第3章:戦争が政治の一側面に過ぎないことを示す、退屈な話

第40話 メルクール作戦、その反省会





1941年6月1日、ベルリン市某所、OberKommando der Wehrmacht:OKW(国防軍最高司令部)、大会議室




 さて、ドイツ側で”メルクール作戦”と名付けられたクレタ島攻略作戦は、勝敗というより「日英側の防衛成功」という表現をもって語られるべき戦いとなって幕を閉じた。

 

 だが、その損耗率の差は歴史て言っても良かった。

 日英+ギリシャと独伊側の損耗比キルレシオは1:15……つまり、皇国兵が一人死ぬ間に十五人のドイツ人かイタリア人が死んでいる計算になる。

 このような酷い数字になった理由は、いくつもある。

 

 ・クレタ島の防空能力が想定以上で、まず降下ポイントに無事辿り着けた機体が予定より少なかったこと。

 ・護衛戦闘機隊や降下作戦を支援する爆撃機も多く落とされ、効率的な航空支援ができなかったこと。

 ・地形的な制約から降下ポイントがある程度絞られたために事前に待ち伏せされ、奇襲作戦ではなく「空挺による強襲作戦」になってしまったこと。

 ・また、降下ポイントに辿り着いた機体や降下猟兵も、想定をはるかに上回る対空砲火により多大な犠牲をだしてしまったこと。

 ・日本が自走式や機動式の対空装備を大量配備していることを事前に掴んでいなかったこと。

 ・また、これらの情報を事前に収集できなかったこと。

 ・その理由が、クレタ島の防空能力、特に戦闘機による防空能力が高く偵察機の作戦成功率が極端に低かったこと。

 ・クレタ島にも、諜報員は潜伏していたが彼らの情報収集能力や情報伝達能力に物理的な限界があったこと。

 

 まとめると、事前の情報収集が不十分なものでしかなく、日本皇国がクレタ島に展開している兵力の把握ができず、結果として強襲作戦になってしまったということが大きい。

 加えて、ドイツ側が想定していたクレタ島の防空能力は明らかに過小だった。


 だが、同時に現状以上の航空戦力を投入するのは、物理的に不可能だった。

 ギリシャ南部に設営できる野戦飛行場の大きさ的にも数的にも限界はあった。また、ギリシャにそれらの設営に有効な重機は極めて少ないことも大きかった。占領下のギリシャから労働力を駆り集めることもしたが、その結果の限界が今回の出撃数だった。

 

「夜間空襲は考えなかったのかね?」


「検討はされました。そのケーススタディとして、クレタ島への夜間爆撃も敢行しましたが、結果は……」


「何故かね?」


「日本人の高射砲は、バトル・オブ・ブリテンで英国の本土に配された物と同じくレーダー統制射撃で夜間でも撃てます。加えて、あの”夜の厄介者”が数十機単位でいたことが確認されました」


「”夜の厄介者”? !? それはまさか……」


 報告する参謀大佐の徽章を付けた情報部の分析担当官を務める高級将校は頷き、

 

「英国人が親しみを込めて”ミスター・ムーンライト”と呼ぶ日本の夜間戦闘機”月光”です」


 ”月光”

 史実と異なり、最初から夜間戦闘機として設計された日本皇国空軍が誇る”夜の顔役”だった。

 信頼性の高い”栄”エンジンを両翼に1基ずつ備え、機首の八木式アンテナが示すようにレーダーやESM、電波誘導装置や高性能な無線機や航法装置を備え、ホ103/12.7㎜機関銃を収束させて3丁ずつ機体上面に”斜め銃”として配する恐るべき機体だった。

 「夜間に爆撃機や輸送機などの大物を狩りとる」事に特化した戦闘重量で時速500㎞/h以上を出して闇夜から迫りくる機体は、ドイツ空軍の夜間爆撃機乗りにとって”厄介者”以上の疫病神と言えた。

 

「結論から申し上げますと、護衛戦闘機隊を随伴できない夜間空挺作戦は昼間の強襲より更にハイリスクになると判断されました。夜間の空挺ともなれば目的地に安全に着地できるかも分からず、同士討ちの危険性も極めて高くなりますので」


 淡々と続ける言葉に、ドイツ軍の重鎮たちは言葉を挟まなかった。

 彼らとて、参謀将校から語られる状況でのリスクは理解できていたからだ。

 

「続けます」


 そして、語られたのは悲惨な降下作戦、先陣を務めた空挺突撃連隊のその後だった。

 マレメ飛行場で待ち伏せされ、半包囲状態から火力で押しつぶされた第I大隊、兵装コンテナと離れた上にギリシャ軍防衛陣地に降りてしまい壊滅した第III大隊。

 実は降下猟兵は、申し訳程度ではあるが対装甲装備、150 mmDo-Gerät38単装ロケット弾発射機、3.7 cmPaK36対戦車砲、Gebirgsflak38山岳高射砲などを装備していたが、

