第60話 輪廻転生と負の感情




「なるほど。Herr.クルス、君から提案は実に魅力的なのだが……一つ確認したいことがある」


「なんでしょうか?」


 ドイツ外相ノイラートは、少し困惑したように続ける。

 

「なぜ、我々ドイツにそこまで肩入れを? 同盟国でも友好国でもなく、むしろ建前上は現状、敵対国なのだが?」


「残念ながらたいして面白い理由はないですよ? 何度か申し上げてる通り敵国同士が潰し合ってくれる。我が盟友、英国には悪いですが、我々にとりソ連は”より敵国・・・・”なのです。比喩でもなんでもなく、ソ連なんて国は地上から永遠に消えて欲しいんですよ」


「ほう。そのこころは?」


 来栖の熱量に興味をそそられたようなノイラートに、

 

「共産主義者に社会主義者……総じて”アカ・・”は我々にとって、決して和解することのない不俱戴天の敵なのですよ」


(これは、未来を……戦後日本を知る転生者としての矜持であり、譲れない一線だ)


 彼らによってどれほど国が内部から食い荒らされたか、国辱を味わされたか、歪曲された歴史を強要されたか……

 多かれ少なかれ、「推定:転生者」にはそのような無念や口惜しさがあるのだと来栖は思っていた。

 

(おそらく、”敗戦国の惨めさ”こそが転生の原動力なんじゃないかな……)


 来栖がおそらくは転生者だと思っている者は、そんな鬱屈とした憤怒のような感情を抱えているように思う。

 少なくとも、”前世の敗戦国日本”を肯定した者は転生してないと思う。

 

(きっと俺達は、成仏できなかった魂のなれの果てだ……)


 輪廻転生とは本来なら忘却を伴うものだ。

 だが、自分がそうであるあるように転生した自覚のある者は、少なからず前世の記憶を……後悔などの負の感情とともに引き継いでいるように思えてならない。


「我々皇国人にとって、天皇陛下を国主として崇め奉る我々にとって、どうして皇帝殺しの赤色勢力と手を結べるというのでしょう?」


(俺達が成仏できない魂だとしたら、現世は地獄……いや”修羅道”なのかもしれないな)


 だが、それがどうしたというのだ。

 

(やることは前世と大差ないし、闘争が絶えないのも前世と同じ。環境なんて大して変りもないじゃないか)


 ”生きるも地獄、死ぬも地獄”とは誰の言葉だったか?

 

(生きるも死ぬも地獄なら、楽しんだモン勝ちだっつーの)




「どうやら方向性は違うようだが、我々ドイツと日本はアカに対する憎悪は似たり寄ったりのようだな?」


 ちょっと面白くなさそうなウェブスター英大使はさておき、

 

(なんせ、前世は第二次世界大戦の同盟国だったしな。だからといって今生で安易に手を取り合える相手ではないが)


「誤解のないように改めて言っておきたいのですが、現状において日本はドイツと和睦する気も和平を結ぶ気もない。むしろ、そういう話は英独でやってほしいというのが本音です。我々は必要であれば、いつでも銃口を向け合う関係なのですから」


(ただし米ソ、テメーらはダメだ)


「しかし、ソ連は英国とは関係なく敵国です。歴史的にも、文化的にも、思想的にも決して相容れることはない。それだけの話です」


「なるほど。理解はした。ソ連の衰退は、日本の利益にもなる。だからこそ協力すると……総統閣下にもそう伝えよう」


「感謝を」


「なに、それはこちらもだ。ウェブスター卿もそれでよろしいか?」


 ウェブスターは憮然とした様子で、


「詳細はこの後詰めるとして……停戦は大筋においてよろしいかと。ただし、仏艦隊の黒海投入は日本皇国に一任。多少のバックアップはしますが、基本的に英国はその件に関しては関知しません」


 とはいえ、口でそう言っておきながら、裏でコソコソ暗躍するのが英国というものだ。

 そのあたりのことは、来栖も日本も心配はしていない。

 英国は自国の利益のためには容赦も加減も手抜きもない国なのだ。

 

「では、停戦という合意に至ったところで詳細を詰めておきましょう。ドイツが東や北へ・・向かうなら、その間の我々日英の行動指針も決めないといけませんでしょうし」


「それに関しては同意ですな」


 来栖の言葉にウェブスターは頷く。

 

「イタリアを攻めるのだろう? あれでも我が国ドイツの同盟国だ。大義名分は立つ」


「そうなりますね。先ずはリビア……北アフリカの平定でしょうか?」


「そうなるでしょうね。メルセルケビールの艦隊が無くなる以上、北アフリカの安定化は必須なので」


 もっとも来栖もウェブスターも今ここで考え結論を出したわけでは無い。

 ノイラートを観客とした寸劇のようなものだ。

 この程度の腹芸ができなくば、外交官なんてできたもんじゃない。

 

「では、ドイツの方針もある程度は話しておこう。ある程度、予想はついているようだが本国への土産話は必要だろう?」



 





 

********************************










 こうして、日英とドイツの停戦は秘密裏に締結された。

 無論、来栖が念押ししていたようにこれは和平や和睦に繋がる訳ではなく、むしろそのような交渉が行われる気配すらない。

 

 ”そういう時期”ではないことは、両者ともわきまえていたのだ。

 

 理由はそれだけではない。

 そのような交渉を行わないことは、米ソ・・にこちらの意図を感づかせない為でもあった。

 停戦合意は、直ちに発表されるわけでは無い。

 

 少なくとも、発表は”バルバロッサ作戦”発動と同時かその後となるだろう。

 まあ、それはともかくとして……

 

 

 

「どうしてこうなったぁーーーーーーっ!?」


 ”1941年6月22日”、ベルリン、快晴。

 今日も来栖任三郎は元気であった。














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