第36話 仄暗き水底より、長槍を携えた刺客来りて
大雑把な言い方でのクレタ島沖ではゼロ戦隊が大立ち回りを演じ、海上では英国艦隊が実に楽し気に様々な大きさ/種類の砲弾と時々魚雷などを放っていた。
紅海とジブラルタル海峡で蓋をされた地中海に潜水艦を含めたドイツ艦隊の姿はなく、イタリア艦隊は駆逐艦や魚雷艇などの小兵ばかり。
しかし、侮るなかれ。
イタリア海軍は伝統的に、大型艦より小型艦の方が戦に強いことが往々にある。
これは陸の上でも同じで、大軍になると何かとグダグダになるが、仲の良いまるでサッカーチームのような小部隊が勇気のある行動で活路を見出す事があるのだ。
そして、そんなイタリア人の特質を英国人はちゃんと理解していた。
戦艦が遠距離から輸送船を凶悪な大口径弾で狙撃するのを食い止めようと、イタリアの臨時編成水雷戦隊は果敢に突撃を試みるが、英国とて巡洋艦や駆逐艦で編成された”倍以上の水雷戦隊”が戦艦の周辺に待ち構えていたのだ。
勇気ある突撃と乱戦はむしろ英国人の望むところであり、「その心意気やよし」という心境だっただろう。
だが、イタリア人は忘れていた。
何も敵は「目に映る範囲だけに居るわけでは無い」ということを。
徴用船の臨時輸送船団の為、今一つ緩慢な動きで戦場を脱出できない……こうしている間にも英国製の大口径榴弾で沈められるドイツ人の増援を乗せたイタリア船に、水中より忍び寄る影があった。
(こりゃまた、より取り見取りなことで……)
潜望鏡を覗き込みながら、”伊19”の艦長、木梨鷲一少佐はそう独り言ちた。
確かに司令部からはクレタ島近海で罠を張るように言われていたが、
「こうもドンピシャのタイミングで戦場に潜り込めるとはな……」
木梨は、潜水艦というものを「前世から」こよなく愛していた。
前世の記憶に残るハイテクの塊のような船も好きだが、この”伊十五型潜水艦”という40年より実戦配備が始まったばかりの現在、最新のシリーズもまた良い。最新鋭なのに懐古趣味、アナログで埋め尽くされた空間が中々に心地良い。
どこの変態転生系技術者が設計図を引いたのか知らないが、英国仕込みの冶金技術に物を言わせて潜水艦用高張力鋼を開発、全溶接船体構造とブロック建造を採用。生産性や整備性にも優れている。
また、単殻構造の船体というのも目新しい。
小型化された
ただし、電探搭載により”零式小型水上偵察機”運用能力は削除され、ついでに言えば単装砲や機銃さえも積んでいない。これらを省いたことで空いたスペースには魚雷を17本→24本まで増量し、信頼性が高い鉛電池と空気清浄機など生存性に直結するものが増量や新規搭載されていた。
開発されたばかりの”海中自動懸吊装置”を標準搭載し、総合性能で言えば、史実の米国のガトー級やその改良型のバラオ級潜水艦にだって見劣りしないどころか上回っているかもしれない。
何しろ、部分的に伊二百一型潜水艦の技術まで先取りして取り入れているのだ。
むしろ勝っているのは攻撃力で、魚雷発射管自体はオリジナルとほぼ同じ英国と共通533㎜(21in)サイズだが、圧縮空気ではなくより静粛で気泡の発生しない水圧発射式が採用されている。
当然、これに組み合わされるのは酸素魚雷だが……これにも一手間以上の改良が加えられていた。
まず電気部品の高精度化やジャイロなどの信頼性大幅アップは言うに及ばず、艦底爆発を狙える磁気信管を通常の触発信管に加えて併載されているのだ。
つまり、”伊十五型”は浮上航行することは考慮していても、最初から「水上戦闘を
水上機飛ばすくらいならセイルだけ突き出して電探や逆探を作動させた方が速いし、浮上してしょっぱい大砲で砲戦やるくらいなら魚雷の搭載数を増やして持ち前の長射程を活かし海中から撃った方が安全だし、敵機より爆撃を受けそうなら機関銃撃つ暇があるくらいなら急速潜航した方がまだ生存率が高い……このような割り切った設計がなされていたのだ。
