第53話 ヒトラーから見たムッソリーニとイタリアという国の価値とは?
さて、ヒトラー内閣の人事を(全員ではないが)紹介し終えたところで、視点を再び会議に戻そう。
いくつかの話題が終わり、何やらヒトラー総統とヴェーファー空軍司令官が面白い話題をしているようだ。
「それにしても、よくイタリア、いえムッソリーニがフィアット、マッキ、レジアーネの移転……失礼。開発・製造拠点をドイツに建設することを許しましたね?」
ヴェーファーが聞けば、ヒトラーはどうということは無いという様子で、
「問題ないさ。北アフリカとギリシャに勝手に攻め込んだ落とし前をつけてもらっただけだ。そうだろう? ノイラート君」
言葉を向けられたノイラートは苦笑気味に、
「私は恫喝外交の手本を見たような気がしましたよ。総統閣下」
さて、これには補足が必要だろう。
史実では、内心は「イタリアというよりムッソリーニの独断で行われたギリシャ侵攻」にヒトラーは腸が煮えくり返っていたが、その事後処理を話し合う会談では、表面上は労うような言動で会談に来たムッソリーニを迎えたという。
もっとも、ムッソリーニはそれを「恩着せがましい」と評したようだ。
だが、この世界線では様相が全く違った。
独裁者らしく、独断でギリシャに攻め込み、あまつさえ惨敗したムッソリーニをヒトラーは「釈明を要求する」とベルリンに呼びつけた。
だが、ムッソリーニは最初それに応じなかった。
一度目の会談の先延ばしで、ヒトラーはシチリア島に展開するドイツ空軍部隊に「機種転換のための帰国命令」を出した。
ドイツ人パイロット達はづランスへ機体ごと渡り、整備員たちも素早く帰国した。
彼らの部隊は、1941年6月現在もシチリアには戻っていない。
二度目の先延ばしの時は、駐独イタリア大使を総統官邸に呼びつけ「ドイツアフリカ軍団の派遣中止を検討している」と通達していた。
ヒトラーは当然のように、「ムッソリーニがギリシャにおいてイタリア軍が明確な勝利をするまで自分との会談を避けている」のを知っていた。
言い方を変えれば、ギリシャでの勝利を土産に、少しでも会談でマウントを取りたいと願ったのだろう。
だが、そんな物に配慮する気は、ヒトラーには最初から無かった。
むしろ、会談の先延ばしを口実にシチリアから撤兵させるなどの工作をしていたのだ。
そんなことをおくびにも出さず、ヒトラーはイタリアの外交的非礼を激しく追及した。
震え上がるイタリア大使を前に、「会談という名目の釈明に来なければどうなるかわかってるよな?」と圧力をかけた。
その裏で、ルーマニアにギリシャ派兵用の戦力をイタリアに気が付かれぬように少しづつ集結させていたのだから、ヒトラーも強かであった。
***
1941年1月、ようやくムッソリーニは冬のベルリンへと顔を出した。
式典などは一切なく、まるで秘密会談のような雰囲気だったという。
そして、首相官邸の自分の執務室(応接室や貴賓室、来賓室ではない)に案内されたムッソリーニに握手しながら開口一番、
『「私にはイタリアがギリシャを押さえたと新聞で知らしてやる」かね? 私を”本物の狂人”呼ばわりした君の娘婿、失礼。外相も良い度胸をしているが、
といきなり言語的助走付き顔面グーパンをかました。
ムッソリーニには、さぞかし顔を青ざめさせた事だろう。
何しろそれはドイツにだんまりでギリシャ侵攻をする前に、自らが外相(同時に娘婿の)に語った言葉だからだ。
言葉を失うムッソリーニに、
『北アフリカで調子に乗りエジプトに攻め込んで英国人の反撃にあいリビアに逆侵攻され、今度は事前に相談もなくギリシャに敗北。またしてもギリシャ人にアルバニアに逆侵攻を許す……ムッソリーニ殿は何度、ドイツ人に火消しをさせれば気が済むのかね?』
不明瞭な言葉しか出てこなくなったムッソリーニに、
『同盟とは元来、対等なものだ。だが、現状は対等とはとても言えない。わかっているのかね? 北アフリカもギリシャもドイツには攻め込む理由のない土地だ。加えるなら、ギリシャは本来はドイツに友好的な国家の一つだった。それを台無しにしてくれた君は、一体何を償いとして用意してくれるんだい?』
そう一気に畳みかけたのだった。
ムッソリーニは反論などできるはずは無かった。
『本来は多大な賠償金を請求したいところだが、イタリアの財政は心得ている。だが、私も多くの忠勇なるドイツ兵を、ドイツが何ら国益を得られぬ死地に送らねばならぬ。その意味はわかるね?』
頷くムッソリーニに、
『まず手始めに、君の国で新型機を開発している部門を治具を含め丸ごとのいくつかを我が国によこしたまえ。現在、我らはズデーテンなどに新興の
そしてスッと目を細め、
『理解していると思うが、これでも随分と手加減はしているのだよ? 少なくともイタリアが支払えない物は要求していない。それとユーゴスラヴィアの内乱は放置したまえ。三度目は無いと思っていてくれると助かる。ギリシャとリビア、むしろそれだけでも手に余ってることは理解してるね?』
ヒトラーは史実のイタリア降伏後にドイツが行った「回収」をまだイタリアが健在の内に行おうと言っているのだった。
ついでに言えば、チトーに躍進の機会を与えるつもりもなかった。
『も、もし断ったら……?』
するとヒトラーは笑顔とは本来、威嚇の表情だとする説を肯定する笑みで、
『独伊枢軸同盟を見直す時期が来たと考えるだけだ。後は北アフリカでもヴァルカン半島でも、
そして、言い忘れたように、
「縁故人事も大概にしたまえ。
***
重要なことを書き忘れていた。
確かにこの世界線では、ナチ党はファシスト党を参考や規範にしている部分がある。
だが、同時にヒトラーには「ムッソリーニの著書を胸に抱き、本人にサインを求めた」ようなエピソードは存在しない。
はっきり言えばこの世界線のヒトラー、アウグスト・ヒトラーはムッソリーニという独裁者らしい独裁者に、好意やそれに類する感情を持ったことがない。
ヒトラーにとりムッソリーニは、「身内も含めて(無能さゆえに)これまでは使い道があったが、これからもそうとは限らない」程度の価値しか持たぬ政治家であり、イタリアは「都合が悪くなればいつでも切り捨てられる国」としか認識していなかった。
何をどう言い繕おうと、それらは捨て駒に対する認識だったのだ。
そして、”
あの手酷い敗北の
日英と停戦が合意できれば、つまりは対ソ戦に集中できる環境が整えば、イタリアなぞ崩壊しようが消滅しようが大した問題ではない。
例えばこれは、そういう話だった。
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