第41話 会議とNSR




 ドイツ人が主催する”メルクール作戦”反省会は、まだ続いていた。

 降下猟兵1個連隊を見殺しにする羽目になり、イタリア人の輸送船ごと1個旅団相当以上の陸上兵力が戦う前にエーゲ海に沈み、地上で破壊された分も含めれば300機に届く被害を出した様々な航空機……

 

 おそらく、開戦以来、中止や失敗判定の最短記録を塗替え、ドイツ軍が1日で出した被害のバッケンレコードを刻んだ”メルクール作戦”の反省は、それこそ嫌というほどあった。

 

 

 

 

「日本人の空母機動部隊の存在を除外していたは、明らかな我々の失態か……」


 確かにクレタ島の兵力も手ごわかった。だが……

 現在修理中の英国空母に代わりH部隊のエアカバーに入り、加えてクレタ島から帰投する損傷し速度を出せなくなっていた爆撃機や輸送機の群れに襲い掛かり追加ダメージを与え、あまつさえ翌日には修理中の航空機が並ぶ飛行場に空爆を仕掛けてきた日本皇国の地中海方面艦隊は、ギリシャ南部に展開していた独伊の軍隊にとり、正しく疫病神だった。


「それは確かですが、致し方ない部分もあるでしょう。英国人がギリシャ本土から脱出する際、我々は彼らの空母に手ひどいダメージを与えた。そして、日本人は一切助けようとはしなかったのですから」

 

「問題は、日本人の空母機動部隊が我らの哨戒圏の外側から有力な戦力を発艦させられるということだな。実際、我々は艦上機の襲撃があったからこそ、空母部隊がいると確定させてるが、実際には捕捉は未だできていない」


「いや、それで正解だよ。捕捉したとしても、航空機の活動圏内にいなければ我々には攻撃手段がない。せめてUボートだけでも入れられれば話は違うかもしれんが……もう残滓と呼んで差支えのないイタリア艦隊に期待はできまい?」


 補足すると地中海に大西洋やインド洋を回って潜水艦Uボートを入れるのは現実的ではない。

 スエズ運河は潜水艦が浮上せずに通れるような深さは無く、ジブラルタル海峡は英国海軍屈指の拠点で対潜警戒網が張り巡らされている。

 一番狭い海峡部は幅14㎞しかなく、広い部分でも45㎞しかない。

 強行突破しようとしてもここまで狭い海では逃げ場がない。

 

「ヴィシーの艦隊は……ダメだな。あれには別の使い道がある」


 そうかぶりを振るレーダー元帥。実はドイツ海軍にも来たるべき東方侵攻に備え重要な役割があるのだが、そうであるが故に今は戦力の消耗を避けたい。

 

「それにしてもラムケ少将は素早く、良い判断だった。早期に中止を具申しなければ、降下猟兵の被害はさらに拡大していただろう」


「英断と言っていいさ。もし、後続の山岳猟兵を強行突入させるような者が指揮をとっていたら目も当てられなくなるところだった」


 事実、作戦発動と同時に失敗が明らかとなった5月20日の翌日、21日の早朝より日本皇国地中海方面艦隊の二波による空襲で主要航空基地ごと修理中の多くの機体が破壊されたが、飛行場から離れて待機していた(当然、飛行機に乗り込んでいなかった)残存の第二降下猟兵師団には大きな損害は無かった。

 

 また、ドイツ軍上層部が正式に作戦の中止を命じた22日以降も、空母機動部隊こそ補給の為か母港のアレクサンドリアに戻ったようだが、22日より今度はクレタ島に配備された日本皇国空軍の爆撃機隊がギリシャ南部にある独伊の飛行場に爆撃を開始し、無視できない継続的な被害を出し続けていた。

 

 迎撃に向かおうにも、独伊側の戦闘機はクレタ島で大きく損耗しており、あまり効果的な迎撃が行えているとは言えない状況だった。

 

 その状況に業を煮やしたドイツ軍上層部は、航空機も船もないため、遊兵化していた降下猟兵師団をはじめとした陸上兵力を再編という名目でギリシャと地続きのブルガリアを超え、軍民を問わない設備投資で今やドイツ勢力圏で東部最大の軍事的要所となっていたルーマニアまで下げさせている最中だった。

 

「ですが、一連の戦闘で安心材料も手に入れました」


 参謀大佐の徽章を付けた情報将校は、

 

「今回の作戦でも日本人は限界を露呈したのです。”守りに強く、攻めに弱い”、その通説を覆してはこなかった」


「待て待て。タラントを消滅させ、現在進行形でギリシャに空爆を加えている相手に、君は何を言ってるんだ?」


 正気を疑うようなフリッチュだったが、参謀大佐は涼しい顔で、

 

