第66話 Fields Of Gold
戦闘は既に終結していた。
重装甲を誇るKV-1とて、全方位の装甲が分厚い訳ではない。
砲塔にせよ車体にせよ後方は薄い。
そこを比較的近距離から76.2㎜砲で撃たれたらひとたまりも無いだろう。
撃ち漏らしに関して、敵陣形が崩れたのを見計らってビットマンが即座に砲撃命令。
無論、砲塔に青と黄色のストライプ入りの戦車は絶対に撃つなと厳命した。
そして、ストライプ入りのT-34戦車のうち1両が前へ進み出てきた。
砲口をドイツ軍の反対に向け、まだペンキ塗り立てっぽい青と黄色を見せつけるようにして。
キューポラが開き、あまり見覚えのないデザインの、だが明らかな軍服を着こんだ男が上半身を出した。
そして、ドイツ国防式の敬礼をする。
同じく自車のキューポラから上半身を出していたビットマンは、敬礼を返す。
緊張の瞬間……互いの距離が届く距離で、T-34とIV号のエンジンが止められた。
「We will be getting back(我らは必ず取り戻す)」
ふとビットマンの口から飛び出す
これにT-34の男は声を重ねる。
「Fields of Gold(黄金の麦畑を)」
事前に聞いていた符丁にピタリと一致する返しに、ビットマンはホッと一安心する。
もし、いきなりどっからどう見てもドイツ人の口からいきなり英語が飛び出せば、答えを知らない限り一致する言葉は帰ってこないだろう。
「私はドイツ陸軍南方軍集団、クライスト上級大将麾下第1装甲集団所属、マキシミリアン・ビットマン中尉だ。”Befreiungsarmee der Ukraine(ウクライナ解放軍)”で間違いないかね?」
「ええ。ジトムィール・チェフレンコです。少し前まで赤軍少尉でしたが、今は違います」
そう語るまだ若い男にビットマンは内心で驚きながら、
「事前に符丁と存在は聞かされていたが……まさかこの広いウクライナで、本当にウクライナ解放軍に遭遇するとは思わなかったよ」
「それは確かに」
チェフレンコは苦笑し、
「我々はまだ出来たばかりの
とはいえ、いつ本物の増援が出てくるかわからない状況で、あまり立ち話するのは感心できない。
「すまんが、チェフレンコ……えーと」
「”少尉”で良いですよ? なんとなく、仇名として定着してますし」
そうクスリと笑う。
「では少尉、すまないが本部に連絡を入れておくから一旦、後方……ああ、ドイツ側の後方に下がり、友軍と合流してくれないか? これからの方針と、」
ビットマンはちらりとチェフレンコの戦車を見て、
「こう言ってはなんだが、君達の戦車ではいつ味方に誤射されるかわかったもんじゃない。交換部品や整備の問題もあるし、それもひっくるめて話し合ってほしい。君のドイツ語なら問題ないだろう」
言い忘れていたが、この二人はさっきからウクライナ語やロシア語ではなく、ドイツ語で会話していたのだ。
「少なくとも、シュターデン軍曹のドイツ語よりは標準語に近い」
「酷いですよー。中尉殿」
”ウクライナ解放軍”
戦争が長引けば長引くほど、ドイツの支配地が東ヨーロッパ平原に広がれば広がるほど大きな意味を持つこの集団は、史実とこの世界線の違いを示す試金石の一つと言えた。
なぜならそれは、「この世界線のヒトラーがスラブ人に持つ人種感」を如実に指し示しているのだから……
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「それにしても”ハイドリヒ卿”、NSR(国家保安情報部)の”
NSRってなんだよっ!? 今は亡き(ただし、現状では遠い未来になるあたりがややこしい)HONDAの2ストレーサーか?
RSHAとかSSとか剣吞な組織は何処へ消えたんだか。
「ほほう。何のことですか?」
オッスオッス! オラ、来栖任三郎。
只今、”
いや、なんでさ?
「いえ、現在侵攻中の東欧ですよ。具体的に言えば、スラブ人の”
いやー、それを知った時は驚いたのなんの。
史実ではさ、ヒトラーもハイドリヒも、スラブ人をそりゃもう劣等民族とみなしてたわけさ。
実は、共産主義に対する反発ってのは実は当時のソ連領、後で言う衛星国でも相応にあってさ、それなりに
だけどヒトラーは、『下等生物の手助けなぞいらん。むしろまとめて轢き潰す』とばかりに一緒くたに攻撃しちまったってわけだ。
だけど、この世界じゃあ……
(裏でコソコソ支援して下地作っておいて、バルバロッサ作戦発動したらガッツリ組織化してんだもんなー)
手元に回ってくる資料に”ウクライナ解放軍”だの”カレリア解放戦線”だのの文字が踊ってた時は、腰を抜かしたぜ。
そりゃあ、ドイツの諜報機関ってのは、史実でもトゥハチェフスキーを失脚、粛清させるくらいには優秀だったのは知ってるよ?
だが、この世界じゃあそんなレベルじゃなかった。
ドイツの東方侵攻に呼応して各地で反共レジスタンスやら反共パルチザンやらが叛乱の狼煙を上げて、ソ連は大混乱してるってわけ。
「ああ、そのことか」
するとハイドリヒは事もなげに、
「
「具体的にはいつぐらいから聞いても?」
「”ホロドモール”は良い機会だったと言っておこう」
つまり遅くても30年代初頭には介入を開始したってことか……
(えっ? それってヒトラーが総統になるどころか、”首相就任前”なんじゃ……)
「別に政権を奪取する前に東部で地盤づくりをしてはならないという法はあるまい? 当時のドイツは、ワイマール体制下。別に逃げ出してきたウクライナ人を受け入れることに何の問題がある?」
やばっ! 表情に出てたか……?
「我々の手元にはソ連支配下のウクライナより逃亡しドイツに帰化した多くの人間がおり、その血族がまだウクライナに大勢いる……君ならどうするかね?」
(うわっ、さすが”金髪の野獣”殿。考えることがエグいわ)
そりゃあ敵対的国家の反政府組織にコソコソ援助するのは定石だけどさ……
(前世の日本もやられたもんなぁ……)
国防能力を引き上げようとすると必ず嚙みついてきたり、「日本人が飢え死にしても海外派兵はしてはならぬ」と発言して国民から総スカン食らった男が党首の野党とか、まんまだったしなー。
「二位じゃダメなんですか?」ダメに決まってるだろう。一位を目指す気概を否定してどうする。
「まあ、出来る事なら全部やるってのは正しいとは思いますが……」
「それ以前に”ラパッロ条約”があったし。あれは良い隠れ蓑だったよ」
こりゃ聞いてみるしかないかね?
「ハイドリヒ卿、お聞きしても?」
「構わんよ、必ず答えるとはやくそくできんがね」
それこそ構わんさ。だから踏み込むべきだろう。
腐っても俺、来栖任三郎は外交官のはしくれだ。
「ヒトラー総統は、スラブ人をどうお考えで?」
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