第63話 総統府付特務大使ってなんだよっ!?




 私、古畑……じゃなかった。来栖任三郎。

 今、OKW(国防軍最高司令部)、ドイツ版大本営の食堂にいるの。

 

(って、なんでだよっ!!?)


 いや、ホントになんでだよっ!?

 いや、解ってはいるんだ。

 外務省にドイツに売り飛ばドナドナされたってことも、吉田滋っていう葉巻臭い腐れ外交古狸が何もかも悪いんだってことくらい。

 いや、でもさ……

 

「ふむ。クルス卿……君は、”サンクトペテルブルグ”攻略をどう考えるかね?」


 と軽い感じで話しかけてきたのは、なんとドイツ海軍総司令官ユーリヒ・レーダー元帥だ。

 いや、まずなんで俺は普通に元帥(しかもドイツの)にランチに誘われているんだろうか?

 

(”レニングラード”という名を意地でも使わないあたりが、実にドイツ的というか……いや、それよりも)


「元帥閣下、お忘れかもしれませんが私は軍人ではなく一介の外交官なんですけど?」


 するとレーダーのオッサン、小憎らしい”いい歳のとり方をした人間”特有の茶目っ気のある笑みで、

 

「良いではないか。ただの息抜き、食事のスパイスのようなものだよ」


 いや、敵国の街を攻撃するのにどうこうって話は、スパイスにしちゃあ効き過ぎじゃないですかね?

 

「それにこれも君の仕事の一環ではないかね? ”総統府付特務大使・・・・・・・・”殿」


 うん。

 それが今の俺の役職であり、立ち位置だった。

 おかしいな……俺は確か、”特命全権大使”としてベルリン入りした筈だったのに、いつの間にか”ドイツ総統府付特務大使”なんて滅茶苦茶怪しい役職にジョブチェンジしていた。

 言っておくが、間違っても俺の意思じゃねぇっ!! ついでに未だ納得してねーし。

 ああ、口調が若くなってるのは勘弁してくれ?

 こっちが地だ。

 

(勝手に適当な役職増やすなと俺は声を大にして言いたいっ!!)


 いやさ、どうも日独の間で俺の知らぬ間に『高度な政治的駆け引き』があったんだとさ。

 つまり、



 

外交狸(独):『ねえねえ、そっちが送り込んだ全権大使、スーパーバイザーに欲しいからくんない? 大使館じゃなくて停戦に関する連絡官も兼ねて総統府付ってことにしておくからさー。軍事機密があちこちにあるOKWに入り浸れる権利もおまけにつけちゃおうっ!!』


外交狸(日):『来栖君が知った情報、こっちに流してもよいならいいよ~』


外交狸(独):『ある程度のスパイ活動おk。あっ、でも送付する公文書は検閲させてもらうよ? 破壊工作はNG粒子で』

 

外交狸(日)『そりゃそうだね。破壊工作すんなら別の伝手やコネ使うよ』


日独『『わっはっは』』

 

 

 

 なんて感じのやり取りがあったらしい。おかげでこちとらベルリンに残留決定じゃい!

 タヒね。いや、割とマヂに。

 ちなみにウェブスターは、サムズアップ残してさっさとロンドンに帰りましたとさ。

 何が「Good Luck.」だコンニャロー。

 

「それに老い先短い老人の茶飲み話に付き合うのは、若い者の務めでもあるな」


 あれー。これってそういうジャンルでまとめて良い話題?

 ちなみに別に生い先は短くないと思うぞ? 史実では80歳過ぎまで生きてるんだよなー。つまりあと約20年は生きる可能性がある。

 

「レニングラード……失礼。サンクトペテルブルグですか? バルト三国の攻略が終わってないのに時期尚早な気もしますが」


 とはいえ、まさか俺の語る与太話がそのまんま作戦に反映されることはアルマイト。

 

「ドイツ側は包囲戦と殲滅戦で別れてる感じで?」


「ほうほう。君にはわかるのかね?」


「そりゃまあ、都市攻略戦ならそのどちらかでしょうし。常識的に考えて」


 まあ、他にもあるけどまっとうな方法で攻城戦やろうとしたら、大体この二つでしょ。

 囲んで兵糧攻めにするか、本丸まで攻め入って陥落させるか。


「まず包囲します」


「君は、包囲戦を推すのかね?」


 ちょっと残念そうな元帥だが、話は最後まで聞いてクレメンス。

 

「この包囲は二つの意味があります。一つは常道で補給路や救援を断つためですが、もう一つは”レニングラード防衛の為に立てこもる敵を外に逃がさない”ためです」


「ん?」


「知ってますよね? ソ連って国は、有事においては政治委委員やら共産党やら赤軍やらが、”国民、みな兵”をできるんですよ。つまり、物資の徴用も市民の徴兵も思いのままだ。なんせ実際に包囲されれば戦時だ。向こうの大義名分は立つ」


 無茶苦茶な話だが、ソ連に言わせればロシア革命を起こして勝利したのはボリシェヴィキだ。

 そしてソ連の国民は、全員が労働者階層プロレタリアートだ。

 要するに、ボリシェヴィキ=プロレタリアート=ソ連国民という認識でだいたいあってる。

 これがソ連クォリティーという奴だろう。けっ!