日本皇国軍は「微妙に強い兵器を保有する」と言われている。
圧倒的なわけでは無く。「なんとなく強い」、「どことは言い切れないが性能がちょっと良い」などの評価だ。
だが、この改良型伊号潜水艦シリーズと、磁気信管を搭載した強化型酸素魚雷”零式酸素魚雷”の組み合わせは、貴重な例外かもしれない。
少なくとも、射程/雷速/信管性能で他国を大きく引き離していたのだから。
インド洋と紅海を超え、アレクサンドリア近郊の名前の付いていない土地にひっそり建造された秘密ドックに配備された伊十五型の性能を、否。日本の最新鋭潜水艦と最新鋭魚雷が腕の良い潜水艦乗りに率いられた時の恐ろしさを、世界の誰もがまだ知らない。
そう、開発した日本皇国海軍さえもだ。
「潜望鏡深度まで浮上しても、まったく気が付かれないのはありがたいな」
怨敵であり仇敵であり天敵である駆逐艦や魚雷艇などの爆雷を装備してるはずの小型高機動戦闘艦や爆撃機などは、英国艦隊や戦闘機群にかまけるのが忙しく、水中に潜む刺客に注意を割く余裕はないらしい。
まあ、これは護衛を担うイタリア海軍が船団護衛任務そのものに慣れていないせいもあるのだが。
彼らは、自らがドイツ海軍の真似をして潜水艦による通商破壊を試みておきながら、自分達がそれを食らうことまで想像は及んでいないようだった。
いや、それ以前に……10㎞近く彼方から狙われるとは思ってもいないだろうが。
「艦長、魚雷発射管、1番から6番まで注水完了です」
副官の声に頷きながら、木梨はその時が来たことを告げた。
「射角、深度設定そのまま! 1番から6番まで全弾発射!」
木梨はにやりと笑い、
「次弾装填、急げよ。敵はまだうじゃうじゃいる上に鈍い。どこを撃っても何かにはあたるぞ?」
***
木梨の予言めいた言葉は、ほんの少し未来に訪れる事実だった。
電気部品や機械部品などの草の根レベルからの品質向上が乗算され、史実とは比べ物にならない信頼性を発揮した酸素魚雷は、触発信管と磁気信管を作動させながらまっすぐと48ノットの速度で突き進む。
実はこの時、魚雷を放った伊十五型は木梨の伊19だけではない。
英国艦隊が射線にかぶらぬよう細心の注意を払いながら発射した伊十五型は都合5隻もいたのだ。
第一射だけで合計30本放たれた酸素魚雷は、他国の魚雷のように航跡を残さずイタリア海軍に存在を悟られぬまま海中を高速で直進した。
その先にあるのは、英国艦隊の執拗な砲撃で半ば恐慌状態、統制が失われ慌てふためきばらばらの方向に退避しようとして結局、押し合いへし合いになってしまった敵臨時輸送船団だ。
そして、そこに別の世界では”ロング・ランス”と恐れられた酸素魚雷が次々に飛び込んだ。
戦後、木梨はこう語っている。
『あれは雷撃というより、池でくつろぐ鴨の群れに五人がかりで囲んで散弾銃を撃ち込んだのに近かったよ』
と。
そして、30発の魚雷のうち、この時代の魚雷の命中率を考えれば驚くべきことに、10発以上が信管を作動させて喫水線下で爆発。
ある船は舷に喫水線下より大穴を空けられ沈み、ある船は船底で起爆され船体を真っ二つにされた……
蛇足ではあるが、この時の史実と同じく400kgが弾頭に収められていたのは、九七式炸薬ではなく”一〇〇式炸薬という”爆薬だったが……実はその組成は、「RDX42%、TNT40%、粉末アルミニウム18%」で英国で魚雷や機雷、爆雷などの水中爆発物用に研究開発された”トーペックス(HBX爆薬で知られる)”と呼ばれる新型爆薬だった。
実用化されたのはドイツのポーランド侵攻直前で、日本で量産開始されたのは40年からである。
そして、伊号十五型5隻は、まだこの弾頭を搭載した魚雷を合計80発を残していたのだった。
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