第91話 グリフォンが群れで来りて街を炎で包まん……あれ? グリフォンってそういう生き物だっけ?




 そして、サンクトペテルブルグレニングラード攻略戦は幕開ける。

 

 道筋の空と海の戦いでは、正直、ソ連に見るべきところはない。

 単純にドイツが圧倒的過ぎたのだ。

 

 F型のBf109フリッツとA型後期の完成度と失速特性が払拭されたFw190Aでは、当時の……まだ米国製戦闘機やエンジンや部品や技術が入ってくる前のソ連機じゃ相手にならない。

 確かにIl-2などのそれなりに重装甲の機体もあったが、薄殻榴弾を仕込んだMG151/20㎜機関砲4丁の前ではどうにもならなかった。

 しかも粛清祭りをやった直後のソ連と、再軍備の前から”民間向け”と称してパイロットの育成に力を注いでたドイツとでは、練度も技量も差があり過ぎた。

 そしてここだけの話、ドイツは1935年の再軍備宣言以降、大々的に二直制、本来は二交代勤務(1機の機体を2人で使う)を意味するが、ここはもっと単純にそれを為すために「必要とされる機体の倍のパイロットを養成する」事を始めており、実は3隻の正規空母を運用してもなおパイロットの数的余裕があったのはドイツだった。

 

 加えて、ドイツ空軍は「空を飛ばない秘密兵器」を導入していたのだ。

 それは”自走式野戦レーダーユニット”だ。

 史実でも現世でもドイツは日英に並ぶレーダー先進国の一つで、名作”ウルツブルグ”シリーズをはじめ優秀なレーダーを既に開発している(既にウルツブルグ-リーゼシリーズの量産が開始されており、強化型のリーゼ・ギガントも来年から配備が始まるという)が、大型高出力のレーダーを開発する反面、アウトバーン建設で培った史実よりはるかに多い重機の投入で、ただでさえ得意だった野戦飛行場の設営能力に追従できる、レーダーから管制ユニット、ディーゼル発電機までの一切合切を大型軍用車両に搭載した「動くレーダーサイト」を完成させていたのだ。

 

 また、これに補完するためか簡便な牽引式の機動型も開発されている。

 いや、それだけではない。どっからどう見ても史実では北アフリカで鹵獲した”それ”をロンメルが愛用し、今生では戦利品としてイタリアを後にするときに持ち帰った”AEC装甲指揮車ドーチェスター”を参考にしたとしか思えない「移動航空指揮所」なんてものまでお目見えしてるのだ。

 

 

 

 空の上だけでなくそのバックアップ、電波や電子、通信の面では航空機の性能以上に勝ち目がなかった。

 

 

 

***




 加えて海である。

 確かにソ連海軍は勇敢だったと言える。

 いや、それとも処刑が怖かっただけだろうか?

 タリンのバルチック艦隊主力が全滅した後、本国で海軍上層部の人間が複数サボタージュの罪で処刑された事は、ソ連海軍の軍人なら誰でも知っていた。

 

「家族まで巻き込まれるくらいならいっそ……」


 いっそ健気にも哀れにも思える覚悟でクロンシュタットやサンクトペテルブルグの港を不退転の覚悟で出航した彼らだが、悲劇的なのは「敵艦見ゆ」の報告が出せないまま壊滅してしまったことだ。

 要するに、

 

「なぜ、機雷が仕込んであるのがタリン港だけだと思った? なぜ、近海に狼の群れが潜んでいないと思った?」

 

 である。

 タリン港で二度の機雷敷設を終えたX型が終戦まで大人しくしてるはずもない。

 ましてや、今はソ連バルト海艦隊が枯渇状態、つまりやりたい放題だ。

 ここで大人しくしているようなドイツ人でも、そしてフィンランド人でもない。

 

 フィンランド海軍は小型だが速力の高い高速魚雷艇(冬戦争後にドイツより購入したSボート)を乗り回し、クロンシュタットやサンクトペテルブルグの鼻先を時折停泊してる船舶に旧式魚雷を撃ち込んだり搭載した20㎜ないし37㎜速射砲で穴だらけにするなどまさに北欧海賊バイキングのごとく引っ掻き回し、挑発に乗った心許ない数の残存艦艇を外洋に引っ張り出した。

 

 無論、誘導する先に居たのはドイツ自慢のUボートの群れだ。

 ついでに言うならUボートの主力生産は既にXXI型に切り替わり、様々な改良が続けられ発展型やバリエーションまで含めると、何だかんだで終戦までに200隻以上の同族が就役するのだが……

 この時点ではまだまだ現役、他国の潜水艦と比較するなら一部の国を除き未だ優秀な潜水艦であるⅨ型Uボートがまるで最後の花道を飾るべく待ち構えていたのだ。

 特に速度性能こそXXI型に見劣りすれど、巡航用エンジンを別途搭載し、長距離航海や長期航行は乗員や潜水艦もお手の物。

 特に今回のように”待ち伏せ”という潜水艦十八番のシチュエーションなら、そう負けるはずはなかった。

 

 そして、彼らが暴れているうちにX型は悠々と機雷を仕掛けていったのだった。

 ちなみにであるが……ドイツ由来のSボートは木製船体であり、磁気感応式機雷には反応しない強みがあった。

 そのせいもあり、ドイツはこれらの港に仕掛けた機雷は磁気式に限定した。

 

 加えて、フィンランド方向からドイツ製爆撃機がひっきりなしに飛んでくるのだ。

 