「閣下、考えてみてください。我らは陸上兵力を引いたのですよ? それは日本人だって気づいているでしょう。ギリシャ南部を攻めとる格好の機会だとは思いませんか? 少なくともこれだけ有利な状況なら、英国人は喜んでアテネに乗り込んでくるでしょう。何しろ、制海権は手中にあり、制空権も掌握しつつある。陸上兵力だって正規装甲師団があの島にいることが判明していますし、それを運ぶ船の手配も我々と違い苦労は無い。彼らは自前で用意できるのですから」


 そしていったん呼吸を整えると、

 

「今回、ギリシャの飛行場爆撃も防衛行動、クレタ島の防御を固めるための”アクティブ・ディフェンス”の一環です。安全がある程度確保できたと判断すれば、じきに空爆も止まるでしょう。彼らの目的は当面のクレタ島の安全を確保することであり、決して現時点でギリシャを解放することではない。諜報員からの報告でも、部隊の再編や入れ替えはやっているようですが、侵攻に向けての準備は予備行動も含めて兆候は見られませんでした」


「”シェレンベルク”君、君はこう言いたいのかね? 日本人はクレタ島に亀のように閉じこもって守りを固めることに心血を注いでいると?」


 OKW直轄、というより総統閣下直轄で、陸海空に続く”第四の軍”と呼ばれることもある”国家保安情報部(Nationaler Sicherheitsnachrichtendienst des Reiches:NSR)”の参謀資格を持つ大佐、”ヴァルタザール・シェレンベルク”は如何にも人好きしそうなハンサムな笑みで、

 

「肯定します。日本人は、これまでの対外戦争で勢い任せに敵地を奪うという行為を忌避する傾向があります。彼らの士官教育は、我々同様にクリークシュピール(図上演習)をよく行いますが、彼らが最初に徹底的に叩きこまれるのは補給線の維持だそうです。そして、攻勢に転じるなら敵地を占領し、占領した後にどうやって兵站路を維持し占領し続けられるかを考え、また占領された防衛側はいかに敵の補給路を断ち切るかを考えるそうです」


「……聞くからに面倒な相手だな。なるほど、だから今回も攻勢に出ないのか」


 シェレンベルクは頷き、

 

「ギリシャ南部を攻めとる戦力はありますが、ギリシャ南部を占領し維持する戦力は今の地中海に展開する日本人にはありません。彼らがそれを行うなら、より大規模により入念に準備するでしょう。そういう意味では、英国人より前兆がつかみやすい」




「日本人はそれでよいとしても、英軍はどう動くかだな……」


 実はこの判断が難しい。

 イタリアがギリシャに攻め込んだ時、英国がギリシャを支援する確率は半々だとドイツは考えていた。

 イタリアは、いやムッソリーニはドイツを出し抜いてギリシャを攻めたつもりでいるようだが、実はドイツは「虚栄心が強いドゥーチェがとるであろう行動」の一つとして、事前に予測していたのだ。

 予備命令はイタリアがギリシャに攻め込んだ時から出しており、だからこそあれほど迅速に「イタリアの援軍」という名目でブルガリアルートで軍を派遣できたのだった。

 


「そう簡単に次の作戦には移行できないでしょう。ギリシャで被った被害は、累計で見れば”メルクール作戦”で受けた我らの損害を上回ります。戦力の再編に戦線の立て直し、しかもギリシャ寄りの撤退戦では殿を日本人に丸投げしてしまった……英国人は性根がシャトルループしていますが、面子にはこだわります。クレタ島を完璧と言ってよい手腕で守り切り、現在、DAK(ドイツ・アフリカ軍団)の反撃をトブルクで陣取って抑えているのも日本人です。彼らの意向を完全に無視して動くことは無いでしょう」


 そして、一呼吸置き、

 

「もし日本人を無視してまで英国人が動くとすれば、それはなりふり構わなくなったときでしょう。英国人は”恋と戦争には手段は選ばない”そうですが、同時に腹の黒さと舌の枚数は他民族の追従を許さない。であれば、今がその時でないと判断するでしょう」


「では、どの時が英国が動くと?」


 すると答えたのは、

 

「我々が、東部へ攻め込んだときでしょうな」


 そうさらっと答えたのは、長身で金色の髪が印象的な美丈夫……第三帝国”国家保安情報部”長官、シェレンベルクの上司である”レーヴェンハルト・ハイドリヒ”であった。



 

 

 

 

 

 

 








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