第33話 制空権を取れてない状態での降下作戦は、とてもリスキーであるという実例




「小鳥遊伍長、動くぞ!」


「はいよ。少尉殿!」


 バディを組んでそこまで年月が経ったわけでは無いが、この小鳥遊の察しとノリの良さは、実は何気に気に入っている。

 ああ、下総兵四郎だ。

 今は戦闘中につき、手短に話すぞ?

 

 軍用グライダー、たしか”DFS230”だったか?でマレメ飛行場に強行突入してきた連中は装甲部隊や普通科に任せる。

 的もでかいし、腹の中に詰め込んでいる8名の降下猟兵はパラシュートで降りてくる連中と違って機内で即応装備になってるはずだ。

 高射砲榴弾の直撃を食らって空中爆散した物は論外として、40㎜や25㎜の対空砲をボコスカ機体に食らって着陸というより不時着、あるいは墜落に近い状態もあったグライダーに戦える兵隊がどれだけ残っているかわからないが、とりあえず大物は大物にだ。

 

 そして、俺と小鳥遊、そしてトブルクからの転戦組である狙撃小隊が向かったのは、マレメ飛行場の東側にあるなだらかな地形だ。

 本来、飛行場周辺の森に潜み、突破を狙う敵降下兵を狙撃で足止めする任務だが、状況が変わった。

 

 史実なら英連邦軍のニュージーランド部隊が守っていた場所だったと思うが、今この瞬間、ここを守っているのは残存ギリシャ部隊、つまり王と一緒にギリシャ本土より脱出したギリシャ軍の残党だ。

 無論、戦力再編の為にアレクサンドリアまで引いた英国を中心とする英陸軍であったが、彼らが撤退の途中に立ち寄ったクレタ島に残していった装備と日本軍の予備装備で何とか正面戦力の補充はできているが、それでも正直に言えば荷が重いだろう。

 

 だが、彼らにも有利な点がある。

 一つは史実と異なり、枢軸側が制空権や航空優勢を確保できておらず、また戦闘機の次に輸送機より優先的に爆撃機が優先撃墜目標とされているせいか、俺の知っている歴史では空挺作戦以前にほとんど破壊されていたとされる対空砲が、今は大きな被害を出しておらず、元気に弾を吐き出していることだろう。

 これは、投入された戊式75㎜高射砲が巧妙にカモフラージュされていた上に野戦高射砲で牽引させることで移動能力があったこと、また相当数の対空機関砲が自走砲化(対空車両化)され機動力を活かして臨機応変に射撃位置を変更できたことも大きいだろう。

 つまり、少なくとも現時点でクレタ島全体の防空能力は大きな目減りはしていない。

 

 加えて、こっちは史実通りなのだが……飛行場の東にパラシュート降下した部隊と銃火器を詰め込んだ兵装コンテナの位置が風に流されたのか離れてしまったことが、俺たちにとってはラッキーだった。

 

 小隊長の見立てだと、現有兵力で防空守備は問題ないらしいので……俺達狙撃小隊は上層部の許可を取り、ギリシャ人の援護に向かっているという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 小隊長は、兵装コンテナと降下兵の位置が離れて落下してゆくのと、そのおおよその場所を確認すると配置転換の許可を取ると同時に狙撃小隊に貸し出されていた装甲トラックに乗り込むように指示。

 そして、俺達は野営地をそのままに海岸道路を走らせ、ぎりぎりのタイミングで狙撃可能ポジションへと着いた。

 

 制空権が敵に取られた状態ならば、こうもスムーズに移動できなかっただろうが、道路にはまだ爆撃痕一つない。

 だからこそ俺たちは間に合ったと言えた。

 

(いや、むしろ航空優勢はこちらに傾きつつあるか?)

 

 まず、おそらく大隊規模の部隊の一つは、どうやらギリシャ軍陣地のほぼ真上に降りてしまったらしく、この時点で恨み骨髄のギリシャ兵に手荒い歓迎を受けたようだった。

 パッと見と射撃音から判断するに、短機関銃くらいは持っていそうなのでこの時期の俺の知ってる歴史の空挺作戦、「コンテナから武器を回収するまでは拳銃と手榴弾とナイフしか武器がない」という状態よりはマシだろうが、それでも早急に補充しなければジリ貧確定だ。

 ギリシャ人がぶっ放してる武器は、小銃だけでなく機関銃に迫撃砲、野砲に榴弾砲なんて高火力な物も混じっているのだ。

 

 そして、ドイツ人たちがギリシャ人相手に手こずってる間に俺たちが陣取ったのはまさに「狙撃銃で兵装コンテナ周辺を狙えるポジション」だった。

 

「小鳥遊! 無理に頭撃ちヘッショを狙わなくていい。取り敢えず、胴体に当たりさえすればいい!」


 精密射撃を持っ統とする狙撃手にとり業腹のセリフではあるが、とにかく戦闘できなくできれば及第点だ。


「あいよ! 数撃ちの方針ってか」


「その通りだ!」


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるじゃ困るが、数が大事なのは間違いない。

 俺と小鳥遊は、コンテナに手を伸ばしたドイツ兵に”チ29式半自動狙撃銃”の引き金を引いた!

 

 


***




 ギリシャ軍の火線に追い立てられるようにやって来るドイツ兵に銃口を向け、とにかく引き金を引く。

 一撃必殺とはいかないが、まあ狙撃手基準で言っても、そこそこ命中弾は出してる筈だ。

 

 中には狙撃に気づく敵兵もいるが、短機関銃彼らの武器ではこっちは有効射程の外側だろう。

 弾丸自体は届かなくはないが、当てるのはまず無理な距離だ。

 おそらく、この時代の短機関銃の有効射程距離はせいぜい100m程度だ。

 だが俺たち狙撃手は、よほど銃と条件が悪くなければ300m以遠の人間の胴体大の標的に当てるのに苦労はいらない。

 

(まあ、そういう性質の部隊だし、相応の訓練はくぐり抜けて来てるからな)

 

 正直、ボルトアクション式の九九式狙撃銃の方が命中率が高く当てやすいが、セミオート式の銃の発射速度レートは早い。

 しかも、今回の作戦は観測手スポッターまで狙撃に参加だ。スポッターの役割は、大雑把にだが小隊長と直轄の指揮分隊が担っている。

 つまり、小隊全体で16名の狙撃手がひっきりなしに発砲しているのだ。

 

 無論、敵の……降下猟兵の方が圧倒的な多数だが、未だにギリシャ軍の怨念と怨嗟がこもっていそうな執拗な銃撃やら何やらを浴びてる中で、這う這うの体でコンテナに近づいてくるのだ。

 要するに、行軍の体を為してないので、数の優位を全く生かせない。

 それに「寡兵で大軍の足を止める」ことは、元々狙撃部隊の得意技の一つだ。

 

(問題になるのは、残弾くらいだが……)


 20連発弾倉を取り敢えず10個ばかり携行しているが、

 

「まあ、何とかなるか」


 もっとも、この「コンテナ周りの鴨撃ち」がクレタ島最後の戦いという訳じゃないだろうから、こっちも補給を考えなけりゃならんだろうけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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