第4章:外交の季節、到来!!

第54話 日英からのゲスト




 さて、件の「ヒトラーの私的報告会」より数日後……

 

 

 

「思えば遠くへ来たものだな……」


 ベルリンの目抜き通りにある首相官邸、それもよりによってここはフリードリヒ・ロココ様式の華やかでいかにも高そうな美術品や家具がセンス良く飾られた貴賓室である。

 ちょっと説明すると、総統官邸の外観は20世紀に入ってからドイツの特に公共的な建物で流行りの重厚な”新古典様式”であるが、内装……ヒトラーの私室や執務室などの普段使う部屋や私的な空間、あるいは貴賓室などゲストが使うスペースは、無憂サンスーシ宮もかくやの華やかなドイツ式ポストゴシックフリードリヒ・ロココで彩られている。

 おそらくはアウグスト・ヒトラーの趣味だろう。

 

 ちなみにこの世界線には”退廃芸術”なる物は存在しない。

 確かにそれを目論でた(ヒトラーに言わせれば)愚か者もいたが、ヒトラーの

 

『芸術とは本来、猥雑で猥褻で俗物的で退廃的なものだ。結局は娯楽であり道楽なのだからな。そこに高尚も下賤もあるまい?』


 鶴の一声でぺしゃんこにされてしまった。

 実を言えばこのアウグスト・ヒトラー、アドルフと違って芸術面にさほど興味や拘りがあるわけでは無い。

 趣味で絵ぐらいは描くが、今となってはどちらかと言えば銀塩カメラ、愛用のコンタックスⅡ/ⅢやライカⅡ/Ⅲで写真を撮る方にはまっているようだ。

 この世界のヒトラー、結構当たりしい物好きである。

 少なくとも、直接的に反政府活動に結びつくような煽動的な代物でもない限り、ヒトラーは芸術分野にうるさく口出しをするつもりは無い様だ。

 むしろ、どういう意図かは分からないが、彼は占領地での文化財や美術品の収奪や破壊を厳しく禁じていた。

 

 

 

 ともかく、そんな某未来の鑑定番組に出店したら調度品一つでいくらかになるかわからない部屋に英国全権大使とともに招かれていたのは、日本皇国全権大使”来栖 任三郎”だったのだが……

 

(噓だと言ってよバーニ〇!!)


 と表情には出さないように心中で絶叫していた。

 うん。なんというか……この脳内絶叫からわかるように、実に分かりやすい転生者だった。

 

(ううっ……吉田先輩の阿保ぅ……これ、完全に貧乏クジじゃんかぁ……)


 来栖は皇国外相”野村 時三郎”に呼び出され直々に『君はドイツ語に堪能だったね?』と声をかけられ、

 

『吉田君(吉田滋)から強く推薦されてね。此度、ドイツへの特命全権大使』

 

 という鶴の一声でベルリン行きとなったのだった。

 勿論、彼も前世知識も使って出世した外務省のスーパーエリートの一人、その能力は高いし、現状の国際情勢もハイレベルで理解していた。

 だが、

 

(俺は一歩引いた位置から傍観していたかったんだけどなぁ~)


「まさか、自分が当事者になるとは思ってなかった」


「何か言いましたか? Mr.クルス」


「何でもないですよ。Sir.ウェブスター」


 と同じくチャーチルから特命全権大使を命じられた”チェスター・ウェブスター”に内心を悟られぬように和やかに返す来栖であった。

 

(ここまで来たら、覚悟決めるしかないよな……)


 事前情報は頭に何度も叩きこんだし、交渉材料も十分と言えるかどうか分からないが用意はしてある。

 相手の要求の大まかなとこはわかっているので、後は詳細はどう日英側に利があるように持っていくかだ。


 

 

 

 そして、程なく入室してきたのは大物コンラート・フォン・ノイラート……立派なドイツ外相である。

 彼は温厚な紳士然とした雰囲気で握手を交わし、

 

「やあ、初めまして。遅れてしまったかな? Von.ウェブスター、Herr.クルス。ここに来たということは、我々に良い返事を持って来てくれたと期待するよ」

 

「貴国にとって良い返事と言えるかは分かりませんが、前向きな返事だとは思っていますよ。Von.ノイラート」

 

 総じて和やかな空気の中でドイツ外相と日英全権大使の会談は始まったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

「ほうほう。それでは、英日側は大筋において合意という事で受け取っても良いと?」


「原則として、そうなります」


 まずそう返したのはウェブスターの方だった。

 だが、英国人の返事だけでは満足しないと目線で訴えてきたノイラートに、

 

(そりゃまあ、特に外交に関しては舌を多重連装している英国人の言葉だけでは納得できない気持ちもわかるけどさ)


 溜息を突きたい気持ちにかられながら来栖は、

 

日英我々は、ドイツのソ連領侵攻作戦、秘匿名称”バルバロッサ”でしたっけ?を邪魔するつもりはないということです」


 その発言にウェブスターはギョッとした。ドイツがソ連領侵攻を考えている可能性は知らされていた(ドイツ側は停戦について話しただけで、日英に東方侵攻自体は伝えていない)が、その作戦名まではつかんでいなかった。

 スッと視線を鋭くしたノイラートの反応から考えて、どうやら正解だったらしい。

 

「……どこでそれを?」


「情報ソースを明かすはずはないでしょう? まあ、わが日本皇国の諜報員も縁側でお茶をすすっているわけでは無いということです」


(前世知識だなんて言えるわけないだろうが。いや、それにしてもノイラート外相の反応から考えて、名将自体は俺の知ってる歴史と同じか……内容まで一緒とは限らないか? ここは少し探りを入れてみるべきか?)


 いや、それはもはや外交官というよりスパイの仕事のような気もするが……

 

「最終目標はモスクワですか?」


「それをこの場で言う必要がありますかな?」


 来栖は首を横に振り、

 

「いえ、ありませんな。ただ、モスクワであれスターリングラード・・・・・・・・・であれ、あまり欲張ったり包囲戦にこだわったりしない方が良いかと思いましてね。ロシアの冬は厳しく、ウクライナなどは雪解けの時期は酷い泥濘になる。それこそ、戦車がスタックしてしまうほどに」


「Herr.クルス……貴殿がどういう意図でその発言をしたかは存じませんが、ご忠告として受け取っておきますよ」


「ええ、是非に。我が国にとっても敵国同士が潰し合っていただけるのなら、それに越したことは無い」


 いささか挑発的な発言だが、ノイラートは面白そうな顔で、

 

「それでよい。停戦合意がなされようと、我が国ドイツと英日が敵国同士であるという現状に変化はない。それを思い違いしていないのは、いや実に良い」


「我々は、未だ緊張状態にありますので」


「我々も今は・・終戦を望んではいないのだからな。それに、」


 ノイラートは意味ありげに笑い、

 

誰にとっても・・・・・・その方が都合が良い。我々は未だ終戦するわけにも休戦するわけにもいかない」


 

 降伏という言葉が出てこないあたり、実にゲルマンチュートン的ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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