第38話 一つの戦い、その終焉
「さて、両手をあげてもらおうか、パイロット殿。頼むから大人しく投降してくれよ? 俺は無駄な殺しを楽しむ趣味はないんだ」
やっほい。下総兵四郎だ。
現在、1941年5月24日。場所はクレタ島西部、ハニア近辺の森の中。
こんな所で何をしてるのかって?
マンハント……もとい。残敵掃討任務の一環だよ。
掃討と言っても殺すんじゃなくて、基本的に抵抗せずに大人しく投降すりゃ捕虜にする方針だ。
これでも一応日本皇国は文明国だし、陸戦条約も可能な限り遵守する。
いや、臨時の相棒たるハ28式改短機関銃(ハーネルMP28短機関銃のライセンス生産品の改良型)の銃口をドイツ人に突き付けている時点で、あまり強く文明人主張はできないかも知れないが。
(まあ、妙な抵抗する気がなさそうなのは何よりだな)
ゆっくりと両手を上げるのは、恰好からして間違いなくパイロットのドイツ人。徽章から考えておそらくは戦闘機乗りだ。
「姓名、階級を名乗れ」
とドイツ語で問いかける。
言っておくけど、さっきから話しかけるのもドイツ語だぞ?
皇国軍は同盟国が同盟国だけに英語は必須、日常英会話が出来なけりゃまず士官になれない。
ドイツ語も上を狙うなら覚えておくべき。敵性国家の言語を覚えるのは、実際に戦争すると非常に役立つ。
というか、英語を敵性言語として排除した大日本帝国がどれほど阿呆なことをやったのかよくわかるくらい重要だぞ?
(それに、ドイツ語は中二の嗜みとも言うしな)
どこかの”萌えヒロイン(ただし、男である)系ポン骨魔王”もそんなこと言ってた気がする。
「ヨハン=ヨアヒム・マルセイユ。ルフトバッフェの中尉で戦闘機乗りさ。俺も殺しは好きじゃないし、それ以上に男に殺されるのは御免だ。どうせ死ぬなら美女とベッドの上でと決めている」
いや、確かに随分と伊達男だなーとは思ったよ?
薄汚れている格好なのに、イケメンってわかるんだから大概だ。
だけどまさか、
「JJマルセイユだと? マジか……”
「ほう。”アフリカの星”? 随分、詩的なネーミングだが……俺のこと、知ってるみたいだな?」
そういやこの時期は、まだそう呼ばれてないんだっけか。
(確かスーパーエースとして開眼するのも、そして死ぬのも……)
42年のアフリカだっけか。
「俺もついこの間までトブルクにいたのさ。あんたの事はそりゃ耳にぐらいはするぜ? ドイツ空軍屈指のエースさんよ」
噓は言ってないぞ?
前世でちょっと名前が似ている人を知ってるだけで。
「なるほどな。たしか、ここに居る理由だったか? 新型を受領しに本国へ戻ったら、ギリシャ戦線に回されたってだけさ。よくある話、大した話じゃない」
言い回しが妙に気障だな。だが、嫌味じゃない。
(さすがは、ドイツ空軍史に残るプレイボーイってところかねぇ)
「新型機? ああ、
するとマルセイユは妙に感心したように
「詳しいな? 貴殿はパイロットにも頭でっかちの情報局員にも見えんが?」
「ただのしがない歩兵だよ。ただ、戦闘機は好きだぜ?」
狙撃兵なのは黙っておこう。あえて正体を教えてやる義理もないし。
マルセイユはなぜか突然笑い出し、
「お前のような”ただの歩兵”が居てたまるか。どちらかと言えば、特殊部隊とかそっちの方か」
中々鋭い。当たらずとも遠からずだ。
勿論、正解を教えてやる義理もないので、
「ところで、そろそろ降伏するか決めてくれんかね? 男と長話する趣味はないだろ?」
俺もどうせ話すなら、美少女との方が楽しいし。
ぶっちゃけ男は小鳥遊伍長で間に合っている。
それと我が
普段どんだけふざけた言動をしようと、やはり優秀な軍人だと思う。
「……降伏する前に聞きたいが、まさか捕虜収容所のコックは英国人じゃあるまいな? もしそうなら、全力で抵抗させてもらうが」
