第65話 大平原でSearch & Destroy





 さて、ある意味において規定通りというべきか?

 ドイツ南方軍集団は、順調にウクライナを進軍していた。

 

「こりゃたまらんな。居心地良すぎて、戦場から離れられなくなりそうだ」


 41年式長砲身型のIV号戦車に座乗する戦車中隊指揮官”マキシミリアン・ビットマン”中尉は、次々とソ連戦車を敵射程外アウトレンジで撃破できる砲力に満足していた。

 史実ならWaffenワッフェン-SS(武装親衛隊)に所属していたこの男だったが、生憎とこの世界線では母体のSSも含めてそのような組織は存在しない。

 その色合いを残すNSR(Nationaler Sicherheitsnachrichtendienst des Reiches:国家保安情報部)は、装甲化された正規師団の持ち合わせは無く、しいて言うならSS-VT的なゲリコマに対応した非正規戦や非対称戦、あるいは各種特殊任務や破壊工作を行う特殊作戦任務群を複数抱えているだけである。

 

 という訳でビットマンが所属しているのは武装親衛隊ではなく、正規のドイツ陸軍機甲師団だ。

 より正確に言うなら、ドイツ南方軍集団麾下、”エーデルハルト・フォン・クライスト”上級大将、通称”パンツァー・クライスト”率いる南方軍集団の第1装甲集団の戦車部隊に配属されていた。

 そのせいかどうか、史実ではこの頃はようやくⅢ号突撃砲の車長になったばかりの筈だが、この世界線では愛車はIV号戦車に変り、ついでに階級は中尉でIV号戦車12両からなる中隊を任されていた。

 

 

 

 南方軍集団自体、”バルバロッサ作戦”の数ヶ月前に司令官に内定していたライヒェナウ元帥が、ヒトラーがドイツ上層部に義務として定めている年次健康診断において心臓の異常が発見され療養の為に退役。そのため急遽、”フェードラ・フォン・ボック元帥”が司令官に決まるというアクシデントはあったが、現状これといった問題なく事前計画通りに進軍していた。

 

 いや、むしろ史実と比べても順調すぎる進軍と言えた。

 なので、今はむしろ後方の補給部隊の進捗も考えて侵攻速度を調整しなければならない状況だ。

 

 最前線にてソ連軍とぶつかるのは精鋭をかき集めたと言っていいドイツ人部隊だが、兵站線の防衛はどうしても補給路のある各友好国や同盟国の部隊に任せてしまう事になる。

 所謂、東欧の親独諸国の軍隊が弱いとは言わないが、あまりにも負担をかけすぎるのも良くないと上層部は判断していた。

 軍事費捻出のために重税を課すなど論外だ。ドイツに対する反発で、パルチザンが雨後の筍のように出てきてしまえば本末転倒である。

 国民を扇動するアカ・・はNSRやそれと協力する各国諜報機関や治安機関で何とかなるが、自然発生的な反独感情はどうにもならない。

 意外に聞こえるかもしれないが、この世界線のドイツは占領国のみならず同盟国や友好国にも割ときちんと気配りするのだ。

 基本的に、

 

『ドイツは強いが傲慢や強欲ではない』


 という評価を得るような方向性を目指しているようである。

 

「勘弁してくださいよー、中尉殿。終わらない戦争なんてただの悪夢じゃないですかー」

 

 語尾を伸ばす訛りキツい砲手”ハンス・シュターデン”軍曹の言葉に、思わずビットマンは苦笑い。

 

「でも実際に楽しいだろ? 敵の射程外アウトレンジから一方的に撃破するのは」

 

 実際この砲手、つい30分ほど前に起きた同じ中隊規模のT-34とBT-7の混成ソ連戦車部隊との遭遇戦において、見事な砲撃で立て続けに3両を屠ってみせたのだ。

 どうやらシュターデンはシュターデンでも、理屈倒れでは無いようである。むしろ、どちらかと言えば天才肌の感覚派って気がしないでもない。

 

「そりゃあぁ、北アフリカでクソ硬い日本人の戦車相手に短砲身のIV号でやり合うよりは楽しいですけどねー」


 何を隠そうビットマンとシュターデン、日本皇国軍相手の通称”北アフリカ装甲ブートキャンプ”の生還組で、この中隊長車の面々はその頃からのチームであった。

 

「でもずっと戦争は御免ですよー。俺っちは退役したら嫁さん見つけて実家のパン屋を継がなくちゃならないんでね」

 

