第73話 1941年7月21日、ケベック州独立宣言





 さて、パリ返還? 復活?

 ともかく、フランスの”二重の意味での(あるいは二度目の)建国記念日”となった1941年7月14日が過ぎ、それから1週間後の7月21日……

 世界を驚愕させ、ある意味において震撼させるイベントが起きたのだ!

 

『我々ケベック州は英連邦からもカナダからも独立し、本来の姿である”ヌーベル・フランス”の精神に立ち戻り、真なるフランス”自由フランス”の建国を宣言する! そして、モントリオールを首都として定め、同時にフランス本土を不当に占拠するドイツの傀儡たるペタンとその一派に対し、我々こそが本来ならパリにいるはずの正統なるフランス政府だと主張し、フランスを売国奴の手より奪還することをここに誓うっ!!』 


 そして拳を高く振り上げ、


『心あるフランス人よ! 誇りあるフランス人よ! 我がもとへ集えっ!! そして、再びフランス人の手にフランスを取り戻すのだっ!!』

 

 ケベック州が、正確にはケベック州の州都モントリオールに拠点を置く(自称)亡命フランス政府、(自称)自由フランス大統領、シャルマン・ド・ゴールが英連邦カナダより独立を宣言した。

 これが可能だったのは、例えば英国がフランス亡命政府に志願兵(義勇兵)募集の許可をフランス系住人・・・・・・・に限り認めたこと、亡命政府は亡命政府なりに組閣し機能していたこと、そして国境線の向こう側にある伝統的にフランス贔屓の米国が”レンドリース”の対象として大規模な支援したことなどが理由だった。

 

 ただし、流石に国境線(ケベックの州境)の閉鎖などはしてないようだが。 

 そして、同時にアメリカ合衆国、ソヴィエト連邦、中華人民共和国、中華民主共和国、大韓共和国が即座に自由フランスの独立承認とその建国の正当性を支持した。

 後は有象無象と言ってよい、アメリカに根を張ろうとしているオランダなどの亡命政府もだ。




 そして、世界の多くの独立国は……

 

「「「「「「「「「「はぁっ!?!?」」」」」」」」」」


 だった。

 

 

 

***




 そして、まず最初に混乱と困惑から立ち直ったのは、当然のように親元・・である英国である。

 

『確かにケベック州は英連邦に反抗的であり、歴史的、あるいは人口学的民族構成から見ても前々より独立の機運が強いのは知っていた。それを承知でド・ゴール一派を送り込んだのだが……』


 1941年当時のカナダの人口は1200万人弱。その1/4ほどがフランス系で、その8割がケベック州に住んでいた。

 カナダは第一言語が英語だが、ケベックだけが第一言語をフランス語にしているあたり、その背景が伺える。

 つまり、300万人のフランス系カナダ人のうち、約240万人がケベック州に在住している計算になる。

 こうなったのも、かつてカナダは支配権を巡り英仏が戦った場所であり、結果として英国が勝利したが、カナダが英連邦の一員となった後もフランス系住人はケベック州に立てこもった形になる。

 

『流石に、ここまで愚かだったとは思わなかった』


 歴史上、素直という評価だけは受けたことがない英国人にして珍しく率直な感想を、時の首相”ウェリントン・チャーチル”は公共電波で流した。

 

『当然だが、我々英国、そして英連邦は国王陛下の名に懸けて、ケベック州の独立などという世迷言を認めることはありえない』


 ちなみにケベック州の広さは、スペイン・ポルトガル・フランス本土・オーストリア・イタリアを合計した面積に匹敵する広大な土地を誇り、土地面積だけなら確かに国家を名乗れるだろう。


『ただし、現在は停戦しているだけで、変わらずドイツとの戦争状態にある。故に茶番に付き合う気もない。ケベック州を不法占拠・・・・しているフランス系武装集団・・・・が、他州に進出しない、または無垢な英連邦人・・・・の流血を起こさない限り、即座に武力による奪還は施行しない』


 チャーチルは、かつてロンドンに居ついていた亡命フランス政府、自由フランスを”違法なフランス系武装集団”だと断言したのだ。

 

『しかし、残念ではある。こうなってしまえば、英連邦の一つであるカナダに住まう人々の生命と財産を守るために、英国首相としての責務を果たすために来るべきドイツとの再戦に向けて準備していた精鋭部隊を、カナダに配置せねばならなくなった。全くもって残念だ』


 その言葉に全く残念さを感じないのは仕様である。

 

