第42話 NSRとレーヴェンハルト・ハイドリヒという男
Nationaler Sicherheitsnachrichtendienst des Reiches、略称”NSR”。
英語的な表記なら”National Security Intelligence Service of Reich”。
日本語で言えば、”国家保安情報部”。
これは史実に登場したドイツ国家保安本部(Reichssicherheitshauptamt der SS:RSHA)とは大きく趣が異なる組織だ。
彼らは、”親衛隊(Schutzstaffel;SS)”という公式名称を持っていない。
彼らは、正規軍のような装甲兵力を(少なくとも表立っては)持っていない。
彼らは特定の民族や人種を駆除するための”アインザッツグルッペン”も保有していない。
ただし、
NSRは、国外の諜報活動を統括する諜報機関である。
NSRは、国内の不穏分子を取り締まる権限のある上位警察権限を持つ。
NSRは、特定民族ではなく”濡れ仕事”を含む非公開任務を行う一般的な意味での”特殊部隊”を複数保有する。
以上の特性から、史実のゲシュタポなどを取り込んだRSHA+SSとイメージすると、大分事実と異なる印象がある。
では、何と比較すべきだろうか?
一般的な印象ならむしろ現代のアメリカ合衆国に近似値を見出せるかも知れない。
これは、あくまでイメージであることを断っておくが……
NSRとは、CIAとFBI、そしてSOCOMの機能を併せ持った機関である。
つまり、情報部の名の通りあらゆる情報の収集と解析/分析、対外諜報、防諜、国内不穏分子に対する弾圧、それに伴う暗殺などを含む破壊工作、そしてそれらを行える人材で結成された巨大情報/諜報機関だ。
この世界線、確かに”国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)”という政党が、ドイツ(Deutsches Reich)を仕切っているのは史実と変わりない。
Ein Volk, ein Reich, ein Führer (一つの民族、一つの国家、一人の総統)
Sieg heil(ジーク・ハイル。 勝利万歳)
の
だが、彼らは
単純に言えば「情報を制する者が、全てを制する」のは自明の理であり、また国家には付き物の”暗部”を統べる者は……それがNSRであった。
つまり、SSとは意義も意味も能力も違う、されど「ドイツを存続させる」という目的は変わらない巨大組織ということになる。
そして、その巨大な建造物にできる昏くて濃い影のような印象の組織の頂点に立つのが、”総統閣下の懐刀”と目される男、このレーヴェンハルト・ハイドリヒであった。
ただ、その種の組織だというのに、前長官にも幹部にも”ヒムラー”の名は無い。
かつてはあった。
だが、”長いナイフの夜”で犠牲となった。
いや、正確に言えば”長いナイフの夜”は、ヒムラーの死こそが引き金となったと言ってよい。
「
そう淡々と話すハイドリヒ。
どうにもその姿は、ステレオタイプの”金色の野獣”とは似ても似つかない。
印象から言うなら……そう”学者”だ。
金髪碧眼に加え、長身と史実における”ナチスが定義したアーリア人の容姿”に見事に適合していて顔だちも整っているが、不思議なほどインドアの匂いがするのだ。
それがNSR、”国家保安情報部”長官ハイドリヒの印象だ。
無論、ドイツ人にとり学者は尊敬されるべき職業であり、ハイドリヒも獰猛さではなく理知を感じさせる雰囲気をまとっている。
だが、決して侮ってはならない。
この世界線においても、”ユダヤ人問題の最終的解決”を提言したのは、この男なのだ。
だが……その中身が、「史実通りとは
***
さて、”少し高いところ”から、あるいは”少し先”の視点で見てみるとしよう。
確かにこの世界では額面通りなら「600万人のユダヤ人がドイツ勢力圏から消える」事になる。
だが、それは即ち「この世から消える」事と
100万人は、書類上は国外追放処分となっている。
実際、それだけのユダヤ人が「経緯はどうあれ」国外へと移住したのは確かだ。
実は英国や日本皇国は、その棚ぼた的な利益を享受している。
日英を移住先に選んだ集団は、その多くが英語が通じる英国を新たな住処に選んだが、一部はより遠方にある日本への移住を求めた者たちもいた。
例えばそれは、”杉浦千景”なる外交官のエピソードも含めるべきであろうが……最も著名なユダヤ人移住者に物理学者”アーダベルト・アインシュタイン”の名があったことは追記しておきたい。
そして、残った500万人だが……
レーヴェンハルト・ハイドリヒは、後世で(主に敵対国家の国民から)こう呼ばれることになる。
曰く、
”人類史上最悪の
繰り返すが、虐殺者でもなく野獣でもなくペテン師だ。
これは、とても興味深い逸話だろう。
近い未来の話はさておくとして、視点を現在の会議に戻したい。
「ではハイドリヒ君、君は”バルバロッサ作戦”を中止すべきだと言うのかね?」
とはOKW(国防軍最高司令部)の作戦本部長、つまりはドイツ軍の作戦全てを取り仕切る”アルフォンス・ヨードル”元帥だった。
「まさか。すでに作戦を動き出しています。何故、我々が英国人の顔色で、作戦を止めねばならないのです?」
「では、どうすると?」
ハイドリヒはニヤリと笑い、視線を”この会議”の参加者で、数少ない軍籍を持たない者を視線に捉えた。
「”ノイラート外相”、既に貴殿には予備命令が出ているのでしょう? ”リッペンドロップ”君が忙しそうにしてましたし」
唐突に話を振られたドイツ外相”コンラート・フォン・ノイラート”は、コホンと咳払いしてから、
「なぜ、そう思うのかね?」
「”
そして、再び視線を傾け、
「そうですよね? ブロンベルク国防相閣下」
するとブロンベルクははぁ~っとため息を突き、
「ハイドリヒ君、相変わらず君は耳が早く人が悪いな? わざわざ私の口から話させる気かね?」
「誉め言葉と受け取っておきます。それに私のような若輩より、あの御方から政治面の国防トップを任される貴方の口からの方が、皆さんも納得しやすいでしょう?」
「まあ、確かにな」
ブロンベルクは苦笑しながら、
「せっかくハイドリヒ君がお膳立てをしてくれたんだ。皆の興味は、日本人も含めた英国人への対抗策だろう? その答えは総統閣下によれば、ひどく”シンプルなもの”らしい」
周囲を見回し、
「我らが東方に攻め込むのが英国人にとって好機というのなら、そうでなくしてしまえば良い」
”どうやって?”
一部を除く大半が、そのような顔をするが……
「本当に単純なのだよ。だが、我々では及びもつかぬ……いや、この時点では考えてはならん発想だ。結論から早紀に言えば、」
そして、一言一言言葉を選ぶように、
「総統閣下は、”
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