第75話 来栖、真相に近づくためにハイドリヒの助手席に座る……いや、なんでさ?




「つっかれたぁぁぁ~っ!」


 ああ、ども。なんか最近自分の立ち位置がよくわからなくなってきてる、日本皇国駐独(総統府付)特務大使の来栖任三郎だ。

 ついさっき、解放されたばっかのパリからベルリンに帰ってきたとこだじぇい。

 

 えっ? なんでパリに行ってたかって? 

 観光……って言いたいとこだが、生憎と仕事だ。

 

 あー、あのな。パリ解放ってのは最大のトピックスだったが、その祝賀ムードにかこつけて、色々イベントが開催されたって訳なんだよ。

 

 その一つが、日英独の関係者が一堂に集まっての”捕虜交換会”。

 フランス人の軍楽隊が演奏する”サンブル・エ・ミューズ連隊行進曲”をBGMにして行われたのだが……内心で「ヲイ! 歌詞!!」とツッコんじまったよ。

 いや、曲調は明るいんだけど、中身は復活したフランス国歌”ラ・マルセイエーズ”ほどじゃない(なんせ、貴族を八つ裂きにして畑の肥やしにしちまえって歌だ)が、かなり物騒なんだぞ?

 そんな中で、ドイツ側の捕虜の代表格……というか、大物中の大物は、言うまでもなく”リッチモンド・オコーナー”将軍。

 コンパス作戦の立役者で、ロンメル将軍にしてやられて捕虜になったはずだ。

 

 見た感じ、健康状態に不足はない……というか、心なしか太ってなかったか?

 いや、ドイツ料理は実際、英国のそれより美味いし。

 魚料理は日本人的にはパッとしないが、肉料理は中々に美味い。イェーガー・シュニッツェル(狩人風ドイツ式カツレツ)とか、ケーニヒスベルガー・クロプセ(ケーニヒスベルク風肉団子)と結構いけるぞ?

 あと、やっぱりワインとビールは良いものが多いな。

 

 日英側の捕虜は、北アフリカやクレタ島で捕縛した連中だろう。

 将官クラスはいなかったが、結構有名どころのパイロットとかいたな? マルセイユとか。

 

 因みに場所はコンコルド広場に設けられた特設会場、観客に交換が成った瞬間に拍手喝采のパリジャンにパリジェンヌたち……って何を考えてるのか、完全にイベント、巴里祭に組み込みやがった。

 

 しかし、捕虜交換のトリが選りすぐりの美少女で編成された少女合唱団の”玉ねぎの歌”ってのはどうなんだ?

 いや、あれって”オーストリア人に食わせる玉ねぎはねえよ!”って歌だぞ?

 総統閣下は、オーストリア生まれなんだが……いくらなんでもエスプリが効きすぎじゃないのか?

 

 いや、イベント全てを睥睨していた肝心のヒトラー総統が、怒るどころかなんだか笑いを必死にこらえていたように見えたのは気のせいか?

 同行していたハイドリヒは、なぜかドヤ顔してたが。

 

 

 

 話はずれたが、俺はそのオブザーバーの一人として同行したって訳。

 考えなくてもドイツ在住の駐在官で、しかも総統府付きともなりゃそりゃ便利だろうさ。ドイツ語や英語はともかくとして、日本語ペラペラだし。

 なので、式典の少し前にドイツ使節団の一員として(なんでさ?)パリ入りして、事前のこまごまとした打合せとかしたのさ。

 

 んで、昨日の列車でようやくベルリンに帰って……ん? いや、俺が本来帰るのはベルリンではなく東京なのでは?

 

(それは考えても仕方ないか……)


 とはいえ今は戦時中、基本的に政治やら軍事の中枢にいる奴はみな忙しい。

 残念ながら俺もその例外ではなく、本日も午後から予定ありだ。

 まったく。宮仕えはつらいぜ。

 

 

 

 

 

 

 





******************************










「なんで俺は、ハイドリヒ卿の運転するブガッティスポーツカーの助手席に乗っているんだろうか……?」


「それは、クルス卿が”ユダヤ人強制収容所”の視察を希望したからだ。あれの管轄はNSR(国家保安情報部)だから、私が案内するのに、なんら不都合はあるまい?」


 いや、アンタ。長官自ら案内って……

 

 やっほー。来栖だよー。

 毎度思うが、俺なんか悪い事したか?


