第52話 この世界線におけるヒトラー内閣の人事模様

  

  

 

 

 

 アウグスト・ヒトラーは、どれほどの才があったとしても、人間が一人でできる限界を……いや、限界があることを知っている。

 だからこそ、史実のアドルフの方のヒトラーと圧倒的に異なるのが、いわゆる”ヒトラー内閣”の布陣だ。

 これまで、名が出てきた者達の立ち位置や役職だけ列挙して見ても、

 



ドイツ総統

アウグスト・ヒトラー


ドイツ副総督

ヒッター・ゲーリング


外相(外務大臣)

コンラート・フォン・ノイラート


国防相(国防大臣)

ファフナー・フォン・ブロンベルク


軍需相(軍需大臣)

フェルディナント・トート


経済相(経済大臣)

ミヒャエル・シャハト


宣伝相(宣伝大臣)

ヨアヒム・ゲッペルス


国防軍最高司令部(OKW)総長

ゲルハルト・フォン・ルントシュタット元帥


三軍統合情報部アプヴェーア長官

ヴォーダン・カナリス大将


ドイツ陸軍(OKH)総司令官

ヴィルヘルム・フォン・フリッチュ上級大将


ドイツ海軍(OKM)総司令官

ユーリヒ・レーダー元帥


ドイツ空軍(OKL)総司令官

ヴェルナー・ヴェーファー元帥


国家保安情報部(NSR)長官

レーヴェンハルト・ハイドリヒ(上級大将相当。公的には軍人ではないのであくまで階級相当)


陸軍機甲総監

ハーラルト・グデーリアン大将


空軍省技術総監

エーベルハルト・ミルヒ大将


東方侵攻作戦首席参謀

エルンスト・マンシュタイン中将(大将昇進予定)


NSR情報参謀将校

ヴァルタザール・シェレンベルク大佐(シュレンベルクは軍の参謀資格を持っている為、軍の階級がある)


ドイツ空軍戦闘機隊総監

アーデルハイト・ガーランド少将


DAK(元)軍団長

エドヴィン・ロンメル中将(大将昇進予定)


バルバロッサ作戦航空統括参謀

アーダベルト・ケッセルリンク大将


中央軍集団航空司令官

ローランド・フォン・グライム大将(パパ・グライム)


防空戦技統括官

ヨルゲン・カムフーバー中将


総統官邸付筆頭秘書官

ヴィンデル・カイテル


外交執務官(外務省。外交アドバイザー)

ウルバン・リッベントロップ


○○・ヒムラー → ”長いナイフの夜”で死亡

○○・パーペン → ”長いナイフの夜”で死亡




 まさに錚々たる面々だが、ドイツ軍人に詳しい諸兄なら直ぐに気づくのではないだろうか?

 つまり、

 

 ”ヒトラーは、イエスマンを重要な役職に就けない”

 

 のだ。

 顕著なのは、カイテルとリッベントロップの立ち位置だ。

 カイテルは事務能力の高さと忠誠心は認めてるが、それ以上の評価はしない。だから秘書官以上の地位には就けない。

 リッベンドロップは、自分に見限られることへの恐怖心による忠誠と海外へのコネや知識は評価しているが、傲慢と偏見はマイナス査定。外交担当ではあるが、その態度から相手国に不快感を与えやすいため、外交アドバイザーという肩書きはあるが今はほぼ国内で海外への手紙でのやり取りを担当していた。

 おそらく、リッベントロップの絶頂期は1936年にとある英国の大物政治家とヒトラーを引き合わせた事だろう。

 少なくとも彼はこの世界線でノイラートの後釜になることだけは無いはずだ。

 

 逆に、史実で”ブロンベルク罷免事件”で軍を追われたブロンベルクやフリッチュが権力の全盛期を維持しており、非常に信頼されているようだ。

 特にブロンベルクに関しては、中々に興味深いエピソードがある。

 史実のブロンベルクは非常に若い、親子ほども歳が違う嫁と再婚した。またそれに附随する様々な良からぬ噂が流れ、それをハイドリヒ達に利用されたというのがブロンベルク罷免事件のあらましだ。

 

 だが、この世界線では真反対のことが起きた。

 自然発生的に起きた歳の差婚による流言飛語を抑え込んだのが誰であろうヒトラー本人だったのだ。

 彼はブロンベルクを伴いとある高級軍人たちの集いにて、こう一席ぶったのだ。


『諸君らは、ブロンベルク君が若い嫁をもらったこと、それが転じて嫁の出自に興味があるようだが……なんの問題があるのかね?』


 そして独特の威厳がある空気をまといながら、

 

