第82話 日独の高度な政治的取引とリガ港再整備計画




 1941年某月某日、ロンドン某所で日本皇国外務省高官と、ドイツ国防省高官の間で”非常に高度な政治的取引”が行われたという。

 なお、国家機密指定のため、個人名は残されていない。

 

独:「なーなー、キミんとこのクルス君、バルト三国の軍人さんの間でめっちゃ人気やねんな。んでな、クルス君の下で働きたいちゅーバルト三国甚がぎょーさんおんのよ。ほいでな、ちょうどええんでリガ港の立て直しに力貸して欲しいんよ」


日:「いやー、彼、一応文民、外務省の外交官なんすけど?」


独:「官民共同の港戦後復興プロイエクトとしとくから、言い訳たたへん?」


日:「レンタル料金はいかほど?(キラン)」


独:「ゲットしたロシア人の戦車と航空機や鹵獲兵器一式、完動品の上物もつけんで? あと、赤軍との戦闘を記した戦闘詳報とロシア人の調書、供述書とかのコピーでどや?」


日:「おk。好きに持ってってー」


 ”非常に高度な政治的取引”なのである!(強弁)

 

 

 

***




「クルス統括官、壮健そうで何よりだ」


 とはレーダー元帥だ。

 

「ええ。とりあえずは健康面は問題はありませんよ」


 飯は美味いし、酒もうまい。ただし精神面では未だ釈然としないが。


「それにしても君は、随分とバルトの人々に慕われているようだな?」


 含み笑いはやめれ。

 

「普通に仕事してるだけなんですけどねぇ」


 いや、マヂでやってる事は文官よ?

 やってる事は労働環境の整備、給与体制や福利厚生面の見直しとかだ。

 そもそもモチベーション上げないと、できる仕事もできなくなるだろ?

 効率の良い仕事ってのは、労働環境を整えるところから始めんと。

 

「ただ、俺がドイツ人扱いされるのは……まあ、日本人を見たことない連中が大半だからまだ納得できるとしても、なぜか統括参謀とか参謀長とか基地司令官とか港湾総長とか妙に人を軍人扱いするのが多くて」


 なんか、まるで仇名のように好き勝手に呼んでくれやがりますです。はい。

 いや軍服も着てないし、階級章とかも持ってないよ?

 まあ、別にその辺にこだわりはないし、正規の役職名を呼ばれなければ返事もしないほど堅物になる気もおきやしない。

 

「一応、君には権限上、”将官”待遇ってことにはしてあるがね」


「そりゃ知ってますが」


 OKWに出入りしてた時もだが、今はリガが軍港としての機能復旧を最優先とされ、必然的に軍人と関わることが多い。

 特に今は軍の工兵隊の力を借りて作業してるからな。

 例えば、よく話に出てくる”トート機関”は、帝国軍備・戦時生産省の直轄機関で、軍隊ではないが立派な軍属。上の方は現役の軍人がいることも珍しくない。

 そういう時に物を言うのが”将官”という地位で、トート機関は史実の末期ドイツのような強制労働機関ではないが、何というか……ステレオタイプのナチ的な感じではない。

 というかバリバリのガチナチというのは今生のドイツでは実は少数派で、マイルドナチというかソフトナチみたいな感じの方が主流だ。

 少なくとも、過激派ナチは軍でも政府でも上層部では見たこともない。

 というより現在のドイツの国家戦略上、他国と余計な軋轢を起こしそうなのは排除され、穏健派が主流になるのも必然なのだろう。

 

 とはいえ、ナチスドイツであることには変わりはなく、時折、ナチズムというより過剰なチュートンイズムを他民族に求めてしまうことがある。

 そういう時、緩衝材や潤滑剤になるのが、俺の役目ってわけ。

 

 それと誤解されたくないので言っておくが俺の将官待遇ってのは、あくまで港湾整備に必要ってことで権限や役職に附随するもので、正規の階級では無論ない。

 そもそも将官つってもドイツ式だと少将、中将、大将、上級大将の四つあり、当然、与えられる権限の大きさが違う。

 それが定められてない時点で曖昧で大雑把なものであり、また「港を整備する権限に附随」する以上、今の事務統括官って役職から離れれば自動的に消える物だ。


「そういえば、君が主催する”有志による多民族相互理解推進懇親会”は評判が良い様だね?」


 飲みにケーションは古今東西を問わず万国共通のコミュニケーション手段だと思っております。


「敵対よりは序列を無視しない程度の融和を。現在のドイツの国是には反してないと愚考しますが?」


 因みにこの場合の序列とは、飲み代の出元のことだ。

 