(いや、そりゃ強制収容所の視察は希望したけどさ……)


 パリ解放とか捕虜交換で浮かれていたのもつかの間の話、ドイツは現在、絶賛戦争中だ。

 中央軍集団は白ロシアベラルーシ、南方軍集団はウクライナを攻略している筈なんだが、今回の一件はバルト三国を攻めている北方軍集団に関係していた。

 具体的に言えば、そこに駐在している後輩外交官、”杉浦すぎうら 千景ちかげ”に絡んでくる話だ。

 

 

 

 史実でもソ連に酷い目に合わされていたバルト三国、エストニア、ラトビア、リトアニアだが、彼らはドイツ軍を共産主義者による圧政からの解放者と捉えた。

 ただし、史実のドイツはスラブ人に対する……まあ、人種感から彼らが望むようには振舞わなかったが、この世界線のドイツはひと味違う。

 北方軍集団は、少なくとも今のところは大変お行儀よく行軍しており、三国市民を守り、圧制者の手先たる赤軍を次々に撃破し、潤沢な物資で民を慰撫する”解放者”リベレーターの役回りを見事に演じ切っていた。

 

 少しだけ政治的バックグラウンドを語ると1940年6月のバルト三国に対するソ連の侵攻により、反共主義者として処刑されたり”ソ連の奥地へ”追放された人間は三国合計して史実でどんなに少なく見積もっても12万5千人、この世界線だと現在ドイツが集計しているデータの合計で既に13万人を超えているはずだ。

 因みに他国へのプロパガンダとして「バルト三国は合法的にソ連への編入を望んだ」ことをアピールする為に国民投票だか選挙だかを行ったが、共産党に票を入れなかったという理由で後頭部を撃ち抜かれた人間が続出したという報告が数多くあげられている。

 繰り返すが、これは史実でもこの世界線でも実際に起きてることだ。

 

 そんな情勢であれば、少なくても市民の目があるところでは品行方正なドイツ軍が、解放軍として受け入れられるのも当然だった。

 

(いや、今生のドイツ軍は最初からそれを狙って、”独ソ不可侵条約”を締結し、一度アカにバルト三国盗らせて世紀末ヒャッハーさせて自分たちが再征服しやすい土壌を作ったのかもしれんな……)

 

 そりゃソ連位比べれば、大抵の国は救世主に見えるだろうさ。

 元々は独ソ不可侵条約から始まってるから、まあ十中八九マッチポンプだ。

 

(だが、そうじゃない連中もいた……)


 例えば、”東ポーランドからリトアニアに逃げ込んでいた多くのユダヤ人”がそうだ。

 正確には、ソ連の支配地域であり今はドイツが奪取した東ポーランドに住んでいたユダヤ人だ。

 

 彼らはソ連の吹聴する「ドイツのユダヤ人最終的解決法」を信じてポーランドから脱出した。

 そこにドイツが攻め込んできたのだ。

 

 実はドイツ、自国や支配領域外に脱出するユダヤ人には何ら制限を書けていないが、情報が錯綜してユダヤ人たちはパニックに陥ったらしい。

 

 そこで登場したのが、我らが”杉浦千景”だ。

 

 国際連盟・・・・高等弁務官の経験もある我が後輩は、国連からの要請という”建前”で、多くのユダヤ民族資本をスポンサーに「バルト三国ユダヤ人避難者救済事務局」を立ち上げ、本人としては複雑な表情をしているだろうが代表に収まった。

 要するに追い詰められ、(主に欧州外へ)逃げ出したいユダヤ系避難民にパスポートを発行し、受け入れを表明している国への出国手続きを取るというものだ。

 

 だが、いくらドイツが邪魔しない(というかむしろこっそり協力している)と言っても、それでも受け入れ先の許容量にも移送手段にも限度がある。

 当然、国外脱出不可能なユダヤ人だって出てくるだろう。

 あるいは、元々バルト三国に住んでいたユダヤ人は国外に出たがらないかもしれない。

 

 そうなれば、どうなるか……?

 今のドイツの政策では、ユダヤ人民族強制収容所送りが大多数になるはずだ。

 

(だから、見ておく必要がある)


 杉浦に暗に頼まれたってのもあるが、「杉浦じゃ救えないだろうユダヤ人の末路」を。


「クルス卿、いきなり黙り込んでどうした?」


「いや、ハイドリヒ卿の愛車がフランス車ブガッティっていうのが意外で」


 そういえば、なんでわざわざフランスを代表するスポーツカーに乗ってんだろ?

 正確には、”ブガッティ・タイプ57SC”。史実では40台くらいしか生産されていない希少車にして高級車だ。

 

「この間、一緒にフランスに行っただろう?」


 いや、あれを一緒に行ったと言えるのか?

 

「その時、ブガッティが再生産を始めててな。一目見て気に入ったらので記念もかねて土産に買ったのだよ」


 げっ……そんな理由で?

 

「それに私がフランス車を乗り回せば、周囲が勝手に政治的推測をしてくれる。これはこれで一種のプロパガンダというものさ」


 なんつーか……面倒臭い人とかかわりになっちゃったなぁ。おい。















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