 

「とりあえず降下に成功した第II大隊と第IV大隊でしたが、追撃をかけてきたのは随伴歩兵を引きつれた本格的装甲兵力や日本版スツーカのような対地攻撃機で、これらの装備で太刀打ちは不可能でした。それ以前に、降下時に兵装コンテナは集中的に狙われたようで、使用不可能な状態になっていた装備も多かったようでしたが」


 そして史実の英軍と違い、皇国陸軍は陸海空の使える戦力を投入し積極的な追撃をかけたせいで短時間で残る二つの大隊も壊滅したようだった。

 例えばではあるが、遠距離から15㎝級の重砲や加農砲、あるいはそれ以上の艦砲を乱れ撃たれたら、成す術なんかあるわけもない。

 加えて、制空権が完全に日本側なのだ。

 上空からは、”栄”エンジンを搭載し、史実より強化された対地攻撃特化の九九式襲撃機が自在に飛び回るのだ。

 前線砲撃統制官や航空統制官に捕捉された時点で詰みだった。



 

「やはり、作戦初期で制空権はともかく、航空優勢すら取れない事が痛かったか……」


「ああ。おそらくはそれが根本だ。だが、空軍を責めるわけにはいくまい? 彼らは上限ともいえる機体を運用してみせたし、可能な限りエースを投入し、先陣も務めた」


「それに追撃できなかったのも、状況から言えば仕方のないことだ」


 計画では(史実では)、翌5月21日で増援で山岳猟兵を確保したマレメ飛行場に強行空挺させる予定だった。

 だが、この世界線ではマレメ飛行場に降下した第I大隊は真っ先に壊滅し、輸送機にも甚大なダメージが出ており、更に21日早朝には皇国海軍の艦上機の空襲があり、これがダメ押しになった。

 


「我々陸軍としては、遺憾の意を述べたいな。空軍と違い、我らは戦う前に多くの将兵を失ってしまったのだ」


 陸軍総司令官ヴィルヘルム・フォン・フリッチュの意見はもっともだが、それに誰もが苦い顔をした。

 特に苦渋の表情を浮かべたのは、ドイツ海軍総長”ユーリヒ・レーダー”元帥だった。


「それについては、海軍が何もできずにすまないと思う」


「謝罪の必要はない。海軍が地中海に入れないのは周知の事実であり、黒海に面した新領土にある船は政治的な理由(トルコが中立を宣言している)の為、ボスポラス海峡(黒海とマルマラ海を繋ぐ海峡)やダーダネルス海峡(マルマラ海とエーゲ海を繋ぐ海峡)を通れん。いや……」


 フリッチュは難しい顔をして、

 

「通れたとしても、水上戦ではあの忌々しいサマーヴィルの艦隊(=H部隊)には勝てん。やはり、ここでも響いてくるのは制空権か」


 実はドイツ軍は誰しもイタリア海軍の船団護衛が上手くいくとは考えていなかった。

 『イタリア人と女房に戦争を任せる奴は、使い古したザワークラフトの樽に詰めて流してしまえ』という最近、ドイツではやっているエスニックジョークを真に受けてるのではなく、戦力がタラント強襲で恐ろしく目減りしたうえに、まともな船団護衛エスコート任務の経験のないイタリア海軍に任務をこなせない事は織り込み済みだったからだ。

 

 だから、告げはしなかったが彼らイタリアに求められた真の役割は、エスコート任務にかこつけた”囮”デコイだった。


「英国艦隊ないし日本艦隊が迎撃に出てくることは織り込み済みでしたが、よもやあのような力技でこちらの航空攻撃を凌ぎきるとは……」


 つまり、ドイツ軍の思惑としては迎撃艦隊イギリス護衛艦隊イタリアにかまけてる間に空爆を仕掛けて損傷させ、撃沈はできなくても下がらせ、その間に装甲兵力を満載した輸送船団を強行突破させる予定だったのだ。

 だが、その思惑は見事に砕かれた。

 

 言うまでもない。

 皇国海軍が投入した地中海に張り付いている2隻の正規空母と臨時参戦した船団護衛をしてきた2隻の空母からあらん限りのゼロ戦を発艦させ、Ju87スツーカをはじめとする爆撃隊を摺り潰したからだ。

 

 付け加えるなら、クレタ島攻略部隊に多くの戦闘機を割いていたため、護衛戦闘機の数が少なかったことも被害を拡大させた要因だった。

 

 

 

 

 

 会議は踊らねどまだ続く。

 どうやらドイツ人達は、今回の戦訓を無駄にする気は無い様だ。

 

 

 

 

 

 

 







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