「別に責めてるわけではないさ。むしろよくやってると思う。君が事務統括を引き受けてくれたおかげで、補給もはかどると評判だしな」


 いや、別に好き好んで引き受けた訳ではないんですがねー。

 まあ、このあたりの事を少し説明すると、俺は別に日本皇国外務省をクビになったわけではなく、ドイツ政府へ出向扱いになっている。

 正規、まあ本職は総統府付特務大使なんだが、受け入れ先のドイツの業務要請を受ける余地はある訳だ。

 ただ、新たな業務付与がある場合は無条件でOKというわけではなく、日本の外務省の許可があるわけだ。

 つまり、上に話を通せってこと。

 そして、今回はあっさり許可が出た。むしろ、推奨案件(命令ではない)だった。

 

(どうせなんか政治取引でもしたんだろうが……)


 正直、米ソっていう潜在的敵国、それも大国に挟まれてる皇国としては、現状の停戦状態は都合が良い。

 

(上の方は、ユーラシア大陸の反対側にある国家と戦争再開なんてしたくないだろうし)


「特に君が考案したバルト三国の言語に対応した量産ステッカー、あれが好評でね」


「ああ、あれですか」


 何の事はない

 ドイツ語表記の横や下に、リトアニア語、ラトビア語、エストニア語で書いたステッカーを貼っとけって話だ。

 例えば、燃料タンクに”航空機用燃料”と書いてあるとする。

 

 ドイツ語では”Flugzeugtreibstoff”となるが、リトアニア語では”Orlaivių Degalų”、ラトビア語では”Lidmašīnu Degviela”、エストニア語では”Lennukikütus”と全く表記が違う。

 いちいち教育する暇もなく、翻訳エンジンもないこの時代なら、戦時下の軍港に運び込まれる物資の種類なんてたかが知れてるんだから、必要なだけ作って三か国語表記のステッカーを作ってペタンと貼り付けられるようにしてしまえと命じたのだ。

 ぶっちゃけペイントよりこっちの方が手間かからんからステッカーにしただけだ。

 合計四か国語で表記されてる航空燃料が詰まったタンクを魚雷艇に運ぶとしたら、悪意があるか飛行機と魚雷艇の区別がつかない阿呆くらいだ。

 どっちもいらん。

 

 

 

 無論、バルト三国の作業員にスパイが紛れ込んでいたらコンテナの中身とかモロバレになるが、そもそもその手の破壊工作を行う連中は、最低でも自分が標的とする物のドイツ語表記くらいは知ってるので、心配するだけ無駄だ。

 

 むしろ、”Explosiv(爆薬)”と書かれた箱の横で、その意味も分からずタバコを吸われるリスクが減るなら俺はそっちをとるよ。

 

「お役に立てたのなら、何よりですよ」


 と当たり障りのない言葉を返すと、

 

「クルス卿、近々大きな戦いがある。補給の準備は念を入れて頼むよ」

 

 ふ~ん。いよいよサンクトペテルブルグに総攻撃をかけるか……

 

「かしこまりました」


 燃料武器弾薬だけでなく、食料品や医療品も多めに備蓄しておきますか。

 

(念の為、市中の病院や搬送用の自動車も確保しておいた方が良いかもな……)


 あとは、

 

(夜の街の女かな……)


 修羅場からの解放感で、現地人相手に婦女暴行を連発されたら目も当てられん。

 慰安所を設ける風習のない米ソの軍隊で婦女暴行が多いのは公然の事実だ。

 

 命の洗濯ってのは、死地からシャバへ戻ってきた者には必須なのだ。


(やり手婆に渡りはつけられたし)


 ソ連占領下で一掃されたはずの軍港に付き物の歓楽街や夜の女も、ところがどっこいしぶとく生き残ってるもんだ。

 地下に潜伏していたそれらは、政府よりも素早くその機能を復活させていた。

 まさに需要あるところに供給アリだ。

 ただその手の法の手が届きにくい場所はアカや他国工作員の温床になりやすいので、夜の街の面々と顔繫ぎすると同時に、何かとハイドリヒに話を通してNSR(国家保安情報部)の紳士諸兄エージェントを手配するよう話を通した。

 最も、話を通す前に既に活動はしていそうな気配があったが。

 

(俺は戦場に出ることは無いが)


 業務上のアフターケアぐらいはしてやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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