(既にセルトロヴォまで陥落させ、せっせと基地化してんだもんな~)


 

 セルトロヴォはサンクトペテルブルグから40㎞ほど北にある町で、冬戦争でロシア人に分捕られた場所だがソ連が北部防衛戦を下げたつい先日取り返し、今は元のフィンランド語での元々の呼び名”シエラッタラ(Sierattala)”に戻ったはずだ。

 

「それはまた大胆な提案だな?」


「フィンランドの足腰を強化しておいた方が、ドイツのメリットは大きいのでは?」

 

 

 

 正直言って、俺は別にドイツの勝利を願っているわけでは無いんだ。

 だが、同時に俺はソ連の弱体化を強く望んではいる。

 

 ドイツとはたしかに停戦しているだけの未だ扱い的には敵国だが、ドイツが強国になろうと我が祖国日本皇国の直接的な脅威になる可能性は低い。

 なんせユーラシア大陸の反対側、距離の暴虐って奴だ。

 

 だが、ソ連は間違いなく日本皇国の直接的脅威だ。

 はっきり言えば、存在しているだけで直接的にも間接的にも害悪だ。百害あって一利なしとはよくぞ言ったものである。

 

(ドイツに居るこの身としては、日本皇国への直接的貢献は、鮮度の高いドイツの情報を送ることぐらいしかないが……)

 

 だが、もしかしたら間接的に……ドイツが勝つことによって、ソ連の弱体化という貢献はできるかもしれない。

 何より国の西側で戦火が燃え盛っている以上、東側への軍事力展開は難しいだろう。

 

(まあ、それでも共産主義者らしい政治介入やら政治工作やらは続けるだろうが……特に米国で)

 

 だが、ドイツは味方で無くとも、幸いロシア人への戦意に不足は無い。

 当然だ。あの世に送った赤色ロシア人の数だけドイツという国家の生存率は上がっていくのだから。

 

(ならば、やれることはやるべきだな。赤軍だの共産主義者だのなんてのは、少なければ少ないほど皇国は平和なわけだし)

 

 だから、求められれば助言はする。それを使う使わないの判断はドイツ側にまかせるが、


(それが例え、外交官として真っ当な生き方でないとしても)

 

 いずれにせよ日独共に脅威を排除できるのだ。停戦している今ならば、互いに損はないはずだ。

 

「話をレニングラード、サンクトペテルブルグ攻略戦に戻しますが……正直に言えば、もう少し火力をテコ入れしたいところですね。本当なら都市戦に対応した戦車が用意できればもっと良かったのですが」


「今度、グデーリアンの奴もつれてくるか……ああ。あいつとは古い友人なんだよ」


 マンシュタイン閣下、勘弁してください。











***




 結局のところ、来栖任三郎という男は、本質的な意味で自分を客観的にあるいは冷徹に見ることは生涯なかった。

 嘆かわしい……というか、実に困った転生者である。















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