 史実ではありえないのだが、この時のソ連戦車T-34の装甲厚は40年型で16~45㎜、41年型でも16~52㎜とこの世界線の一式よりずっと薄く、避弾経始を考慮された砲塔形状だと言ってもIV号の75㎜43口径長砲”7.5cm KwK40 L/43”相手では徹甲弾を使われると1,500m以遠でも撃破されてしまう(命中させられるのなら2,000mでも撃破される可能性があった)。

 対してT-34の主砲である41年型の”F-34 76.2㎜砲”では300m以下(100mまで接近しないと撃破できないという報告もある)でしかIV号の砲塔正面を貫通できなかった。

 これは史実のIV号と異なり、この世界線の現行型IV号の砲塔正面装甲が80㎜の厚みがあり、しかも初期型の史実のV号戦車”パンター”の砲塔によく似た避弾経始を意識した砲塔を採用しているからに他ならなかった。

 それよりも威力が低いL-11型の短砲身砲を搭載した1940年型T-34ではそもそも勝負にならなかった。

 

 これに加え、この時代のT-34はいくつもの構造的欠陥を抱えていた。

 例えば、エンジン出力は高く直線は速いが、トランスミッションや操向装置の出来が悪く、変速がやりにくくストップ&ゴーも小回りも利かなかった。

 また砲塔が被弾面積を減らすために小さく作りすぎ、おまけに傾斜してるために内部容積が小さく、砲塔には2名しか乗れなかった。

 つまり、車長/装填手/砲手の三役を2名でやるしかなく、また40/41年型は砲塔旋回ハンドルも手を交差させて使うような配置だったせいもあり、砲塔の旋回速度も砲発射速度がかなり遅かった。

 

 これでも強いとされたのは、当時のドイツ軍の戦車と比べて高い火力と高い防御力、速度で優越していたからだ。

 だが、この世界線ではその優位は完全に失われていた。

 火力と防御力ではドイツ戦車が優越し、速度は互角で運動性はずっと高い。

 しかも、ソ連の戦車兵は大粛清の悪影響で経験のある将校が少なく、練度が全体的に低かった。

 更にこの時代のソ連戦車は通信機が隊長車にしか搭載されておらず、全車に無線機が標準搭載され、咽頭式マイクまで実用化していたドイツ戦車とは部隊同士の連携力で圧倒的な開きがあった。

 

 何が言いたいのかと言えば、「史実と真逆・・・・・の状況の戦車戦」が、バルバロッサ作戦で起きていたのだ。

 

 これだけのドイツ側にとっては戦力倍加要素があれば、ソ連戦車が一方的に狩りつくされるのは無理もない話であった。

 文字通りの”見敵必殺”が、東欧州のそこらじゅうで発生しているのだから。

 

 

 

***




 だが、ドイツに有利な状況はそれだけではなかった。

 

「むっ……」


 キューポラから身を乗り出し、私物のカールツァイス社の軽量双眼鏡”デルトリンテム・リヒター 8×30”を覗いていたビットマンは、特徴的なシルエットの戦車の接近に気づいた。

 

「おい、高速徹甲弾の準備をしておけ」


 虎の子であり、1両当たりまだ5発しか配給されてないタングステンカーバイド弾芯コアを持つ高価なHVAPの装填を命じた。

 非球面レンズの向こう側に見えたのは、

 

「チッ! KV-1が出てきやがったぜ」


 最も初期の型でも砲塔正面90㎜、現行型では110㎜に厚さを増した傾斜装甲を誇る紛う事なき重戦車。

 砲力はT-34とどっこいで、機動力は劣悪だが移動トーチカと考えれば面倒な相手だった。

 正面から射貫くには、IV号の長砲身砲と高速徹甲弾の組合せでも500m以内に接近しなければ撃破できない代物だったが……

 

「なぬっ!?」


 ビットマンがこのまま停車して迎え撃つか、あるいは側面に回り込んで手堅い撃破を狙うか逡巡していた矢先、突進してこようとしていたKV-1がいきなり爆発したのだ!

 

(あの爆発、後ろからの砲撃か……?)

 

 だが、まだ自分は迂回指示は出していない。

 どうやら、次々と”後ろから撃破”される敵戦車群を見ながら、ビットマンは警戒態勢を維持したまま全車に停車、許可があるまで発砲禁止を命じた。

 とにかく、何が起きたのかを確かめなくてはならない。

 

(ん……?)


 後方から現れたのは、数両のT-34だったが……

 

(同士討ちか……?)


 一瞬、フレンドリーファイアを疑ったが、

 

「はあっ!?」


 気づいたのだ。

 横に向けたT-34の砲塔にソ連を示す”赤い星”ではなく、”青と黄色の二重線・・・・・・・・”が描かれていたのを!

 

「”ウクライナ解放軍(Befreiungsarmee der Ukraine)”だとぉっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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