第35話 クレタ島沖、快晴。時折、スツーカの残骸が降ってくるでしょう





 空の戦いは拮抗し、陸での戦いでは皇国軍が数の暴力というより火力の暴力に物を言わせてドイツの降下猟兵部隊を摺り潰しにかかっていた。

 では、海は平和だったのか?

 

 そんなわけはない。

 

全門斉射サルヴォ―用意っ!! 砲撃開始OPEN FIRE!!」

 

 英国地中海水上打撃群、通称”H部隊”の司令官、ジャック・サマーヴィル提督は実に上機嫌に発砲命令を出した。

 

 ”タラント強襲ジャッジメント作戦”で事実上、イタリア主力艦隊をタラント港ごと殲滅したため、”マタパン岬沖海戦”は史実通りには発生しなかった。

 それだけの戦力まとがイタリア海軍、とくに地中海側に残っていなかったのだ。

 実際、イタリアは地中海方面の残存兵力をナポリまで後退させていた。 

 そして、アドリア海側にあった艦艇、多くは駆逐艦や魚雷艇だったが……それらをイタリア人のケツを叩きながら護衛艦隊としてかき集め、同じくなりふり構わずかき集めた輸送船団に貼り付けクレタ島に送り込もうとしていた。

 輸送船の中身は、当然、装甲車両や火砲・重火器で武装したドイツ人だ。

 

 ドイツ軍とてバカではない。

 移動速度や展開速度が持ち味でその分だけ軽装備の降下猟兵部隊で、ディフェンスに定評がある日本人が居座る島を攻め落とせるとは最初から考えていない(だが同時に、あそこまでひどい目にあってるとは考えていないようだが……)。

 

 だからこそ、こうして重武装の増援を送り込もうとしているのだが……肝心のその船団の動きは機敏とは言えない。その理由は、軍正規の輸送船なんて物は少数派で、多数派なのは徴用船。つまりは船団での行動などしたことのない、にわか作りの輸送船の集まりだったからだ。

 その為、後続の陸戦部隊の船団移動は困難が予想されたが……距離の短さゆえにそれは補えると考えていた。

 クレタ島はトブルクから300㎞程度しか離れてないが、例えば首都アテネのそばにある軍港ピレウスまでの距離は200㎞ほどしかない。

 この距離の近さこそが、ギリシャ王室がドイツ人に攻め込まれる前にあっさりクレタ島へ脱出できた原因でもあるのだが。

 

 この距離なら迷子になることもないだろう(何せ定期船が走っていたのだ)と思ったが……防衛拠点に近いとなれば哨戒網を張るのも簡単であり、また日英側はドイツ人やイタリア人が持っていない空母まで展開させているのだ。

 

 そして、発見したドイツ人の陸兵を乗せたイタリア国旗を掲げた船団を喜び勇んで殴りかかったのは、イタリア主力艦隊が壊滅したのと、ヴィシー・フランス艦隊が大人しいので暇を持て余していた(とは口が裂けても言わないだろうが)英国地中海艦隊、特にサマーヴィル中将率いる水上砲戦部隊の”H部隊”だ。

 ぶっちゃけてしまうと、こんな楽しい射的大会に参加しない方が英国式紳士ジョンブルの沽券にかかわる。

 

 ギリシャでの激戦でその役目をいったんは終えて後方のアレクサンドリアで休養と部隊再編に勤しむ王立陸軍、英国に供給されるはずの新型機が運び込まれると聞いて大人しく帰る気の失せた王立空軍の戦闘機乗り達……

 

 だが、英国の真骨頂と言えばやはり海だった。

 七つの海を制覇したと豪語できたのは今は昔(何せ目の前のドーバー海峡が世界屈指の危険海域)だとしても、それでも貴族のご先祖をたどればほとんど海賊というお国柄は伊達ではなかった。



 

「それにしても、空を気にしなくて良いというのは実に愉快なもんだ。爆撃だの回避運動だのを気にかけず主砲を撃てるというのは本当に気分が良い」


 と言葉通り上機嫌のサマーヴィルであった。

 まあ、彼の上機嫌というのも「クレタ島沖、快晴。時折、Ju87スツーカの残骸が降ってくるでしょう」という状況にある。

 

