第62話 His Story




 さて、せっかくの”ソ連領侵攻バルバロッサ作戦”の開始だが、この先を語るうえで今のうちに少し伝えた方が良い話がある。

 

 そう、この”世界線”と”転生者”にまつわる話だ。

 

 

 

 まず、最初に断言する。

 この世界は、”とある神の娯楽・・”として作られた世界であり歴史だ。

 

 作り方は簡単。とある世界の”地球”を太陽系ごと素粒子物理学的な意味でコピーして、自分の管理する「何の変哲もない宇宙のどうということのない銀河系」にペーストしただけだ。

 目的はゲーム盤ではなく。映像作品としての”観賞用・・・”。

 実はこの違いはかなり大きい。

 

 例えば、ゲーム盤として使用するなら、この神は世界に積極的に干渉する。

 転生者を基準にするなら、まずデータとして他世界から引っ張り込む段階で干渉し、神の存在を認識させ、特典を与えたりもする。

 つまり、自立的に「神の用意した設定どおりに動く駒」として誘導する。

 こう考えたことは無いだろうか?

 ”転生チートとは、神が用意した生き方を決めるかせ”だと。

 例えば、武力チートや伝説の武器をもって転生したのに、農夫で生涯を終える転生者は何人いるだろうか?

 与えられた力なら、例え借り物であろうと仮初だろうと使ってみたくなるのが人間というものだ。

 

 そして、好みの駒を好みの世界に入れ、好みのストーリーやイベントをこなす為に時には神として啓蒙や啓示を与えてクリアさせる。

 無論、敵役も用意すべきだろう。

 ファンタジー物なら魔王軍、SF物なら宇宙人といった具合に。

 この程度のこと、神……”30次元以上の存在”なら造作もない。

 

 

 

***

 

 

 

 では、”観賞用”とは何が目的なのだろうか?

 神が望むのは、”人間たちが自由意志かってにで織りなすドラマ”だ。

 ただ、そうであるからこそ同じ内容のドラマでは飽きる。

 

 この神は、既に我々の世界は観賞観測済みだった。

 神には有も無もない。過去も未来もない。森羅万象その者だ。

 彼が興味を持ち、面白味を感じた地球に生まれた受肉型不完全知性体”ホモサピエンス”。

 

 彼らの発現から滅亡までを視聴した神は、別の可能性ストーリーを見たくなったのだった。

 ”Historyヒストリー”とは即ち”His Story”、つまり”の物語”とはよくぞ言ったものである。

 ただし、「自身の物語」ではなく、「神が見たい物語」の意味であろうが。

 

 

 だから、気軽にホモサピエンスが誕生し文明を形成する頃の太陽系ごと丸コピーして自分の管理宇宙にあるこれといった知的生命体のいない銀河系にペーストした。

 正確には、彼らの太陽系と宇宙の年齢には誤差が生じているが、それに人間が気づくことは無いだろう。

 

 ただ、神のコピーは素粒子レベルで完璧なので、このままではさしたる世界線の変動は起きないだろう。

 変動幅が小さければ、大筋に文明や国家エピソードは吸収され、似たり寄ったりの物語になる可能性が高い。

 

 だが、あまりにも手を加えすぎて別物になっても面白味にかける。

 神の凄いところは、傲慢という価値観が存在しないことだ。

 正しく森羅万象にして全知全能、この宇宙にある理の全てである神に不可能はない。

 だから「できることをやる」だけだ。

 傲慢とは、「それができない者が、できてしまう者に向ける感情」なのだから。

 だから、神はこう考える。

 

『そうだ。バランス調整をしよう』


 コピー元になった地球には、時代ごと地域ごとに勝ったホモサピエンスの集団がいた。負けたホモサピエンス集団がいた。

 それに良いも悪いもない。

 だが、結果が変わればまた別の物語が生まれるはずだ。

 だが、手を加えすぎるのも好みではない。

 

 そこで”可変要素・・・・”として入れたのが「コピー元の記憶、あるいはよく似た歴史を辿った平行世界・・・・の記憶」の”継承者サクセサー”。

 それが、”転生者サクセサー”の正体だ。

 

