第86話 タリン沖海上バーベキューパーティーに至るちょっとした小話
さて、これは特にどうということは無い……来栖任三郎が、パリへ向かう少し前くらい話である。
「クルス卿、少し良いか?」
その日、”バルバロッサ作戦における”ドイツ軍の動向を手に入る資料から推察しまとめていると、一応は俺にも総統官邸に用意されている執務室(何故かOKWにもあるんだよなぁ……俺の執務室)に、来客があった。
なんか、最近はたまに絡みに来る、
「ハイドリヒ卿、いかがされた? って、えっ!?」
ハイドリヒ卿はいいんだ。ハイドリヒ卿は。
ぶっちゃけエンカウトにももう慣れた。いや、NSR(国家保安情報部)の長官とエンカウントに慣れちゃいかん気はするけど。
だが……
「ふぁっ!? ファフナー・フォン・ブロンベルク国防大臣閣下ぁっ!?」
俺はバネ仕掛けの人形のように椅子から飛びあがり、最近覚えたばかりの
形は崩れている気もするが、気にしちゃいけない。これは目上の人に対する礼儀・礼節の問題なのだ。
いや、なんでドイツの国防関係の一番偉い人がこんなところにいるんだ!?
(いや、総統官邸だからいても不思議じゃないけどさぁ)
「な、なぜ、一国の大臣がわたくしめのような者のところへ……?」
ヲイコラ。ハイドリヒ、お前今吹き出しそうになったろ? 口の端がヒクついてんぞ?
「硬くならないでくれたまえ。なに、本日はハイドリヒ君と昼食を共にしてね。その時、君の話題が出て何やら相談があるそうなのだ。そこで前々から君と話してみたいと思っていた私は、丁度よいので同行を願い出たという訳さ」
と、にこやかに返礼するブロンベルク閣下。いや、一国の国防大臣がそんな軽々しい理由で来てほしくはないんだが……
「クルス卿、君には伝えていなかったかもしれんが、私とブロンベルク閣下は個人的友誼があってね。まあ、公務を離れれば年の離れた友人というところなんだ」
いや、そんなプライベートな事情を聞かされても困るんだが?
というか、ハイドリヒってレーダー元帥とも仲良かったような?
逆にゲーリングとは距離をとってる気がする。
「……事情はわかりました。今、お茶の準備を」
「それはもう事務方に頼んできた」
流石ハイドリヒ。抜け目がないな。
***
「それでハイドリヒ卿、話とは?」
部屋に備え付けの応接セットに三人分の紅茶と茶菓子が運ばれてきて、ブロンベルク大臣が「私のことは気にしないでくれたまえ」とおっしゃりますんで、俺こと来栖任三郎は遠慮なく切り出した。
「レーダー元帥に相談されたのだがね……実は、我々ドイツが持つ航空機用爆弾の中で、対艦攻撃に有用の物はどれか……それの判別がつかなくなってしまったのだ」
「はあっ!?」
いや、それ初歩の初歩じゃん。
ドイツは空母艦上機での対艦攻撃は考えていなかったのか?
(いや、航空機による船舶攻撃は普通にやってるよな?)
「その表情から何を考えているかはわかる。確かに我々は航空機による艦船攻撃は敢行しているが……
んー、なんか奥歯にものが挟まったような言い方だな……
「もしかして、何か対艦攻撃が必要な特別な状況が差し迫ってるので?」
なら、こちらから少し踏み込んでみるか。
あっ、頷いた。
「差し支えない範囲で想定している状況を話していただければ、ある程度は有益なお答えができるかもしれません」
***
(なるほどねぇ……)
想定される状況は、「タリン港を這う這うの体で脱出するバルチック艦隊の残党の追撃」かぁ。
確かにドイツの対艦爆弾って悪くはないんよ。
まだ熟成しきれてない感じがするし、少々設計が甘い気もするが、それでもそれなりに半徹甲弾……徹甲榴弾の体裁をなしている。
戦争初期は、純粋な榴弾である陸地攻撃用の爆弾をそのまま使っていたこともあったぐらいだから、それに比べれば大きく進歩したとも言える。
だが、それは同時にドイツが想定していた相手……英国は大型船舶に事欠かない国であり、ドイツの対艦攻撃用航空爆弾はそういうのを相手にする方向性に特化して動いてしまっていた。
具体的に言うなら「装甲化された甲板を貫通し、艦内部で爆発する」タイプだ。
確かにこのタイプの爆弾と急降下爆撃の組み合わせは非常に有益だ。
ただし、「一定以上の装甲防御や排水量を持つ船に対しては」にである。
(だが、ハエをバズーカで撃つバカはいない)
必ずしもドイツ人の計画通りにいくとは言えないが、少なくともそれに近い状況になった場合、生き残ってるのは小型艦艇ばっかとかになっていそうだ。
というより、タリン港には200隻近い赤色軍艦が犇めいているはずだが、大型艦の数がそもそも少ない。
正直、大型艦攻撃に重きを置く500kgや250kg級の対艦半徹甲弾ではあまり効率的とは言えない。
「現在、ドイツ軍が保有する航空機用爆弾のリストを見せていただいても?」
最初から俺がそう返すこと想定していたのだろう。
ハイドリヒは軍機のスタンプが押されたオレンジ色のペーパーバインダーを取り出しながら、
「進呈するよ。取扱いに注意してもらえれば、そのまま所有してくれて構わん」
そりゃどーも。軍機のスタンプが押されてるのに太っ腹な事で。
俺はなるべく手早くページに目を通すと、あるページで指を止める。
そいつは対艦兵器としては普通、使わないが……
「ちょっとお聞きしますが」
「なにかね?」
「ドイツ軍も”モロトフのパン籠”を保有しているので?」
***
”モロトフのパン籠”
これは冬戦争の時にソ連の爆撃機がフィンランドの爆撃に用いた”RRAB型集束焼夷弾”の俗称だ。
こいつは弾殻の中に焼夷弾子を仕込み空中で散布するってお決まりの地上施設へのお決まりの兵器、皇国軍も勿論保有しているが……
(ドイツも保有していたのは初耳だな)
この珍妙な俗称は、冬戦争でのフィンランド都市部への焼夷弾攻撃を非難されたソ連外相モロトフが「焼夷弾など使っていない。貧しいフィンランド人にパンを恵んでやっただけだ」と発言したことに由来してるらしい。
ちなみに火炎瓶を”モロトフカクテル”と呼ぶようになったのもこれが由来で、フィンランド人が皮肉を込め「モロトフ氏に(パン籠の返礼に)捧げるカクテル」という意味だという。
ついでに言っておくとRRAB型集束焼夷弾は1,000kg級のRRAB-1、500kg級のRRAB-2、250kg級のRRAB-3がある。
「ああ、あるぞ。冬戦争の時に流した兵器の代金が、一部
なるほどねー。とりあえず、レニングラードに落とす予定ってところか?
ならば、
「ハイドリヒ卿、どうしても航空攻撃で敵艦を沈めたいですか?」
これは確認しておかんと。
「? 質問の意図がよくわからないのだが……?」
「撃沈の固執するのではなく、”浮いてるだけの修理の意味のないスクラップ”とか”廃艦まったなし”とか”スクラップヤード直行”みたいな状態にするだけでも良いのでしたら、やりようはあります」
するとハイドリヒも大臣も興味を示したようで、
「どんな?」
これはブロンベルク大臣だ。
「数が用意できるなら、集束焼夷弾を使いましょうか?」
「「……はあ?」」
いや、だからソ連艦隊を物理的に大炎上させるんだって。
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