第68話 戦いの終わった島にて
さて、唐突に舞台は”クレタ島”に戻る。
あの激戦から約1か月……捕虜になった(あの激戦で生き残れた)ドイツ将兵は1000名に満たないとはいえ、クレタ島の刑務所に収容するのは多すぎる(それにまさか元々の受刑者を追い出す訳にもいかなかった)るのが困りものだった。
また、法務士官からも「捕虜は犯罪者のような扱いにするなかれ」というアドバイスもあったし、何より日本皇国軍はクレタ島のドイツ人捕虜を長らく囲っておく気は最初からなかったためにわざわざ捕虜収容所を新規建造するのもどうにも気が引けた。
予算とて無限ではないのだ。
そこで苦肉の策だが、皇国軍はクレタ島東部南海岸の唯一の都市と言ってよい観光地”イエラペトラ”にあるコテージやホテルを借上げ、その周囲を鉄条網と機銃座や永久陣地、対人地雷で囲った簡易収容所とすることで一応の決着をつけた。
いつでも都合よく(戦時中ゆえに)閑古鳥が鳴いている観光地のホテルが近場にあるわけでもなく、捕虜収容施設の急場での建設は今後の課題とされたが……ぶっちゃけドイツ軍のギリシャ簡易兵舎よりも快適な状況だった。
まあ、第一次世界大戦の”バルトの楽園”の前例もあるということで、「まあ、不自由のない生活をおくれる程度でええじゃろ」という基準でこうなったらしい。
無論、ギリシャ人の国民感情を考え、現地住民との接触は厳禁で交流なんて論外だった。
何しろ、捕虜収容所(仮)に続く道の各検問所には完全武装のギリシャ軍が24時間体制で詰めており、周辺住民は何を思ったのか猟銃を新たに買い求める者が後を絶たなかったという。
何を撃つ気なのかはあえて問わないにしても、収容所の「脱走に対処するための備え」は存外に「ドイツ人捕虜を守るため」の物なのかもしれない。
何しろ、”万が一にも脱走が成功してしまった”ら、ドイツ人がどんな目に合うかわからないのだから。
無論、日本人はドイツ人に友愛の精神で接していた訳ではない。
彼らは重要な”取引材料”なのだ。
実際、日英同盟とドイツの停戦合意が結ばれてから”捕虜交換”の現実味が日に日に高くなってきている。
英国は是非とも”唯一の将官捕虜”である”リッチモンド・オコーナー”中将をぜひ奪還したかった。
史実ではイタリアの捕虜収容所に入れられていたオコーナー将軍だが、”将官の捕虜”という重要性を鑑み、ロンメルは捕虜にした直後からイタリアにだんまりでドイツ本国に移送、この世界線ではより厳重にベルリン郊外にある国家所有の要人用コテージに収容されていた。
無論、24時間の監視付きだが、こっちはこっちで苦労はして無い様だ。
ただ、クレタ島あるいは北アフリカ(エジプト)に収容されているドイツ人捕虜もオコーナー将軍も、ある部分で共通項があった。
それは、共に「捕虜という
だからこそ、彼らは無理を通して、危険を冒してまで脱走しようとは思わなかったのだ。
例えばこれは、そんな時期のちょっとした日常の1コマであった。
***
「おーい、”マルセイユ”。お前さんに客だとよ」
「おっ? どこの可愛い町娘だ?」
同室の同僚は心底呆れたというよりむしろ可哀そうな物を見る目で、
「いんや。フツーにヤローだ」
「んげっ……」
少しだけその心底嫌そうな顔をする(対空戦車に)撃墜されたパイロット”ヨハン=ヨアヒム・マルセイユ”に同僚は少しだけ溜飲を下げつつ、
「お前さんをふん捕まえた者だと言えばわかるとさ」
「げっ……」
******************************
「よお。どうやら元気そう……つーか、少し太ったか? どうせ労働の義務がないからって食っちゃ寝でもしてたんだろ?」
「うっせーよ。どれもこれも、
「すんげー責任転嫁だな」
「ところで
うっす。なんか久しぶりな気がする下総兵四郎だ。
ヤローを訪ねるなんて本来なら俺のポリシーに反するんだが、
「なに、ただ別れの挨拶に来ただけだ」
「あん?」
まあ、普通はそういう反応にはなるか?
「新聞は読んでるか?」
「まあ、そりゃ暇だからな」
要するに暇じゃなけりゃ読まねーと?
検閲済みとはいえ、新聞を読んでるならまず問題はないだろう。
「それなら話は早い。イタリアはともかく日英とドイツの停戦は正式に成立した。なんで、俺たちの部隊は古巣のトブルクに帰るし、お前らも近々ドイツへ戻れるだろうさ」
まあ、ドイツが躍起になって日英との停戦をラジオ、新聞を問わずあらゆるメディアで情報を垂れ流しているからな。
その仕事の速さと量は、流石はゲッペってところか?
日英は”公的には”それに比べるとやや消極的な様子で肯定してるって感じだ。
(消極的ってより、米ソの反応を見ながら慎重にってところなんだろうが……)
お偉方の考えることなんて、末端の末端たる俺には本当のところはわからない。
だが、それでも少なからず『米ソを味方とみなしていない』ってのは空気感みたいなものでわかる。
少なくとも「あくまでも停戦に合意しただけであって、和平や和睦への準備でもなければその予定もない。ただ我々にも消耗を補填し戦線を立て直す時間がいる」と慎重に言葉を選んでるあたり、何を或いは誰に聞かせるための発言かわかるってもんだ。
「それって捕虜交換が近いうちにあるってことか?」
俺は頷き、
「噂じゃ7月中にどうにかなるみてーだな。良かったじゃないか? コックピットにはまらない肉付きになる前に、本国のヘルシーなダイエット食が食えるぞ?」
「誰が体型ゲーリングだって?」
ヲイヲイ。
「せめてそこはウーデットにしといてやれ」
「ん? ああ、あの落ちぶれた曲芸飛行機乗りがどうかしたのか?」
そういや、今生じゃあんまウーデットは出世してないんだっけ? イェションネクとかもだけど。
「まあ、ドイツ産のジャガイモ体型はこの際どうでもいい」
俺はたまたま見つけたドイツ産の白ワインをボトルを取り出し、
「おおっ!? シャルツホーフベルガーのシュペートレーゼじゃん! 良く手に入ったな?」
なんんじゃそりゃ? 呪文とか伝説の武器か? 白のモーゼルワインだとか聞いた覚えがあるが。
「よくわからんが、反応からして悪くないもんなんだろ? 選別だ。やるよ」
「あ? いいのか……?」
いや、どうせ鹵獲した物資の放出品だし。
というか、別に白ワインってそんなに好みの酒じゃないしなー。
ぶっちゃけ2本入手したが、1本小鳥遊伍長と空けて「もういいかな」ってなったし。
「前祝いだと思ってとっとけ。上の許可は取ってるし、どうせたかがワイン1本で悪さできるほど酔いはしないだろ?」
まあ、ビールが水替わりみたいな国民だしな。
「ダンケ! 感謝すんゼ。戦場であってもお前は撃墜しないでおいてやろう」
ボトルにキスしながらそんなことをのたまうマルセイユ。そんなに気に入ったのか?
「いや、俺は陸兵だし。空飛ばんし」
というか、こいつ本国戻ってももうアフリカ来ないんじゃないか?
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