 選抜基準となったのは魂と呼べるものを量子化した状態の「無念の量と質」。

 同じ失敗を繰り返す者より、失敗を経験として糧となる者の方が好ましい。

 破滅願望の持ち主は基本的に却下。

 神はなるべく長く視聴を希望していた。

 

 

 だが、何者かがあまりに一方的でも面白味にかける。

 ならば、転生者でバランス調整を行おう。

 最初は少しずつ。

 試行錯誤でさじ加減を覚えて。それはそれで面白味を感じる。

 セーブやリセットなどいくらでもできるが、それを乱発してはゲーム盤と変わらなくなってしまう。

 

 そして、今は面白い”配合”が出来たと満足している。

 

 

 

***




 さて、そろそろ本題に入ろう。

 ドイツ軍や日本皇国の装備が史実より進歩し、より堅実になっている理由。

 そして、ソヴィエトやおそらくアメリカが、少なくても1941年時点で史実と大差ない理由。

 皆さんは気にならないだろうか?

 

 ドイツの中央集団が用いていたIV号戦車がG型準拠で部分部分が強化されている理由。対してソ連が投入したT-34やKV-1が1939~新しくても史実の1941年6月現在にしか存在しないモデルだった理由。

 

 

 

 これは即ち、単純に”転生者の質と量、そして配置”に起因する。

 

 まず、”勝ち過ぎた”側から……

 現状の転生者密度は1000万人に1人以下。

 アメリカ合衆国の転生者は、ほぼ全員が「公民権運動以後に生まれ、黒人大統領を知る非白人」だ。

 ソヴィエト連邦の転生者は、全員が「スターリニズムも共産主義も否定された後、ペレストロイカ以降に生まれたロシア人」だ。

 彼らが”現在の祖国”でどういう立場にいるか想像してほしい。

 アメリカは、KKKが凋落したとはいえまだ「人種隔離」が平然と合法とされていた時代だ。

 ソヴィエトでは、「民主化=非革命的行為」の時代だ。

 転生者たちの運命は決して明るい物ではない。

 ここで、某幼女が主役の戦記物のセリフをもじるなら、

 

”共産主義者は、転生者などという怪しげな物を信用することは無い”


 だ。

 

 

 

***




 対して日独はどうか?

 転生者密度は、1941年現在でおおよそ”100万人に1人”以上。

 つまり、どんなに少なく見積もっても100人以上の転生者が居る計算になる。

 

 英国は?

 戦勝国ではあっても、結果としては……50年代以降の衰退を考えると、「日独ほどの密度ではないが、米ソほど低くはない」という調整が行なわれていた。

 要するに史実と(良くも悪くも)異なるか同じかの差は、転生者の利点を生かせたかそうでないかという部分に帰結する。

 無論、神にとっては「どちらでもよい」。

 生かせたらそういうドラマが起こるし、生かせないならそういうドラマが起きるだけだ。

 悲劇や喜劇などは、所詮は当事者の……人間の価値観に過ぎないのだから。

 

 

 

 このような結果なら、別に米ソに転生者は不要とも言えなくもないが……だが、彼らは全滅した訳でもなければ、上手く時代の荒波の中で血筋を残した者もいる。

 その子孫たちが不確定要素となる場合もあるだろう。

 例えそれがどれほど小さな可能性でも、希望チャンスは残るべきなのだ。

  

 そして、転生者という存在を生み出す時も、「前世の記憶を持って生まれた」後も、神は会うことも無ければ存在を示さない。

 彼ら彼女らが「自分の信じる神に感謝を捧げようが、祈ろうが、呪おうが」勝手だが、自分には関係ない。

 結局、祝福も恩恵も恩寵も啓示も神託も、あるいは神罰すら与えないのだから。

 神は干渉せず、ただ転生者とそうでない大多数のホモサピエンスが紡ぎ織りなす物語ドラマを眺めるだけだ。

 

 ”GOD'S IN HIS HEAVEN.ALL'S RIGHT WITH THE WORLD”

 

 とは実にいい得て妙だ。

 神は人の手が届かぬ天上におり、眺める下界は”何があろうと”彼にとっては問題などあるはずないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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