第64話 オージェとレーヴェ




 この世界において、神はサイコロを振らない。

 ただ、”転生者サクセサー”という「前世の記憶の継承者・・・」が紡ぎ織りなす物語を楽しむだけだ。

 森羅万象にして万能にして悠久その物である存在にとり、自分がこうあれと思えばそれだけでそうばってしまう。

 それでは、あまりに面白味にかける。

 だから、サイコロすら振らない。

 

 サイコロを振るのは、常に下界に居る”人間の役目”なのだ。

 

 だから、は、転生者によって芽吹く”変化の可能性”を愛した。

 ただし、それは”人類愛”とやらとは全く別の物だということを追記しておく。

 

 

 

***

 

 

 

 意外と思われるかもしれないが、この世界線におけるドイツ総統、アウグスト・ヒトラーは休息や余暇、休暇を推奨している。

 また、本人も「上の者が休まねば、下の者も取りずらいだろう」と割と率先してとっているのだ。

 彼は公式コメントでこう表明している。

 

『人類の有史以来、良い仕事の天敵は疲労に他ならない。確かに平時に比べ戦時の今は、国民により高い労働負荷を強いていることは申し訳なく思っている。だが、なればこそ休みは取れる機会を見つけ、とるべきだ。休息とは、怠惰とは違う。コンディションを整える為に行う物だ。最高のパフォーマンスは常に最良のコンディションの中からしか生まれないのだからな』

 

 これが現在のドイツの国家の労働者に対する行動指針だった。

 休息と労働のメリハリをしっかりつけ、労働で蓄積した疲労を急速で解放し、労働では常に最高のパフォーマンスを目指すという。

 

 月月火水木金金では、精神力で補える限界を超えた疲労の蓄積に対処できず、逆に相対的労働力は落ちることをヒトラーは良く知っていた。

 

 

 

 という訳で、総統閣下にも休日は必要である。

 本日のヒトラーは、愛車の真っ赤な”メルセデスベンツ540K スペツァル・ロードスター”をかっ飛ばしてやってきたのは、ベルリン郊外にある国有地に指定されている森だった。

 ちなみに公務ではより大きくラグジュアリーな”770K”、通称”グロッサー・メルセデス”を移動やらパレードやらに使うが、休日に乗るのは大抵はよりモダンでスタイリッシュな540Kスペツァル・ロードスターの方だった。

 

 この世界線のヒトラーが割と新しい物好きなのは、コンタックスやライカの銀塩カメラを私物で持ち撮影を楽しむなんてエピソードも書いたと思うが、車の趣味も重厚な物よりスポーティーでモダンな物を好むようだ。

 実は540Kのロードスター以外にも、同じダイムラーベンツ社の黄色のSSK(某怪盗三代目の愛車として有名)、マイセンブルーのBMW328ロードスターを私物として保有している。

 

 そして、大体助手席にはナビゲーターと護衛を兼ねたNSR(国家保安情報部)長官レーヴェンハルト・ハイドリヒが乗ってるのがお約束だった。

 

 

 

***




 さて、公的にはヒトラーは休日に狩猟を楽しんでいる事になってるのだが……

 

”タンッ! タンッ! タンッ!”


 小気味よく3発響く9㎜パラベラム弾(9㎜×19弾)の発砲音。

 ヒトラーの手に握られているのは、史実のナチスの高官が好んでいた金メッキの拳銃では無い。

 クロームメッキ処理と美しいエングレーブ、マホガニー材のグリップがスペシャル感を出しているが、その拳銃は紛れもなく無骨な軍用拳銃、”ワルサーP38”であった。

 実用本位の質実剛健を好むヒトラーらしいチョイスだった。

 これに加えて、ブローニング社のM1910小型自動拳銃をアンクルホルスターに入れているようだ。

 ちなみにM1910は第一次世界大戦のころから護身用として愛用しており、現在の銃で三代目だったりする。

 ちなみに第一次世界大戦の発端になったオーストリア皇太子暗殺に使われたのもM1910であり、何とも歴史の皮肉を感じる。


 ところでこの独裁者、割とストロングスタイルとかタフガイ系なのだろうか?