 

「包囲されれば民生品が軍事物資として徴用され、市民が徴兵される。籠城戦ってのは古来より、外より援軍の当てがあるから成立するんですよ。だからそれまでいかに耐え忍ぶかが肝になるんです。だから、なりふり構ってられない……わかりますか? この時点で、ハーグ陸戦条約もジュネーブ条約もクリアしているんですよ」


 まあ、救援が来る可能性が0で籠城戦なんて、ジリ貧確定だしな。アカもなりふり構っていられなくなる。 

 

「戦時においてソ連は軍人と民間人の区別がなくなる。国民は全員が便衣兵であり条約で定義するところの”交戦者”です。他ならぬソ連がそう定めている」


 俺は腐っているが外交官だ。

 だから、条約やら国際法やらを無視するわけにはいかない。

 

(無視できないなら、とことん利用するしかないないじゃないか)


「ソ連やドイツが条約に批准してるしてないは問題じゃない。敵味方関わらずこの戦争に関わる”当事国に弱みを見せない”ために順序を踏むんです。間違っても無抵抗の民間人を虐殺したなんて決して言われてはならない」


 今生でも前世でも、左側の連中がよく使う手だ。歴史の捏造と歪曲と曲解は連中の得意技だからな。


「レニングラードを殲滅する・・・・のはドイツの大義名分が整ってから、徴用され徴兵されレニングラードが名実共に要塞、軍事的拠点と認知されてからで良い。ドイツは民間人が住む哀れな無防備都市を襲うのではなく、ソ連の軍港付き要塞を攻略する……そういうお膳立てこそが、後に大きな意味を持つんですよ」




「待ちたまえ……クルス卿、要するに君は『殲滅の前段階・・・・・・としての包囲』を提唱しているのかね?」


 だからそう言ってるじゃないですか。

 

「どうせやるなら徹底的にやるべきです。爆撃機で街を根こそぎ吹き飛ばし、重砲で瓦礫の山を築くんです」


 冬なんて越せないと思わせるように。吹雪を防げ暖をとれるような場所は何もかも。

 武器弾薬庫だけでなく、食糧庫や水道、発電設備などのインフラも根こそぎ。


「必要なら閣下の高海艦隊全てを港に突撃させ、全力で砲弾で殴るんですよ。更に必要なら戦車や歩兵を街に突っ込ませ、銃を持ち降伏しない全ての人間を履帯で踏み潰し、機銃掃射で細切れにするんです」


 あそこはそこまでやらないと降伏なんてしないだろう。

 それを俺の前世の歴史が証明している。

 

「殺して殺して殺しつくすんです、閣下。二度と”レーニンの城”だなんてふざけた名前を恥ずかしくて名乗れないように、惨めな敗北で心折れるまでやるんです」


 ドイツが占領し、”サンクトペテルブルグを再利用”するなら話はまた違うだろう。

 だが、俺にはその必要性を感じない。

 優先順序は「ソ連がレニングラードを使えなくする」事だ。


「そ、そこまでかね?」


「そこまでの……街一つを人の住めない廃墟にする覚悟がないなら、レニングラードは攻めちゃいけない。泥沼になるだけです。閣下は汚泥の中でもがき苦しむ自国民が見たいのですか?」


 レニングラードは、スターリングラード共々、名前その物に特別な意味がある。

 「スターリンが怖いから」という理由では、史実であそこまで粘れないだろう。

 

(レニングラードはソ連という国家の威信その物だ)


 ”建国の父”の名を付けた街はそれだけの意味を持ってしまう。

 冷戦が終結し、ソ連が消滅し、レーニンやスターリンの銅像が引き釣り倒されるのと同時に街の名前が有無を言わさず変更されたのは、そういうことだ。


「日本人とは、そこまで苛烈な者なのかね……?」


 他人は知らん。

 だが、俺自身はこう思ってる。

 

「戦争っていうのはそういう物じゃないですか?」




 

 






 

 

 

 

 

 

 

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