『これでは、ドイツとの戦争計画は最初から練り直しになるな』


 そうマイクの前で紫煙を溜息と同時に吐き出したのだった。

 

 

 

***




 次は当然のようにフランコ政権のスペインと同じように親独中立国として復権を果たしたばかりのフランス共和国、フィリベール・ペタン大統領で、

 

『まずは英国国王、並びに英連邦の人々に心より陳謝を。我が国フランスとは一切無関係・・・・・な、”反政府武装組織”がしでかした暴挙ではあるが……彼らの首脳部が元々は旧政権時代のフランスの軍籍や国籍を持っていたことは間違いがなく、我々フランスの不徳を痛感している』


 そして鎮痛の極みという声で、

 

『よってここで宣言する。自由フランスを名乗り、ケベック州で違法占拠を行ったフランス国籍を持つ者に対して永久的なフランス国籍の剝奪をだ!!』


 つまり、もはやド・ゴール一派は「フランス人ではない」という既成事実が出来上がった。

 彼らがどうなろうと、フランスは文句を言うことは無いと。


『また、我が国の国際社会における信用を失墜させたテロリスト・・・・・として国際指名手配し、もしフランス領に入ることがあるのなら、逮捕と裁判を行うと。我々は、フランス人の現在は無国籍の武装犯罪者集団に断固とした処分を行うと約束しよう!!』


 フランスの法律でテロリストは一般的に……まあ、フランス名物ギロチンにはかけられなくとも、この世にいられる確率はあまり高くないだろう。




***




 次に我らが日本皇国だが……

 

『我が国は立場上、二つ存在した・・フランス政府を名乗る組織のどちらが正統かを明言しないできたが……』


 義務教育や健康保険・厚生年金の制度を整備し、日本医療団を創設、はたまた大規模な国土開発計画に各種国内インフラ整備と外政より内政に定評のある日本皇国の近衛首相は、


『我が同盟国に牙をむく勢力に、一切の正当性を認めることはできない。これより日本皇国は、パリを首都・・・・・とするフランス政府のみを正統なフランス政府として認識する。フランスが中立国として国際社会に復帰するというのであれば、今後、政治的な折衝や交易の再開なども始まるだろう。だが、いかなる状況であれ交渉であれ、我らがフランスとして認めるのは、フランス唯一無二の正統政権であるパリ政権・・・・のみと宣言する』


 まあ、当然の反応であった。

 因みに仏領インドシナの割譲は、未だに表には出ていない(蘭領東インドの東側もだが)。

 おそらく、詳細はパリ政権のペタン首相との話し合いになるだろう。

 というより本人は内心で、

 

(何が悲しゅーて、俺っちが反日ヤンキー老害と粛清愛好家の下種野郎から伸びた紐がケツに付いた俺様至上主義の阿呆とツラを合わせにゃならんのでぇい!)


 という感じだろうか?

 良いとこの生まれなのに、中身は江戸っ子の近衛であった。

 


 

***




 そして、トリを飾るのは当然のようにドイツである。

 

『わざわざ英国の土地を削り独立とはな。しかし、ド・ゴールは”自由フランス”の建国を宣言する意味はわかっているのか?』


『フランスと異なる名を持ち、他国の土地を奪い、国として独立したのだろう? それは最早、別の国だ。ド・ゴールが、いや自由フランスがもしフランスの土地に攻め込んだとしたら、それは祖国奪還などではなく……』


 電波を通じて広がる声に失笑を混ぜ、


『ただの侵略なのだが?』


 そして呆れの声を少し混ぜつつ、


『ソ連を出たロシア人、例えばトロツキー一派がアラスカ州やニューメキシコ州に脱出し、そこで亡命政府を立ち上げ独立を宣言し、ネオ・ソビエトを名乗ったら? そして、モスクワ奪還を御旗に掲げるとしたら、米ソはそれを認められるのかね? あるいは、各国亡命政府が米国内で同じように独立を宣言したら? 例えば、ペンシルベニア州に一族が揃うオランダ王室が新オランダ王国建国を宣言したとしたら?』


 アウグスト・ヒトラーは語り掛けるように続ける。

 

『それを許容できるなら、好きにすればよい。だが、それが出来ぬのなら……』


 ヒトラーは一度言葉を切り、

 

『これほど酷いダブルスタンダードは、歴史上稀だろうな。この上なく悪い意味で、歴史に名を遺す』




 かくてヒトラーの言葉は、的確な予言として後世に伝わってゆくことになるのだった……












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