第49話 史実と異なるドイツの占領地政策(仏蘭篇)




 

「もし、停戦を実現する気があるのなら、こうアドバイスしてやるつもりだ。『亡命政府が不服を言うようなら、自分たちがボルネオ島とインドシナ半島へ行き、自ら統治して自由オランダなり自由フランスなりを新たに立ち上げると良い』とな。我々は亡命政権を正当な政権と認めることは無いが、同時に新たにオランダとフランスの名を冠する国の建国を邪魔するつもりもないと付け加えてだ」


 実はこれ、無茶苦茶言ってるようでいてド正論だったりするのだ。

 フランスは臨時首都をヴィシーで立ち上げ、フランシス・ペタン首相(元帥)とピエトロ・ラヴァル副首相による政権を正式に「フランス正統政府」として認めているのだ。

 政府への国権復帰ついでに中立を認め、しかも戦後復興資金まで貸し出している。

 史実と違い、可能な限り早急な武器製造を含む重工業界と農業の復帰と、各種輸出の再開を後押ししているのだ。


 更に更に……これはとんでもなく露骨なのだが、今年(1941年)7月14日、つまり”フランス建国記念日(フランス革命記念日)”にパリが「正式にフランスの首都・・・・・・・として返り咲く」事が大々的に発表している。

 その瞬間より、現在、「占領軍」としてフランスにいるドイツ軍は「進駐軍」という扱いになる。


 対して、ドイツが対価として求めたのは、「フランス軍港/空港の無制限の使用と、貸付金の利子付きの返済」に加えて、「フランス本土の大西洋側/地中海側双方の海岸線全て内陸部100㎞にかけてと、その他のいくつかの拠点の100年の租借」である。

 これは領土割譲ではなく、あくまで租借であった。

 また、海岸線においては戦時特例法を制定し、海岸線の租借権は10年ごとに見直しが入り、平時であると判断された場合は租借期間の短縮を行う準備があることも明言されていた。

 加えて、再建される予定のフランス海軍の軍港の独仏共同使用を頂点に、軍港・商業港・漁港を問わず、商船や漁船などのフランス籍の民間船であれば出入港や施設を含む港湾使用に制限を設けず、また一部を除く外国籍の船(一部=ドイツと敵対関係にある国家・資本の船)であっても、事前申請とドイツの臨検を含む立ち入り検査の受け入れを行うのであれば、同じく出入港や港湾ならびに施設の使用を禁じないことが明記されていた。

 

 


 至れり尽くせりと言っていいが……この意義は、実はとてつもなく大きい。

 ドイツ軍は「ドイツの安全圏確保のために租借したフランス沿岸部に進駐」するだけであり、それ以外のフランス本土/領土には軍権は発動しないと明言しているのだ。

 つまり、「フランスを占領しているドイツ軍」から「フランスに存在する租借地に常駐するドイツ軍」にクラスチェンジだ。

 また、フランス(あるいはパリ)復帰の祝儀として、戦時賠償の一切を放棄するとまで宣言してるのだ。

 つまり、フランスは”親独的な・・・・中立独立国”として再出発する運びとなる予定だった。

 

 これでは一方的にドイツが損をしているように思えるかもしれないが、実はそうではないのだ。

 このフランスに対する処遇に大変参考になったのは、第一次世界大戦後のアメリカの「経済的な戦後処理」だった。

 

 

 

***




 この世界線においても、第一次世界大戦で敗戦したドイツは膨大な……現在(2022年)換算で200兆円以上の戦時賠償を求められた。

 そのせいでハイパーインフレが起き、民が困窮し、ナチ党躍進のきっかけになったのは大筋において史実と変わらない。

 

 しかし、当時の戦勝国である英仏が、何故ドイツに当時の国家予算数十年分に匹敵する、常識外れの金額の戦時賠償を求めたのだろうか?

 復讐心からか? 経済的報復か?

 そういう気持ちがあったのは否定しないが、本質的にはそこではない。

 

 実は英仏も戦費借入、有体に言えば「戦争をするための借金」があったのだ。

 その借り先は、新興大国アメリカだった。

 特に英仏の戦費借入は膨大であり、「ドイツから戦時賠償を取り立てねば、借金の返済は不可能だった」のだ。

 

 戦時賠償で半永久的にドイツの経済力を削ぎたいと考えていたフランスはともかく、イギリスは嫌々という訳ではないが、好き好んでという訳でもない。国内情勢的に已むに已まれず……おそらくそんな気分ではなかったのだろうか?

