第58話 亡命政府の取扱と認識についての共通見解の構築
「
割ととんでもないことを言いだすノイラートに、来栖任三郎は内心でちょっと……いや、かなりドン引きしながら、
「
「
(絶対、占領国の国土解放、いや再独立とドイツ主催の大型国際経済圏への優先参加権とかをエサにして引き出したろ?)
「いえ、貴国の占領下にある国々ではなく、例えばそう。亡命政権とか……」
するとノイラートは不思議で仕方ないという顔をしながら、
「何故、我々が国民の大多数を見捨てて逃亡し、国家運営の責務も国家主権も放棄した者どもに気を遣わねばならんのかね?」
またしても正論であった。そして、それを言い切れるだけの根拠や自信があったのだ。
「例えば、だ。今は英国の、いやブリティッシュ・ノース・アメリカのケベック州に逃げ込んでいるド・ゴールなる一介の軍人が今のフランスに戻ってきたところで、
ノイラートは、『もっとも我々はフランス人を虐げるような
***
実は史実と大幅に違うのが、この占領地政策だった。
フランス人が不当な弾圧と感じれば、自然発生的に
つまり、ヒトラーが嫌う無駄が派生する。
しかしながら、もしフランス国民が「感覚的に敗戦前と大差ない生活」を送れると感じたらどうなるだろうか?
言い方を変えれば、「明日の食事を心配しないで済む生活をドイツが保障したら」だ。
つまり、「敗戦はそれとして」と思える生活だ。
その途端、政治的信条的にドイツとは相容れない”少数派”の市民はさておき、どの国でも市民の”多数派”はより安定的な生活を求める。
そして、その担保となっているドイツを攻撃するというのは、「その平穏な生活を破壊する行為」になってしまうのだ。
つまり、やることは同じなのに占領への抵抗運動から”
しかもである。
ここで抜群の才覚を見せたのがゲッペルス宣伝相だ。
事実、この世界線でもパルチザンやレジスタンスによる破壊活動は少なからず起きた。
だが、ゲッペルスは「ドイツ人の犠牲者」ではなく、「
上手いのは、彼の繰り出す報道に”誇張はあっても噓はない”事だった。
そして、こう訴えるのだ。
『彼らは、自由フランスを僭称する諸君らを見捨ててフランスより逃げ出した亡命政権、その首魁であるド・ゴールやド・ゴールと徒党を組む社会主義者や共産主義者の指示で動き、同じフランス人を無法なテロ行為で傷つけている』
※これは暗に「ド・ゴールが共産主義者」と断言する、多重ネガティブキャンペーンだった。
『フランスの治安は、フランス人の手で取り戻さねばならないのだ。だからこそ、
『それは、諸君らの選んだ国主、ペタン首相の国民を守りたいという強い意志と不断の努力の賜物である』
と。
ドイツ人は、前にも書いたがフランス人に「目に見える形で」戦時賠償を求めたりしない。ただ、戦後復興資金を貸し付け、フランスには利子を含めて返済義務があるだけだ。
それも法外な利率ではなく、フランスの新聞に掲載されているように、「多国間貸付では標準的な利率」なのだ。
加えて現在ドイツ軍はフランス北部を占領下に治め、フランスの臨時首都はヴィシーにある(ヴィシー・フランス)が、パリをはじめとする占領下にある部分でさえ、「傲慢な占領軍」として振舞うことを固く禁じられている。
むしろ、「進駐軍としての振舞う」ことを要求され、それをできる人間が厳選されているのだ。
更にダメ押しとして、逃亡に失敗しドイツ軍に捉えられたダラディエ前々首相やレノー前首相の「錯乱しているとしか思えない発言」が肉声として録音され、連日ラジオの公共放送や新聞で晒されていた。
「それにほどなく、パリを含む現在占領下にあるフランス北部もフランスに返還される。それは全てペタン首相の功績となる筈だ。それに比べれば、”現状では負債にしかなっていない”インドシナが手からこぼれ落ちるなど、どれほどの事だと言うのだね?」
(うわぁ、絶対ドイツ、”インドシナ半島は無価値、むしろ現状ではマイナス”って方向でフランスを情報誘導してるなー。いや、独立問題とか考えたら不採算事業の切り捨てってのも間違いじゃないけどさ)
そして少し考え、
(オランダは主権回復と、再独立……そういえば、デ・ギア首相の解任を契機に、オランダ本土で大規模な女王糾弾キャンペーンやってたっけ。こりゃ、オランダ王室もどうなるかわからんぞ……”オランダ
「中々、難しいことをおっしゃる。フランスはともかく、オランダは王族な上にまだロンドンにいるのですが?」
ウェブスターの物言いに、ノイラートは表情を変えず、
「王女をブリティッシュ・ノース・アメリカに送ったそうじゃないか? 女王もそうしたまえ。デ・ギア首相は帰国予定なのだろう?」
無論、これらの情報は一般には明かされていないが……
「ええ。停戦合意成立と同時にその予定です」
女王に解任された親独のレッテルが貼られたオランダ首相をいつまでも英国に置いておく意味はなく、ましてや
引き取り手が居るのなら、おまけに外交カードに使えるのならまだまだ利用価値はあるというものだ。
「民から支持を失った王族ほど悲惨なものはないよ?
「つまり、ノイラート閣下はデ・ギア首相のオランダ本国復帰と主権回復をエサに東インドを切り取ると?」
「何か問題あるかね?」
ウェブスターは降りかかるであろう苦難と利益を天秤にかけ、
「無いとは言いませんが、まあ看過できる範疇ではありますか」
結果として「本国の支持を失った亡命政府などどうとでもなる」という結論に至った。
良くも悪くも、彼はどこまでも英国人なのである。
戦争は政治の一形態に過ぎず、また外交は実弾が飛ばない戦争である。
そのことを表す一幕であった。
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