第59話 ヴァリャーグ=遼寧方式




「オランダとフランスの現政府・・・と亡命政府に関する共通見解コンセンサスができたのは幸いですが……」


 日本皇国全権大使来栖任三郎はそう切り出しながら、

 

「結果から先に言えば、メルセルケビールの仏艦隊を、トルコの了承を得てダーダネルス海峡とボスポラス海峡を通し、黒海に入れること自体は可能です」


「ほう……本当かね?」


 少し半信半疑な様子のドイツ外相だったが来栖ははっきりと頷き、

 

「ただし、これには相応の手間暇と、何より資金がかかります。それでよろしいか?」


「構わん。言いたまえ」


「それでは……まず、メルセルケビール艦隊をスクラップにします」


「なぬっ!?」


 


「ご安心ください。本当に浮かぶことも進むこともできない屑鉄の塊にするのではなく、”そう見えるように加工する”だけです。ただし、最低でも書類上はかならず『自立航行できるのがやっとの、廃船一歩手前で資源の再利用くらいしかできない船』にしておいてください。また、実際の船でもハリボテを山済みするような偽装でも構わないので、一目で”即時戦闘不可能”と判断できる状態にするのが肝要です」


 来栖は少し考えてから

 

「まず最初はは”フランス政府が経済的理由で艦隊維持が不可能になり、売却する”というのはどうでしょうか? そして、それを我が国日本皇国の商社がスクラップとして購入する」


(つまり、前世でウクライナが空母のヴァリャーグを中国に売り渡し、”遼寧”として就役した方式パターンと同じだ)


 意外と知られていないが中華空母の”遼寧”は、元々は中国が建造した物ではなくウクライナがソ連時代から保有していた未完成の空母”ヴァリャーグ”をスクラップとして売却した物を改装した空母だった。

 無論、ウクライナはヴァリャーグが修理すれば空母として再使用できることを承知の上で中国に売却していた。

 その為、この時のトルコ政府はモントルー条約を盾に軍艦の通行に関して難色を示したが、結局は日和って海峡の通行を認めた。

 

 来栖はその出来事を決して忘れてなかった。

 当然である。彼は前世で中国の軍拡に苦労させられたクチ・・だし、仕事柄日本人の多くが知ろうとはしてなかった「ゼレンスキー大統領以前の、歴代ロシアの紐付き大統領が治めていた時代のウクライナ」もよく覚えていたのだ。

 事実を述べるが、ウクライナは欧州有数の反日国家だった時代もあるのだ。

 

「トルコには、事前に根回ししておけば『日本の商社が買い付けたスクラップとして通す分には』問題ないでしょう。ああ、ついでに中立国・・・のフランスから色々買い付けた日本の商船も同行させましょう」


(これぞ、”護送船団方式”だな)


 と来栖は内心で苦笑しながら、

 

「これなら、”危険度が高い海域故に護衛戦隊を付ける”という大義名分が立ちます。黒海へ向かうのがスクラップ船・・・・・・と非武装の商船である以上、自衛戦闘はできませんからね。そして、モントルー条約で通航制限がある軍艦を入れなければ良い」


 蛇足ながらモントルー条約における軍艦の制限を列記しておくと、

 ・非黒海沿岸国の排水量15,000トンを超える大きさの軍艦の通行が禁止

 ・黒海沿岸国に関しては、排水量が10,000トンを超えているか、8インチ(20.3cm)以上の口径の艦砲を搭載する軍艦を主力艦と定義し、随伴艦は2隻までに限られるが排水量15,000トンを超える主力艦の通航を認める。

 というものだ。

 

「つまり、皇国の重巡洋艦までなら問題なく通過できるという訳です。仮に黒海西岸を進む船団・・に無作法に手を出して来るのは国籍不明ソヴィエトの潜水艦くらいでしょうから、十分でしょう」


 日本皇国の巡洋艦や駆逐艦は、史実と異なり「船団護衛を重視し、対水上艦戦闘より対潜戦闘に重きを置く船」が多いことを追記しておく。


(まあ、軍艦をスクラップとして通す以上、多少はトルコに鼻薬をかがせる必要があるだろうけどね)


 おそらくそれは時節柄、軍事面……武器(皇国製兵器)の供与と教導部隊の派遣あたりに落ち着くのではないかと来栖は踏んでいた。

 トルコは現状で中立を表明しているため、国防への意識が高まっている。

 そもそも、モントルー条約が制定されたのも30年代に各国の動きがきな臭くなってきたからだ。

 一見するとトルコだけに利益があるように見えるモントルー条約だが、実は各国の思惑が深く重く絡み合ってる条約でもある。

 

「加えて、最終的な買い手エンドユーザーと資金源はドイツになるにしても、とりあえずの買い手は行き先のコンスタンツァがあるルーマニアとしとくべきでしょう。海軍力の乏しいルーマニアなら”参考と資材調達の為フランスのスクラップ船を買う”という大義名分が成り立つ」


 別に来栖は独断で喋っているわけでは無い。

 実はこのパターンは、吉田滋を中心とする日英外交担当者がロンドンで結成された「対独停戦タスクチーム」が想定していたシナリオの一つだった。

 だからこそ、本来ならより上層でしか決済できないような案件を提示できるのだった。




***




「無論、これらのオペレーションを行うには日英とドイツの停戦合意が大前提。付け加えると加えて、艦隊を整備する人材や実際に運用する人材についても、アイデアがあります」


「聞こうではないか」


「現在のメルセルケビールにいるスタッフに一時的に退役してもらい、フランス外人部隊ならぬ、”フランス海軍軍人を外人部隊として雇う”というのはいかがでしょうか?」


「なに……?」


「今のドイツ海軍に人的余力は無いでしょうから、ある所から持ってくるしかない……そうではないですか?」


 するとノイラートはおかしそうに笑い出し、

 

「なるほど。確かに妙案だな。少なくとも船だけ黒海に入れて自分達で使おうとしたドイツ人には思いつかぬ発想だ」


「できるならばドイツ軍が直接的雇うのではなく、ドイツ海軍にペーパーカンパニーでも構わないので外郭団体の軍事企業を設立し、ワンクッションおいた方がフランス人としても精神的抵抗感が少ないでしょうな」




 どうやら来栖の頭脳と舌は絶好調のようである。

 しかし、それがどういう結果をもたらすのか……それは、来栖自身がわかってなかった。

 















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