 この後、ドイツへの過酷と言ってよい賠償金請求を危険視したアメリカは、


 ・ドーズ案 → 支払い年額の(結果的な)削減

 ・ヤング案 → 戦時賠償の総額を減額

 ・フーヴァー=モラトリアム → 支払猶予期間を策定

 

 と立て続けに手を打ったが、英仏に対する戦費貸付の減額には一切応じようとしなかったあたり、マッチポンプとも言える。

 つまり、米国は一度たりとも「英仏への借款を減額するから、ドイツへの賠償額を引き下げろ」という交渉もしなければ、英仏より持ちかけられても拒否したのだ。

 

 それを横目で見ていたのが、ドイツであり若き日のヒトラーだった。

 ヒトラーは自ら、ナチス政権が「フランスへの賠償支払いを拒否」した事例をあげ、”ヒトラー内閣”の面々にプランを提示したのだ。

 

『戦時賠償など請求してみろ。我々がそうだったように憎悪を煽るだけだ。ならば、我々はアメリカ人を真似ようではないか。我々は戦後復興の名目で金を貸し付け、フランス人に貿易を含めた商活動を再開させ、稼がせたうえで返済と利子で儲ける。良いかね? 利子は良識的である必要は無いが、常識的な範疇でなければならない。フランス人に利子こそが戦時賠償の本丸だと気づかれてはならない。さすれば、彼らは半永久的にドイツに金を貢ぐ”金の卵を産むガチョウ”になるだろう。あの御伽噺はかろうじてはならぬ含蓄と教訓を含んでいる。殺してしまってはおしまいなのだ』


 それ以外にも、ヒトラーは宣伝相の”ヨアヒム・ゲッペルス”に、

 

『フランスの当時の政治家は、自分たちの復讐心を満たすために我々に数十年もドイツ人が貧困にあえぐ賠償額を課した。彼らは生きたままドイツ人を地獄へ落そうとした。我々は復讐の権利がある。同じ額をフランスに背負わせる権利がある。だが、我々は憎悪を抑え込もう。我々は理知を重んじる文明人なのだ。どこかで憎悪の連鎖は断ち切らねばならない……そのような内容を徹底的に流布したまえ。言葉を変え、表現を変え聴衆が飽きぬように何度も繰り返し、骨の髄まで染み込むようにしたまえ』


 という指示を飛ばしたのだ。

 

『”国民を見捨て、自分達だけ安全圏に逃亡した”かつての指導者を含む、”自由フランスを僭称する「背徳者」”たちが、”いかにドイツ人に対して非文化的な行いをしたか”を事細かに事実を列挙して説明した上で、”彼らがフランス人として相応しいのか?”を徹底的に説いたまえ』


 と付け加えて。

 

 

 

***




 一方オランダには、

 

『英国に亡命したオランダ王家と政治家が空中分解を起こしたそうだね?』


『はっ! ディーデリック・ヤン・デ・ギア首相はフランスの成功を見てオランダへと戻りドイツ体制下で国家を再開したいと考えていましたが、あくまでオランダ解放のための徹底抗戦を謳うヴィレミーナ女王の逆鱗に触れ、亡命政府首相を解任されました』


 そう報告する外相ノイラートにヒトラーはしばし考え、

 

『ハイドリヒ君』


『はっ』


 ヒトラーは、やはりこの場にいたハイドリヒに笑いかけ、


君の組織NSRの伝手を伝って、機会を見てデ・ギア首相・・を再びオランダに舞い戻らせ、いずれ生まれるオランダ共和国・・・の共和国”初代首相”に就任させることは可能かい?』


『Ja. 十分に可能です』


 淡々と答える腹心中の腹心、”国家保安情報部”長官レーヴェンハルト・ハイドリヒに、

 

『重畳重畳。これでオランダを”大管区ガウ”より再び独立国へ返り咲かせる道筋が見えた。何しろ他民族の直轄支配は手間がかかり過ぎるからな。オランダが親独的隣国であれば、それでよい。おっと忘れるところであったな』


 ヒトラーは思い出したように、


『自らを解任し放逐した女王に対する憎悪と憤怒の炎に油を絶やさぬようにしておいてくれたまえ。彼には、”自らが女王と崇めた女が、いかに自分勝手でヒステリックな女”なのかを”オランダの民衆に語りかけて”貰わねばならないのだからね』





 ドイツ総統、アウグスト・ヒトラーはこの弱肉強食を隠そうともしない世界で戦争指導者として生き抜くには、自分に軍事的才能が足りないことは心得ていた。

 だが、それを自覚する……自覚できるこの男の”政治的センス”は、決して侮るべきではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 









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