まあ、確認したくなる、もしくは抵抗したくなる気持ちはわかる。
「安心しろ。コックは日本人だ。お前さんたちはあくまで捕虜で、犯罪者じゃない。脱走だのなんだのとバカな考えを起こさない限り、相応に丁重に扱ってやるさ。それなりに美味い飯も出るはずだ」
英国式のウナギ料理とか出さないから安心してほしい。
むしろ、ウナギだすなら蒲焼にするぞ、俺は。
「それなら結構。俺も”バルトの楽園”の話は聞いている。投降するならいけ好かない英国人より日本人の方がかなりマシだ」
ちなみに”バルトの楽園”ってのは、第一次世界大戦の時に皇国本土にあった青島で降伏したドイツ人の捕虜収容所の俗称なんだが……そこに収容されたドイツ人は、地元の人間と親睦を深めながらのんびりと終戦まで過ごせたらしい。
なんでも収容所ではソーセージ製造やビール仕込みもできた(無論、強制労働ではなく趣味と実益を兼ねた暇つぶしだったらしい)とかなんとか……収容所の話だぞ?
「おいおい。そこまで待遇を期待するなって」
俺は少し咳払いして、
「ようこそクレタ島へ。マルセイユ中尉、歓迎してやるとは言わないが悪いようにはしない」
俺の言い回しに満足したのか、マルセイユは許可を取ってからホルスターから自衛用の拳銃を取り出し、銃身を握り(つまり銃口を自分の方に向けるようにして)差し出した。
俺はそれを受け取りながら、
「”ワルサーPPK”か……良い拳銃じゃないか」
この世界では未来の話かもしれないが、初期のころのジェームズ・ボンドでおなじみの銃だ。
「記念に進呈するよ」
「ありがたく頂戴しよう」
”へいしろうは、まるせいゆのぴーぴーけーをてにいれた!”ってか?
「ところで、一つ聞いて良いか?」
「なんなりと」
「どんな奴に落とされたんだ?」
こいつは、単純な興味だったんだが……
「……対空砲。戦車みたいな形の奴だ」
あー、もしかして悪いこと聞いたか?
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マルセイユは幸運な男だったと言えるだろう。
不意打ち気味に喰らった40㎜弾に片翼を吹き飛ばされながらも大したケガも負わず付き合いの短くなってしまった愛機より脱出でき、尚且つ割とあっさり日本皇国軍に身柄を確保されたのだから。
少なくても現在進行形で九九式襲撃機に機銃掃射や対人クラスター爆弾の猛攻撃を受けている部隊よりはずっとマシな状況だった。
では、確保できなかった……いや、”されなかった”者たちはどうなったのか?
参考までに5月25日より、ドイツ人が潜伏していると思われる地域にビラがまかれ、設置されたスピーカーから録音されたアナウンスが流れ続けた。
内容は、いずれも同じで……
ドイツ人諸君に告ぐ
君たちはやり過ぎた
ギリシャの人々の恨みを買いすぎた
日本皇国軍は、ハーグ陸戦条約を遵守する
されど、我々の目の届かないところで何が起こっても関知できない
不幸な邂逅、無用な流血は我々も避けたい
我々は、歓待するとは言わないが、正当に捕虜を扱う準備がある
可能な限り速やかな投降を願う
この放送とビラの散布は6月1日に止まった。
記録上、クレタ島に降り立った最後のドイツ兵が投降したのが、この日だったとされる。
これ以降、終戦までドイツ国籍の軍人がクレタ島に現れることは無かった。
最終的に捕虜として収監されたドイツ軍人は、1000名に届いていなかったとされる。
あるいは、この数字こそが”クレタ島の戦い”を何よりも物語っているのかもしれない。
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