第67話 ゲルマン人とスラブ人、あるいは……
「ヒトラー総統は、スラブ人をどうお考えで?」
俺、来栖任三郎はレーヴェンハルト・ハイドリヒにそう問うた。
すると……
「”
「ただの人間……?」
ほう……こりゃあ聞いてみる価値もあるってもんだ。
予想はしてたが、
(アーリア人の代表格みたいなハイドリヒが、スラブ人を人間扱いするか……)
「そうだとも。我々
いや、それどこの阿修羅観音だよ?
東洋思想とか詳しそうだな、ヲイ。
そういやスワスティカとかを崇めていた民族だっけ?
「まさかと思うがクルス卿、君はドイツ上層部が
いや、前世ではまんまそうだったんですが?
「いえ、ドイツに来てから流石にそれはないなとは思っていましたが……」
するとハイドリヒは吐き捨てるような表情で、
「”アーリア人至上主義”なんて非合理な物、総統閣下こそ一番信じてないのだよ。知ってるかね? 主義者達が主張するアーリア人の身体的特徴というのは金髪碧眼、長身の白人だろう? 総統閣下は背も高くも無ければ金髪碧眼でもない。しいて言うなら白人かもしれんが、それを言うならスラブ人もアングロサクソンもそうだ。ついでに言わせてもらえば、アーリア人の身体的特徴とやらは北方人種の特徴であり、北方人種は所詮、コーカソイドの一つに過ぎん」
ええ~っ!? 思ったよりも過激なこと言ってるんですが?
「そんなこと大声で言っていいのですか? ここOKWですよ?」
「気にする必要はない。私の言った程度のことなど、ここに努めてる人間なら誰でも心得てるさ。そもそも、アーリア人至上主義なんて物を声高に囀る阿呆を総統閣下はそばには置かんさ」
いや、いやいや!
「いや、でもナチ党っていうのは確か……」
「政権を取る段階で、そういう”大衆受けの良い、ドイツ人にとって都合がよすぎる持論を重ねる連中”を取り込んだのは確かさ。何しろ連中は、当時は”敗戦によるコンプレックスまみれだったドイツ民衆”にとにかく受けが良かった。当時は得票数、大衆人気こそが最も必要だったのさ」
そりゃまあ、ヒンデンブルクとかいた時代は普通に選挙やってたし。
というかワイマール共和国ってのは、当時もっとも民主的だなんて言われてたしな。いや、前世の話だけどさ。
「だが、それは今となっては”そういう時代も
いや、そりゃそうだけどさ……それじゃあ、あのドイツの社会に沈殿してるアーリアンイズムはなんだって話だよな?
それに、ユダヤ人の排斥だか迫害だかは普通に、少なくても「市民にはそう見えるように」やってるわけだし。
「クルス卿、一つだけ誤解を解いておきたいのだがね……総統閣下が常に警戒しているのはスラブ人その物ではなく、”汎スラブ主義”の方だ。当然だな? 先の大戦の根本的な原因の一つは、”汎ゲルマン主義と汎スラブ主義の
あー、まあそう言われればな。
確かヴィルヘルム二世はそれをスローガンにしてよりによってバルカン半島に攻め込んだんだっけ?
それと意外なことに汎ゲルマン主義、「ドイツ語が響く所がドイツである」ってのを最初に広めたのはドイツ人じゃない。
19世紀のオーストリアの皇帝とノルウェーの王様だ。
「だが、我らの総統閣下はこう言ってはなんだが、帝政時代の皇帝よりも人として器が大きい。少なくとも汎ゲルマン主義なんて鼻で笑う御仁だ。だが、汎スラブ主義は認めない。なぜだかわかるかね?」
そりゃあそうだろう。何せ、今は
「ユーゴスラビアですか?」
史実では枢軸側から連合国側に付いた(かなり語弊があるが)とされているが、少なくとも現状ではドイツだけでなく日英も距離を置いている。
英国はちょっかいかけたがってるし、実際にイタリアがアルバニアルートで何かしようとしているが、
(結局は徒労で終わるだろうな)
だから、ドイツは枢軸を裏切ってもユーゴスラビアに手を出そうとしないのだろう。
日本も同じだ。何も好き好んで赤い紐がケツについたチトーに協力するいわれはない。
「そうだ。彼らは今、事実上の内戦状態にあり、その主軸となっている思想の一つに汎スラブ主義だよ。加えて、あそこで一番気を吐いている勢力はソ連からの支援を受けている。なんとも節操が無いとは思わないかね?」
(こりゃドイツもチトーの存在をつかんでるってことか……)
「そもそも汎スラブ主義は、欧州の中央にスラブ人至上主義の大帝国を築こうというものだ。とても受け入れられる訳はあるまい?」
いや、それをドイツ人が言いますかい?
「お言葉ですがハイドリヒ卿、ドイツもゲルマン人の
まあ、そら第一次世界大戦の構図だろうけど、ちょっと突っついてみるのも悪くないだろ?
「君はやはり誤解しているようだね? ”レーヴェンスラウム”は”ゲルマン人の天国”ではない。”
いや、極楽浄土で意味が通じたよ。
やっぱりチベット密教の影響とかあんのかね?
「ゲルマン人とドイツ人は、同じものでは?」
では、少し踏み込んでみようか。
「ゲルマン人は北方人種系のただの一民族の名だ。だが……ドイツ人は、別の定義がある」
「それは?」
するとハイドリヒはどこか誇らしげに、
「ドイツ人としての教育を受け、ドイツ人としての社会通念や共有できる価値観を持ち、労働と納税の義務を怠らないドイツ国籍が認められた国民だよ」
いや、それってさ……こう言ってないか?
「つまり、生まれた国や人種や民族は関係ないと?」
「全くの無関係とは言わないが、かといってそこまで重要な要素ではない。第一、我らが総統は育ったのはドイツだが、生まれたのはオーストリアなのだが?」
(ならば、聞こうじゃないか。いずれにせよ、これは避けては通れぬ道だろうし)
「例え、
さあ、どう答える?
「それについては、ここで話すべきではないな。いずれ、日を改めよう」
かなり間があった。なるほどね。
(どうやら、これも裏やらカラクリがありそうだ)
「良いでしょう。今は聞きますまい。ですが機会があれば……」
「その機会はいずれ作ろうではないか」
「私も”ドイツ国内におけるユダヤ人の情勢”は知っておきたいのですよ」
まあ、ユダヤ人問題に関しちゃ”後輩”にもせっつかれてるしなぁ。
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