第32話 皇国陸軍は、空の恐ろしさを忘れない





 まさに、それは”十字砲火”と呼ぶにふさわしい物だった。

 射程の長い”九九式七糎半野戦高射砲”に加え、降下兵を乗せた輸送機やグライダーが目標地点に近づくにつれまだまだ現役の”八八式三インチ野戦高射砲”の砲火がそこに重なった。

 

 そして、高射砲に比べ射程こそ短いが、比べ物にならないほど高い発射速度レートで、弾丸を吐き出す者達が落下傘ごと将兵を細切れにしようとしていた。




 さて、話は変わるが皆さんは史実における戦時中の日本戦車と聞くと、どんな印象を持つだろうか?

 「チハたん可愛すぎ」という方面は置いておくとして、純粋に戦闘兵器として考えた場合、「脆弱」という言葉がストンとくるのではないだろうか?

 大日本帝国の戦車兵として過ごした者の手記には、自軍の戦車を「憂鬱な乗り物」と評してあったという。


 だが、この世界における日本皇国戦車にも同じ評価が下されるとは限らない。

 根本的な意味でいえば、現在の皇国陸軍の上層部に”東條”姓の人間がいないことだろう。

 他にも上層部に牟田口姓や辻姓、木村・富永、寺内姓などもいない。

 言ってしまえば、史実で評される「東條とその取り巻きや参謀本部の政治将校」などがほとんどいない。

 理由は様々で、第一次世界大戦での戦死や病死、事故死や変死。戦時/平時を問わない行方不明に失脚、退役、予備役編入、不名誉除隊など処遇のバリエーションも様々だが、とりあえず軍には残っていない。

 

 現在、陸軍大臣は永田銀山という人物であり、陸軍参謀総長は酒井鎬継、教育総監は岡村稔次、ついでに車両開発のトップには原富実雄、というのが現在の皇国陸軍の布陣である。

 もう、なんというか……明らかに、転生者が絡んでることを隠そうともしない人事であった。

 特に第一世界大戦の最中、おそらくはドイツ製の機関銃でハチの巣にされていた東條、おそらくはドイツ製小銃に取り付けられた銃剣でめった刺しにされていた牟田口など”念入り”過ぎである。冨永や木村も「何故か毒ガス攻撃を食らったときに防毒面が壊れていた」りしたのだが。

 

 まあ、海軍も大角(事故死)をはじめ、史実でいう艦隊派や南雲(第一次世界大戦で戦死)、神や黒亀なども軒並み排除・排斥されてるのでどっちもどっちだ。

 

 陸軍に話を戻すと、今の陸軍の主流は第一次世界大戦で登場した戦車を間近に見て新時代の到来を感じた世代であり、そうであるが故に世界の潮流トレンドに乗り遅れまいと陸軍の装甲化に奔走した世代であった。

 少なくともどこかの禿眼鏡のように歩兵至上主義で「戦車は歩兵の火力支援ができれば良い」なんて者は、日本皇国陸軍では出世は諦めた方がよい。

 



***

 

 

 

 さて、話が出たついでに語ると、現在の日本皇国戦車は大きく分けて四系統がある。

 重量10t以下の”装甲軽戦闘車(装甲軽車。豆戦車と呼ばれる事もある)”

 10t以上20t未満の”軽戦車”

 20t以上40t未満の”中戦車”

 40t以上の”重戦車”

 

 ただし、重戦車は開発中で、戦場に姿を現すのは複数年単位で先の話だろう。

 なので現在、クレタ島に配備されているのは”九八式装甲軽戦闘車”シリーズ、”九七式軽戦車”シリーズ、”一式戦車”シリーズとなっている。

 九八式は、品質は上昇しているが、中身はそう大きな違いはない。大きな識別点は、全車無線機を標準装備していることと、一〇〇式三十七粍戦車砲はほぼオリジナル通りだが、同軸機銃は英国と同じくブルーノVz.37重機関銃のライセンス生産版車載銃”チ37式車載機関銃”に変更されている。

 また、外からはわからないがエンジンは型番こそ同じ統制型一〇〇式発動機の一つ”日野DB52”だが、電装系をはじめとした部品や冶金技術、燃料の品質向上のおかげで五式軽戦車の試製エンジンと同等の150馬力の出力を得ている。

 なので、どこか可愛げのある見た目以上にパワフルかもしれない。

  