 こうして空母や戦艦を投入する前に残り少ないソ連の残存艦艇は更にすり減らされていった。

 

 

 

 

***




 さて、そんな風に一方的に不利な戦いを強いられているソ連だが、それでも気を吐く戦線があった。

 無論、今やソ連の数少なくなってしまった強み、数を生かせる地上戦だ。


 実際、空と海に比べれば、善戦していた。

 無論、それはドイツ軍の進撃を抑えきれるものでは無かったが。

 

 だが、それでも当時のレニングラード防衛最高司令官”クレメンタイン・ヴォロシーロフ”は、毎日毎日確実に土地が削られている中、よく耐えていたと言える。

 だが、それでも日に日に士気は下がる一方であった。

 当然である。

 もう、前哨戦……ドイツ軍の猛攻は始まっていたのだから。

 

 愛すべきレニングラードの空は、ハーケンクロイツやヴァルカンクロイツを付けた”殺戮の天使”が我が物顔で飛び回り、赤い星の戦闘機を鎧袖一触にすると、後続の爆撃機が爆弾の雨を降らせるのだ。

 そう、”市民の目の前”で。

 

 特に目立っていたのはHe177B”グライフ”だ。

 この世界のHe177は、ヴェーファーが空軍総司令官で存命どころかピンピンしてるので、ウーデッドやケッセルリンクが何を囀ろうが、正当な”ウラル爆撃機”の後継機として開発された。

 なので、急降下爆撃に耐えられるようにするなど無茶な機体強度の強化要求もなく、その為ハインケル社一押しの双子エンジンDB606のA案ではなく、信頼性の保証されたDB601Nを4基搭載するオーソドックスな(されどしっかり高性能な)B案が長距離爆撃機として採用されたのだ。

 

 実は登場が前倒しになった理由の大部分が、技術的な冒険をしない従来型エンジンと無難な機体設計のおかげであるというのだから、世の中何が幸いするかわかったものじゃない。

 性能は、爆弾3,000kg搭載で3,000㎞以上は飛べるという、時代を考えれば中々の代物だ。

 

 

 

 そんな”グリフォングライフ”の群れに軍需工場は真っ先に狙われ、通常爆弾(?)で内部構造……つまり、無謀な可燃物がむき出しになった後、お決まりの焼夷弾が降り注いだ。

 食糧庫や弾薬庫、浄水施設も同じだった。

 戦闘機が頼りにならないなら高射砲はどうかといえば、そちらは小回りの効く急降下爆撃機スツーカの良い標的であり、おまけに最近のスツーカはロケット弾や対人散弾をごまんと詰め込んだ対人拡散弾なんてものまで投下してくるのだ。

 そして、人的被害を出した後は”モロトフのパン籠”がデリバリーされるまでが流れだった。

 

 ただしちょっとオカシイ。

 テルミットタイプはドイツ海軍でもバルチック艦隊相手に使っていたが、He177の落とす焼夷弾の中には何やら”粘っこい松脂みたいな油”が詰まった焼夷弾が混じってるようだ。

 実は”粘性のある油を火焔攻撃に使う”というアイデアを最初に持ち出したのは、第一次世界大戦で火炎放射器を大量使用したドイツではあるのだが……貴重な天然ゴムを増粘剤として開発されたため、コストがかかりすぎ実用化には至らなかった。

 この世界線でも同じだが、戦後も農業資材や工業(建築)資材としてこっそり”除草用粘性燃料”とかって平和な名前で開発が続けられ、今はこうしてロシア人の武器や食料を逃げ遅れた人間ごと消し炭にしていた。

 まあ、民間人居住区に落としてはいないので、セーフと言えばセーフだ。

 

 

 

***

 

 

 先日は、海からの航空攻撃があり、オルジョニキーゼ工廠(第189工廠)にて建造中だった2隻の巨大戦艦、きっと完成すればソ連の威信を世界に知らしめるだろうそれが、建造ドックごとテルミット型、つまりドイツ海軍機の焼夷弾で燃やされた。無論、他のドックも見逃された訳ではない。

 動かない、それも図体のでかい未完成の船など、既に動く標的を火船の群れに変えた実績があるドイツ海軍急降下爆撃機隊にとってはスリル満点の演習のようなものであった。

 それもこれも、港にあった対空砲陣地を遠距離砲撃で軒並み更地にしたからではあるが。

 

 ソ連はこれまでの経験から「港が艦砲射撃を食らう可能性」をほとんど考慮してなかったのだ。

 つまり、港の対空陣地はその性質から航空攻撃からの防御は考慮していても、1t近い砲弾が超音速で飛んでくる事は想定していなかった。

 

 またドイツ軍の空母の話は聞いていたが、あそこまで出鱈目な破壊力があるとは、誰も考えていなかったのだ。

 海軍仕様の急降下爆撃機だけでなく、戦闘機までソ連戦闘機を簡単に落とせる凶悪な機体を積んでいたことも想定外だった。

 

 

 更に敵戦艦部隊の艦砲射撃により港周辺は廃墟の様相を呈した。

 重油タンクは砕かれ、火を点けられた。

 その炎は未だ消し止められていない。

 

 だからこそ、スターリンの信任厚く、ゆえのあの小男の陰惨さを知るヴォロシーロフは、自ら先陣に立ち港から離れた場所に駐屯地があったからこそ無事だった海軍歩兵(水陸両用部隊。いわゆる海兵隊)を率いて、士気を鼓舞する方法をとるしかなかった。







 ”クラスノエ・セロの戦い”

 そう呼ばれる戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

 

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