 無論、王立海軍戦闘機隊が活躍してないわけでは無い。

 だが、ご存じの方もいるかもしれないが、クレタ島を含めたギリシャの戦い、その撤退戦において英国地中海艦隊は大きく被害を出していた。

 当然、対艦戦では無い。

 犯人は、ドイツやイタリアの航空機だ。

 この時期の英国艦隊の防空能力は高いとは言えない。

 対空砲も発射速度などがいまいちで、ポンポン砲は故障が多く、迎撃に向かう艦上戦闘機は……シーハリケーンはまだ少数で、シーファイアはまだ地中海に辿り着いていないと言えば、状況はわかるだろうか?

 そのせいもあり、ギリシャからの撤退を支援する中、イラストリアスとアークロイヤルが損傷してしまっていた。

 本来なら、英国艦隊の頭上は大ピンチの筈だが……

 

 

 

「噂に聞いてはいたが……”ゼロ・ファイター”とはかくも凄まじいものだな」


 そう、超々ジュラルミンの銀翼を翻しながら大空を乱舞し、片っ端からドイツ軍やイタリア軍の爆撃機や雷撃機を血祭りにあげていたのは、日本皇国海軍のゼロ戦隊だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 






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 参加できない英国空母任務群の代打を買って出たのが、日本皇国空母機動部隊だった。

 これも、からくりは簡単で航続距離の短いドイツ爆撃機やイタリア爆撃機が到達できない(というか発見するのも難しい)海域で、日本人大好きゼロ戦ガン積み編成の翔鶴型2隻、おまけに日本からの船団護衛で来ていてタイミングの合った隼鷹型軽空母2隻も参戦していた。

 

 要するに敵の哨戒圏外に待機しておいて、レーダーで敵機発見。方角が英艦隊のようなら搭載機の半分を占める航続距離の長いゼロ戦隊を発艦させたという訳だ。

 ちなみにこの時代の日本空母、英国で実用化された油圧カタパルトを翔鶴型で2基、隼鷹型でも1基をちゃっかり装備していて、中々に発艦速度が速い。

 というか油圧カタパルトの開発にも、その後釜である蒸気スチームカタパルトの開発にも、日本は多額の資金援助しているので、こうして美味しいことになっている。

 

 それが結果として、英国海軍の艦隊防空エアカバーに大きく貢献しているのだから、これぞWin-Winと呼ぶべきものであろう。

 

 そして、言うまでもなくゼロ戦は強い。

 艦上戦闘機としては、英国の一歩先を征く性能と言ってよいだろう。

 

 少なくともクレタ島攻撃に戦闘機を割いてしまったために不足気味の護衛戦闘機隊を蹴散らし、鈍足の爆撃機や雷撃機を始末するくらいは朝飯前だった。

 英国は朝飯だけは美味いらしいが。

 

「空中戦、たーのしいいー♪」


 と”君は空中戦が好きなフレンズなんだね? じゃあ猛禽類かな?”と言われそうな言葉を発しながら操縦桿を傾けるのは、タラントで敵機を食い損ねた”藤田治五郎”だった。

 

 脳汁ドバドバでドヒャドヒャしてるように見える藤田だが、ところがぎっちょん。彼は視野狭窄にならぬよう広範囲の視線を巡らせ、常に敵機と僚機の位置を把握するよう務めていた。

 

 金星エンジンは整備員が良い仕事をしてくれたおかげですこぶる快調、左右の主翼に4丁搭載されたホ103機銃は軽快なリズムを刻みながら12.7㎜の空気信管榴弾を吐き出していた。

 

 燃料も弾丸も有限なのは理解していたが、藤田は少なくても機銃が弾を吐かなくなるまでは、最大限に娯楽・・を楽しむつもりだった。

 端的に言えば……電子マネーの代わりに自分の命を代金にした、”VRでは味わえないリアルな空戦”を魂の奥底から楽しんでいた。

 

 ここは、ミッドウェーでは無い。

 だが、この日、藤田は二度の出撃で戦闘機1機を含む合計10機を1日で撃墜していた。

 まあ、10機中8機までがイタリア機だったのは御愛嬌だが。

 

 

 

 









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