『人間は年齢には、時間には絶対に勝てん。どれほど抗おうと老いによる衰えは必ずいつか訪れる物だ。この私とて例外ではない


 そしてニヤリと笑い、


『だが、ブロンベルク君は老いを、衰退を否定し拒否し拒絶した。若い妻を娶るとはそういうことだ。精力絶倫大いに結構。それは精強さを美徳とするゲルマン人にとり、むしろ讃えられることではないのかね? 誇りたまえブロンベルク君。君は枯れゆく自分を享受せず、精神力と体力ねじ伏せたのだ。私は心より君の婚姻を祝福しよう』

 

 一種のテーマのすり替えであり強弁ではあるが……これ以降、ブロンベルクをスキャンダラスに語る者はいなくなったという。

 その後、ブロンベルクのヒトラーに対する忠義がどうなったかを語るまでもないだろう。

 蛇足ではあるがこのヒトラー、別に下ネタが嫌いという訳ではなさそうだ。

 

 

***

 

 

 

 また、史実のヒトラーが苦手としていた「ステレオタイプのプロイセン軍人」然としたルントシュタットは、「ドイツ軍人の完成形」、「戦争の生き字引」と絶賛しており、それが高じてOKW最高責任者に据えた。

 レーダーは「人望篤い冷静沈着な武人」、ヴェーファーは「戦略爆撃の有用性を説き、次世代の航空戦を模索する先駆者」とそれぞれ高い評価をしていた。

 特にヴェーファーが提案した”ウラル爆撃機計画”には、「先見性が良い」と極めて高評価であり、その推進を命令していた。

 これは割と現在のドイツ空軍ルフトバッフェの在り方に影響を残しているのだ。

 例えば、戦略爆撃機に否定的な見解を崩さず、ドイツ空軍は戦術空軍であれば良いとしたウーデッド、イェションネク、ケッセルリンクは空軍省の中枢には入れないでいる。

 ただ、指揮能力は高いケッセルリンクは出世し航空艦隊を一つ任され、「思う存分、君の考える戦術空軍の神髄を披露するがよい」と東方侵攻に参加することになったが、ウーデッド、イェションネクは能力と精神の安定性が疑問視され、ウーデッドは既に退役し、イェションネクはあまり要職とは言えない地位にいるようだ。

 余談ながら、He 177”グライフ”は「急降下能力を持たない、通常のDB601エンジンを4基備えたウラル爆撃機計画の後継機」として開発されている。

 

 

 

 前出の外務大臣ノイラートは、「外交とは信頼関係の構築こそが肝要である。彼の温厚な紳士然とした振舞いは、その様な場面で最大の武器となる」とこれまた高評価。

 

 更にグーデリアンの機甲総監就任は当然としても、ゲーリングを副首相(副総督)に、空軍の技術総監にウーデッドではなく技術に明るいミルヒを据えるあたり、適材適所の妙も見せる。

 加えて、史実と異なりトートに全幅の信頼とそれに応じた大きな権限を与えていることも着目すべきだろう。

 いまだ登場していないが、おそらく”シュペーア”も何処かに居るはずだ。

 

 

 

 付け加えるのなら、ヒトラー主催の「私的会議」では階級より役職が重視される。基本的に階級にこだわらず自分の立ち位置で自由で活発な会議が求められる。

 また、閣僚(大臣)に階級が無いのは、「現役軍人の入閣は禁止されている」からだ。

 ヒトラーは、「ドイツは軍政国家では無い」ことや「ドイツ軍はシビリアンコントロールの元にある」、「ドイツは政治は常に軍隊の上位にある国家」という姿勢を内外にアピールすることに気を配っているようだ。

 

 断言できるが、この世界線のドイツは、単純に技術力や国力の高さだけでは語れない”強さ”がある。

 いや、厳密に言えば「史実より明らかに強化されている技術力や国力ハードパワー」を生み出した人的・文化的資源ソフトパワーが強いのかもしれない。

 

 その理由の一つは、史実のヒトラーとは正反対の人材を好むことであろう。

 「自分が言い負かせる素人」を好んだとされるアドルフに対し、アウグストは「プロフェッショナルな仕事人」を好むのだった。

 

 












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