第56話 鍔迫り合い(ただし刀剣類は物理的に持っていない事とする)
「まず、トゥーロンにあるフランス主力艦隊は動かせん。彼らにも国民を守る義務と国防の責務があり、我々もフランス国防軍の再建には賛成であり、協力もしている」
とドイツ外相ノイラートは、現状を切り出した。
これは事実であり、ドイツはフランスを「おんぶにだっこ」とする気は無い。
ぶっちゃけてしまえば、「親独国家として一日も早く国家再建」を望んでいるのだ。
そのために何よりも先に重工業地帯の復興や再軍備に手を貸し、貿易再開の目途を立たせ、あまつさえ首都のパリまで返還準備までしているのだ。
「だが、現状のフランスは往時の大艦隊を維持する国力は無い。無論、広大な植民地だ」
まあ、その余力を奪ったのは他でもないドイツなのだが、それはここで言っても無意味だ。
いずれにせよ、今はフランス本土の戦後復興に金をつぎ込むべきで、植民地に垂れ流すのは頭の良い金の使い方ではないだろう。
「正直に言えば、我々ドイツは地中海の制海権を必要としていない。無論、北アフリカの権益もだ。なのでメルセルケビールに艦隊を置いておく必要はないのだよ」
「しかし、それでは仏領西アフリカやウバンギ・シャリ、赤道アフリカが空白化しませんか?」
(一応は)敵国のことながら、思わず心配してそうな顔をするウェブスター特命全権大使。
否。彼が心配しているのは自国のことだ。広大過ぎる植民地の処遇について頭を抱えるのは、何もフランスだけではない。
「そもそもそれらを維持するだけの力を今のフランスは持っていない。いや、元々持っていなかったと言うべきか?」
すると小さくうなずいたのは来栖で、
「まあ、道理ですな。そもそも植民地というのは、安い労働力と豊富な資源という意味では魅力的ですが、統治コストがかかり過ぎる。これで待遇改善を求めて植民地人が叛乱なり独立運動なりを起こし始めたら、一気に治安維持のためのコストが跳ね上がり、とてもじゃないが採算が取れる物ではなくなる。元々、植民地経営はハイリスクな物なんですよ。それをするくらいなら……」
来栖はウェブスターを見やり、
「
英国は史実と同じく1931年のウェストミンスター憲章で連邦(Commonwealth of Nations)の設立を宣言し、ドイツがポーランドに攻め込む4ヶ月前の1939年5月18日、史実より約10年前倒しのロンドン宣言で正式に発足した。
現在、数字的には英国は56ヵ国で構成された連邦ということになっている。
「その通りだ。
何とも皮肉なものだが、この考え方は史実のソ連と衛星国の関係を連想させ、同時に”マーシャルプラン”的な色合いも兼ね備えていた。
実際、ドイツが……いや、アウグスト・ヒトラーが考えていた”
ドイツという盟主の元で巨大経済圏と相互防衛機構を構築しようとしていたのだ。冷戦時代のECとNATOを想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
その根幹となる思想は、おそらく”
まあ、目指すのは”パクス・アメリカーナ”ならぬ”パクス・ドイッチェラント”だろうが。
ただし、この世界線では史実ほどメジャーではないが、ドイツの別名”第三帝国(Drittes Reich)”が示すところの”第一帝國(最初の帝國、始まりの帝國)”が神聖ローマ帝国であり、その規範が”パクス・ロマーナ”なのだからあながち間違いとまでは言い切れないだろう。
日本人には理解しがたい感覚だが、欧州人へのローマへの憧憬と回帰願望は、かくも根強い物なのだ。
もっともヒトラー当人にしてみれば、ローマやら神聖ローマやらへの郷愁やら哀愁じみた感情より、どちらかと言えば政治利用できるかどうかの方が興味深いのかもしれないのが如何ともしがたい。
「確認しますが、ドイツはアフリカやら”
ウェブスターが切り込めば、
「手を伸ばしても届かぬ宝を望むのは、愚か者の所業だと思うのだが?」
ノイラートはそう切り返す。
この言葉に噓はない。
ドイツが欲しいのは領土とその上の領空であり、領海というのは戦時には海から陸地に上陸しようと押し寄せてくる敵を抑え込み、平時には国際交易海路にアクセスできればそれでよいと考えていた。
”バルバロッサ作戦”ではサンクトペテルブルグもターゲットに入っていたが、それはどちらかと言えばソ連の西側の海の玄関口を閉めるという意味合いが強かった。
「てっきり、
「お得意の”日の沈まぬ帝国”かね? 生憎と我らが総統閣下は世界なんて面倒なものを支配したいとも征服したいとも思ってはおらぬよ。ただただ、ドイツ人が
「欲のないことで」
信頼を欠片もしてないそぶりでウェブスターは返すが、ノイラートは気にした様子もない。
そして、来栖はと言えば……
「ところでノイラート閣下、メルセルケビールの仏艦隊を退去させるとしても何処に? やはり、トゥーロン、あるいはブレストかシェルブールに?」
有名なフランスの軍港を上げる来栖にノイラートは首を横に振り、
「可能ならば、”
「はぁっ!? コンスタンツァってルーマニアのですか? 黒海に面した?」
と驚いた
(ヲイヲイ、マヂかよ……吉田先輩の読み、ドンピシャじゃん!)
いや、どうやらフリではなく違う意味で驚いていたようだ。
「他にコンスタンツァがあるのかね?」
如何にもチュートン人らしい言い回しに来栖は内心で呆れながら、
「ありませんけどね。ですが、どうやって黒海に持ち込むので? トルコは今大戦で中立を宣言していますし、モントルー条約を無視するのですか?」
確かに地中海(正確にはエーゲ海)と黒海は繋がっているのだが、非常に狭い海峡それもマルマラ海というトルコの内海を挟んで二つも通り抜けなければならないのだ。
一つはエーゲ海とマルマラ海を繋ぐ”ダーダネルス海峡”。
もう一つはマルマラ海と黒海を繋ぐ”ボスポラス海峡”だ。
どっちも狭く浅い海の難所なのだが、問題となるのは物理的な運航の難しさだけでなく”モントルー条約”という海峡の通航制限を定めた条約だった。
実を言えば、この世界線におけるモントルー条約は我々の世界と多少異なり、詳細は省くが幾分規制が緩い物になっている。
とはいえ、海峡の持ち主であるトルコだけではなく複数の国の思惑が絡み合い、特に軍艦の通航制限はそれなりにあった。
「普通の方法」では戦艦4隻を抱えるメルセルケビール艦隊なんて通せるわけはないのだが……
「
ちらりと来栖を見るノイラートに、
「……まさか、日本に何とかしろと?」
視線がそれを肯定していた。
(確かにトルコは親日国家だけどさぁ……)
かと言ってあそこは商人の国だ。
「……まず、お聞きしますが
とりあえず、話ぐらいは聞いてみることにした。
あまりにもバカげたことを言いだすようなら、この場で突っ返す所存ではあるが。
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