第34話 降下猟兵、受難の日
マレメ飛行場の東側、海岸道路よりやや南で始まったドイツ降下猟兵大隊とギリシャ軍クレタ島防衛隊(増強大隊規模)+皇国狙撃小隊が激戦を繰り広げていた頃、マレメ飛行場の滑走路上でも激しい戦いの火蓋が切って落とされていた。
”もし、地獄というものが実在するとしたら、きっとこんな情景なのではないだろうか?”
そう言いたくなるような情景が、滑走路の上には広がっていた……
***
それは防衛側、日本皇国陸軍クレタ島防衛司令部から発せられた一本の全領域通信より明確化された。。
『マレメ飛行場を基地としていた航空隊に告ぐ。該当基地とその周辺は前線戦闘区画となった。帰投不可能である。事前計画Bに従い、所定ポイントに帰投、補給と整備を受けられたし』
内容的には、ドイツ軍が上陸し基地や拠点に侵攻してきた場合、事前に割り振られていた予備野戦飛行場や予備後方拠点を使用されたしという物だ。
無論、この内容はドイツ人やイタリア人も傍受しているだろうが……
だが、彼らも気づいていない事がある。
例えば、如何にもドイツが空挺作戦で確保しそうなマレメ飛行場やクレタ島西部にあるその周辺の基地から飛び立った航空隊はあるのだが、それは当然のように迎撃任務を受けた防空戦闘機隊ばかりであり、また出撃と同時に、この時点で「飛び立った基地への帰投を禁止され、元々事前準備されていた予備飛行場への帰投を命令されていた」のだ。
無論、予備飛行場の場所はパイロットたちは把握済み……どころか、着地や離陸の演習も行っていた。
つまり、通信があろうとなかろうと、この戦いにおいて最初から”マレメ飛行場は以後、使用されることは無い”のだった。
では、この通信は何の為に行われたのか?
それは、ドイツ人が”
「いよいよ出番か」
皇国陸軍中尉、”西住 虎次郎”はカモフラージュされた一式改中戦車のキューポラから僅かに身を乗り出し、私物の双眼鏡を覗き込みながら呟いた。
既に、戦車砲……75㎜45口径長砲には、榴弾が装填されている。
照準は、既に済んでいる。
だから、後は撃つだけであった。
西住中尉は軍用
「小隊全車、砲撃開始! 弾種”榴弾”、三連!
滑走路を見下ろせる位置にある小高い丘にある雑木林……そこにダグイン状態で潜んでいた西住中尉指揮下の計4両の一式改と一式中戦車の主砲が火を噴いたっ!!
無線機と防御力が強化されたまだ配備数の少ない改型は、どうやら隊長車に優先配備されてるようだ。
そして、発砲音から考えてあと2個小隊は砲撃に加わっていそうだ。つまり合計12両、中隊単位の砲撃だ。
一式戦車の戦車砲は元々は、75㎜級野砲としては世界水準に達していた1930年に制式化された九〇式野砲、その発展型だ。
1930年代の装甲車両の急速な発展に脅威を感じた日本皇国陸軍は、九〇式野砲の対装甲能力を強化する方向で改良を行った。
まず初速を引き上げる為に砲身長を38口径長から45口径長に強化し、新型のマズルブレーキの採用と耐久性を向上させる為の硬化クロームメッキの内部処理、また強装弾の使用を想定し、薬室/駐退機/鎖栓式尾栓などが須らく強化されている。
この通称”九〇式改野砲”をベースに重量増加による牽引難度を補うためにリーフスプリング式サスペンションや大口径のパンクレスタイヤなどを採用し、むしろ牽引難度を下げて踏破性などの機動力を上げたのが”機動九〇式改野砲”であり、現在の皇国陸軍の主力野砲だ。
そして、この機動九〇式改野砲と並行して開発されたのが一式中戦車に搭載される”一式七糎半戦車砲”だった。
因みにこの一式という名称は年式ではなく、一式戦車同様”TYPE-1”という意味である。何しろ、戦車と砲は同時開発されるという流れであり、試作型が先行型が誕生したのは1939年で本格量産は1940年に入ってから、41年からは小改良型の一式改の生産が始まっていた。
元が元、基本的には主力野砲と同じ砲なので、榴弾の威力は折り紙付きだ。
そして、ほぼ同時に都合12発放たれた75㎜榴弾は、吸い込まれるように、滑走路に強行着陸だか不時着だか墜落だか微妙な状態のドイツ軍のグライダー群へと飛び込んだ!
まさにグライダーの外へと飛び出て飛行場を制圧しようとしていた降下猟兵は、見事に出鼻をくじかれるついでに吹き飛ばされてしまう。
当然、軍用とはいえグライダーに戦車砲を防ぐ防御力は無い。
しかも、加わる砲撃は戦車砲だけではない。
戦車がいるということは随伴歩兵も当然おり、そして今回の歩兵部隊は火力増強中隊編成だったのだ。
つまり、50口径や7.7㎜の毘式(ヴィッカース重機関銃)や英国の”ML 3インチ迫撃砲”と砲弾が共通の九七式曲射歩兵砲(81㎜迫撃砲)を装備した部隊だ。
これらが滑走路を狙える位置に隠蔽陣地を築き、火力を全力投射するその瞬間を待っていたのだ。
さらに後方からは、砲兵隊の前出の機動九〇式改野砲や九六式十五糎榴弾砲の砲撃音まで聞こえてくる。
確かにマレメ飛行場にグライダーで強行突入してきた降下猟兵は、大隊編成であったが滑走路へタッチダウンを決める前に戦闘機や各種高射砲や対空砲の洗礼を浴び、戦闘態勢をとる前に部隊として満身創痍に近い状態だった。
いや、万全の状態でも空挺部隊は本来、奇襲などによる橋頭堡を構築する装甲装備を持たない”軽装部隊”だ。
それなのに、重火器で武装した数的に劣らない敵兵力に待ち伏せされ、集中砲火を浴びたらたまったものではない。
それでも訓練を重ねた精鋭らしく、一部の体勢を立て直した小隊や分隊は、管制塔や基地施設へと駆けだしたが……
「神よ……!!」
そのことごとくが、「基地施設から飛んできた無数の弾丸で切り裂かれた」のだった。
***
からくり自体は難しくはない。
マレメ飛行場よりの”最後の補給”を行う際、迎撃戦闘機隊はタンクローリーより直接給油され、機体の整備員は作業終了するなり滑走路に横付けした軍用トラックに乗ってドイツ人が乗り込んでくる前に後方へ退避したのだ。
代わりに基地へ潜んでいたのは、数日前から滞在している随伴部隊と同等規模の火力増強中隊だった。
閉めたカーテンの裏側に機関銃座を設置し、銃口を滑走路へと向けていた。
滑走路の側面とその後方、基地施設からのクロスファイアを喰らった降下猟兵は、降下より30分ほどで白旗を掲げるのだった。
もっともその時点で最先任は大尉であり、部隊の半分はこの世からの脱出に成功しており、現世に残った者の半分以上が負傷者だった。
最終的に、第二降下猟兵師団第I大隊の生存者は100名を割ることとなったのだった……
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