 人体を模った標的の心臓の部分に2発、眉間の位置に1発、それぞれ見事な弾痕ができていた。

 意外に聞こえるかもしれないがこの世界線のヒトラー、大柄でもないし屈強にも見えない、どちらかと言えば”文学青年崩れ”のインドア派っぽく見えるが、実はかなり腕が立つ。

 第一次世界大戦の末期には戦車兵(砲手)として敵戦車と交戦、自らの戦車が擱座したときには白兵戦に討って出て、数名の英兵をMP-18短機関銃とM1910で返り討ちにし生還したりもしている。

 年齢を重ねた今でもスポーツカーを乗りこなし、銃の扱いも淀みがない。

 実際、暗殺者を自ら返り討ちにしたことすらあるらしい。

 

「相変わらず見事な腕前ですな? 総統閣下」

 

 今でもこうして万が一に備え、休日を利用して衰えぬようトレーニングは欠かさない。

 するとヒトラーは、空になった弾倉マガジンを交換しながら、ヒトラーは不機嫌さを隠さない表情で、

 

「”レーヴェ・・・・”、堅苦しい言い方はよせ。護衛達は我々の声が聞こえぬ位置に待機し、は今はオフだ」


「へいへい。わかったよ”オージェ・・・・”。全くわがままな独裁者サマだな」


 と途端に軽く口調に切り替えるラインハルト。

 

「ステレオタイプの独裁者とはそういうものだろ? ふむ。ようやく突撃小銃の試作品が仕上がったか……」


 スライドストップをリリースし、デコッキング・レバーを押し下げハンマーをセフティー・ポジションまで戻す。

 その動作を確認しながら、オーダーメイドのコードバン製のヒップホルスター(ストロングサイド・ドローのナチュラルレイク)にP38を納め、台の上に置いてある後に”突撃小銃(独語:シュトゥルム・ゲベール=英語:アサルトライフル)”と新しい銃器の分類とされることになる試作軍用自動小銃を手に取る。

 数発セミオートで発射し、反動や弾道特性を確かめ、セレクターをフルオートに切り替え30連マガジンの半分ほどを連射、残りを指切りバースト射撃で撃ち尽くした。

 

「なるほど。ようやく実用段階に至ったというところか。後は実戦投入して手直しバトル・プルーフしてゆくしかあるまい。確か、これの担当はシュペーア君だったか?」


「ああ」


「では、明日には了承を出しておこう。ハーネル社には量産に向けた準備を行うように告げねばならない。可能なら来年の頭には前線にある程度の数を回したいものだ」


 こうして何気に史実より2年早く突撃小銃が制式化されることが決定した。現在の開発コードは”MKb41(H)”、おそらく正式名称は”StG42”あたりになることだろう。

 

「これでようやく悲願だった歩兵小銃の自動化が、最良の形でなされる」


「アフリカに行った連中、日本人の自動小銃に随分泣かされたみたいだからな」


 日本人の制式小銃はZH-29半自動小銃のライセンス生産モデルを更に改良した”チ38式半自動歩兵銃”だ。

 フルオート射撃こそできないが、セミオートの高レート射撃と20連発マガジンに物を言わせ、火力で同じ8㎜マウザー弾を使うドイツ人部隊を火力で押しつぶしにかかってきたのだ。

 戦車で太刀打ちできないのは既にドイツ軍内では情報共有できてるが、歩兵が火力で押し切られたせいでトブルクを攻めきれなかったのも大きな問題とされていた。

 

 その反省を生かし、バルバロッサ作戦では火力不足を少しでも補うべくMP38ないしMP40短機関銃を大量投入し補おうとしているのだが……

 

「日本人、日本皇国人か……随分と興味深い戦争観のようだな」


「ああ、レーダーの父つぁんが報告してたあれか? まあ、でも……」


 ハイドリヒはニヤリと笑い、

 

「俺達とは気が合いそうじゃないか? ”相棒”」


 ヒトラーは、小さくうなずき、


「うむ。あのクルスという外交官、間違いなく”第二次世界大戦から冷戦期の米ソのヤバ・・さ”を知っている。でなければ、あの発言はありえん」


「つまり、十中八九、クルス”転生者”ってことだな。つまり、」


「”我が戦争・・・・”が終わるまで、日本に帰す理由はないな。価値があり過ぎる」


 ヒトラーの言葉にラインハルトは頷き、

 

「オージェ、お前さんの事だから気づいていると思うが……ありゃ、おそらく”前世”では軍人かあるいはそれに類するなんかだぞ? 国まではわからんが、現代軍・・・の士官教育を受けた痕跡が、発言から推測できる。どんなポジションに置いておくつもりだ?」


「せっかく総統府付特務大使って便利な役職があるのだ。我がドイツ軍のアドバイザーあるいはオブザーバーにでもなってもらおう。上層部ウチにも良い刺激になる筈だ」


「そして、こちら側の情報提供がレンタル料金か?」


 ヒトラーはかすかに笑い、

 

日本皇国むこうにとっても悪い取引ではあるまい? 英国もそうだが、日本も我々と国家を傾かせてまで戦争する気は無いだろうからな」

 









 

 

 

 




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