第55話 外交交渉(停戦交渉)のはじまりはじまり~




(ふむ……英国から来た外交官ウェブスターは、どうやらただ優秀なだけというようだな。秀才かもしれんが、それ以上でもそれ以下でもない。良くも悪くも英国人の範疇ではある)


 しかし、ドイツ外相ノイラートは来栖をわずかに見やり、

 

(だが、日本人クルスの方は面白い。単純な秀才ではないな……)


 少し思考を巡らせ、

 

(どういう訳か、どこがとは言えないが総統閣下やハイドリヒ卿と似た空気を感じる……)




(うわぁ……ノイラートのオッサン、こっち品定めしてる目で見てるよ……)


 内心、げんなりする来栖であった。

 ちなみに秀才ではなく転生者なだけなのだが。

 

(というか、ノイラートがピンピンしながら現役続けてるってことは、ヒットラーおじさんの中身は、やはり俺の知ってる独裁者とは別物ってことか)


 とこっちはこっちで転生者らしい思考を始める来栖であるが、

 

(リッベントロップあたりの方がよっぽど楽だったんだが、そうも言ってられんか)


 何しろ史実のこの時期の外相は、

 

(その持ち前の傲慢さと高慢さで行った先の国との外交関係を悪化させる事で評判だったからな。ヘイトを稼ぐタレントでもあったんじゃないかってぐらいドイツの評判を落とすデバフ持ちで、加えて本人がそれに気づかず、関係悪化した相手国を逆恨みするという)


 正直、そんなのが出てきたら「この話はなかったことに」って塩対応もできるが、基本的に歓待の空気を隠そうともしない穏健派のノイラートにそれをやるのは愚策だということも分かっていた。

 

(はてさて、どう話を持っていくのが正解なんだが……)


 優秀な先輩や同僚のおかげで、手札(外交カード)は十分にある。

 難しいのは切りどころだ。


(褌締めなおせよ来栖任三郎。外交ってのは鉄砲玉が飛ばないだけで戦争には変わりはない。しかもここは敵地アウェイのど真ん中だ。転生者の本領発揮といこうじゃないか!)


 ……それ、アカン奴だ。




***




「先ずはこちらドイツから告げさせてもらおう。知っていると思うが、ドイツは既にシチリアとギリシアから撤兵させている。北アフリカからもロンメル将軍の部隊を引き上げさせているし、交代要員として入れた部隊も停戦合意がなれば、直ぐに撤兵させよう」


「……まるで、英日の生贄にイタリアを差し出すというようにも聞こえますが?」


 ノイラートの先制パンチに諧謔を混ぜたカウンターを合わせたのは英国外交官のウェブスターだ。


(いや、どちらかと言えばサンドバッグだろうな。英国の拳の振り降ろし先になる)


 来栖は内心そう思ったが、無論口には出さない。

 

「どうとらえようと結構だが、我々がイタリア人が主役となる”オペラの演目せんじょう”から身を引くのは間違いない。脇役で居るのもそろそろ飽きが出てきたのでね」


「ドーバー海峡の上では主役のようでしたが?」


 隙なくバトル・オブ・ブリテンを引き合いに出すウェブスターに、

 

「ふむ。力試しは個人であれ国であれ、自分の実力を推しはかるのに必要だと思うが?」


「我々英国としてはいい迷惑だったのは、ご理解いただけるでしょうか?」


 ノイラートはちらりと視線を来栖に向けると涼しい顔で、

 

「そちらとてメリットがなかったわけではあるまい? おかげで日英同盟の発動……本格的な日本皇国の欧州・中東方面への参戦コミットを促せたのだから」




「それを日本人である私の前で言いますか?」


(ここで俺に話を振るのは性格悪いぞコノヤロー)


「貴殿の前だから言うのだよ、Herr.クルス。ここで真意を隠しても不信感を煽るだけだ。君とて我々ドイツを全面的に信用しているわけではあるまい?」


「それはそうですよ。特に国際関係の場合は土台となる文化風習も違えばそれに育てられた価値観も違う。信頼というのはある程度の相互理解が必要な以上、日独で早急に成すのは不可能ですよ、閣下」


 そして、来栖はちょっとだけ意趣返しカウンターを入れることを決めた。

 ジャブとはいえ、殴られっぱなしなのは癪に障る。

 

「例えば、ここに立っていたのがノイラート閣下Von Neurathではなく、リッベントロップ外交官あたりであったら、日英我々はドイツに停戦の意思なしと判断したでしょうね」


 それは冗談では収まらない外交的音圧を持ってノイラートの耳に届き、


「……彼の無作法は、貴国日本にまで届いているのかね?」


 リッベントロップの行動に非常に思い当たるフシ・・があるのか露骨に顔をしかめるノイラートに来栖はにっこり微笑み、

 

「そりゃあもう。訪れた国の対ドイツ感情を悪化させる天才だと」


 うんうんと頷くウェブスターがやけに印象的だった。

 

 

 

***

 

 

 

(あの男、早めに切らねばならんか……)


 リッベントロップの他国へのコネは惜しいが、かといってドイツの立場を考えるとそう思ってしまうノイラート。

 幸い、リッベントロップはまだ立場が低い。やりようはいくらでもあった。

 

「まあ、我がドイツの人材についてはおいておこう。本題である停戦に向けての詰めの話し合いをしようではないかね?」


 ウェブスターと来栖は同時に頷き、

 

「では、僭越ながら私から……ドイツは、その存在の不安定さや所属の曖昧さで地中海における安全保障で大いに懸念材料となっている”メルス・エル・ケビールに停泊するヴィシー・・・・・フランス艦隊”に関してどのようにお考えでしょうか?」


 そう”メルセルケビール”を正しい発音で切り出したのはウェブスターだ。

 実は彼の発言には、これまでの英国ではありえなかった重大情報が含まれていた。

 

 そう、英国は公式な外交の場において、メルセルケビールに停泊するフランス艦隊・・・・・・を、「フランスに残るヴィシー政権に指揮権がある」と発言したのだ。

 つまる、あれらはカナダ(ブリティッシュ・ノース・アメリカ)のケベック州に押し込んだ、ド・ゴール率いる”自由フランス”なる組織(?)の物ではないと。

 そして、この発言の意図に気づかぬノイラートではない。

 だから、彼はこう切り返すのだ。

 

「我々には、メルセルケビールのヴィシー・フランス艦隊を”地中海より退去”させる用意がある」


 と……

 

 

 

 

 

 

 





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