 オリジナルと大きく違うのが九七式軽戦車と一式中戦車だ。、

 まず、九七式軽戦車は史実の”九七式中戦車”、つまり”チハ”の新砲塔型に準拠するモデルだが、重量が20tを切るために軽戦車に区分されている。

 そして主砲なのだが、最初から47㎜長砲身戦車砲で、対装甲戦を意識していたのと主砲同軸と車体正面にチ37式車載機関銃を搭載していた。

 また、砲塔は溶接構造で装甲厚はほぼ倍化され砲塔正面で50㎜の厚さがあった。

 この為、重量は17.3tまで増加していたが、品質向上などで史実より40馬力上乗せした280馬力を安定的に発生する”三菱AC”を主機として採用することにより、機動力はむしろ上昇している。

 

 そして、一式中戦車……この世界線において”チハ(中型戦車ハ型)”と呼ばれる戦車なのであるが……

 中身はほぼ三式中戦車というか、その強化版だ。

 主砲は九〇式野砲から派生した(より詳細に言うなら九〇式を38口径長→45口径長に長砲身化した機動九〇式改野砲をベースにした)75㎜45口径長戦車砲で、これを正面装甲83㎜厚の避弾経始が考慮された丸みと傾斜のある鋳造砲塔に納める。

 副武装は、車体正面/主砲同軸/砲塔上面にチ37式車載機関銃を備える。

 重量は25.8tに達したが、エンジンに三菱ACに中間冷却器インタークーラー遠心圧縮過給機スーパーチャージャーを連結した365馬力を発生する改良型”三菱AC-K”の搭載により、機動力の低下を防いでいる。

 

 ちなみに”一式改”というのも存在しているが、これはあくまで戦訓を取り入れたマイナーチェンジモデルで、車体正面機銃を廃して厚さ20㎜の増加装甲を張り付け、分割式のサイドスカートを装着、無線機をより高出力な物に変えたり、あるいは砲塔上面の機銃に盾が付いたりと小改良を施した物である。重量は27.3tまで増加したが、シャーシは計算上31tまでの荷重増加に耐えられる仕様になっていた為に最高速はわずかに落ちたが、実用上の問題はなかったようだ。

 

 

 とまあ、駆け足で紹介したが、彼らの活躍はまだ少し後のこと。

 現状でドイツの空挺部隊、”第7降下猟兵師団”相手に猛威を振るっているのは、これらの戦車を叩き台に製造された”対空戦車”だった。

 

 一式中戦車の車体に砲塔ターレット式の戊式ボフォース40㎜機関砲を連装搭載した”一式対空戦車”、九七式軽戦車の車体に同じく25㎜機関砲を連装搭載した”九七式対空戦車”、”九八式装甲軽車”の車体に防盾シールド式の毘式50(12.7㎜)口径機関銃を4丁搭載した”九八式対空戦車”が、迅速に移動できる強みを活かして対空射撃最適点に移動し、次々と濃密な対空弾幕を張り始めていたのだ。

 

 史実では絶対にありえなかった陸軍車両による激烈な対空射撃……これほど早期に、これほどの数の対空車両を開発・生産していたのは日本皇国陸軍が、どれほど空襲を恐れていたか……陸上兵力がどれほど空からの攻撃に脆弱なのかを知るからこその選択だった。

 

 ドイツにせよソ連にせよアメリカにせよ、日本が戦う可能性があった国は全て例外なく強力な航空兵力を有している。

 それを皇国軍が失念することは無かったのだ。

 

 












***********************************










 ドイツ空軍屈指のエリート部隊、第1降下猟兵師団の赫々たる戦果を踏まえ、新たに編成される第2降下猟兵師団に自分の配属が決まったとき、ヨハン・エーベルト兵曹は天にも昇るような気持ちになれた。

 自分は選ばれたエリートなのだと、胸を張ることができた。

 

 そして、初陣を飾ったギリシャでの戦いでは、面白いほど奇襲じみた空挺作戦は”ハマり”、敵軍の退路を断つ成功をおさめた。

 現在の降下猟兵の降下装備は何気に史実より強く、例えば降下後に使う武器を詰め込んだコンテナで別途落とさずとも、MP40短機関銃が優先的に自衛用火器として配備されていた。

 少なくとも、「別途落とされた兵装コンテナにたどり着くまでは、拳銃と手榴弾で何とかする」という事にはならないようになっていた。

 

 だが、それらの努力も火力も、今回ばかりはあまりにも無力だった。

 下から妙な形の戦車から撃ちだされる砲弾はどれも本来なら「航空機を撃ち落とす為の武器」であり、それより遥かに脆くか弱い人間が食らったらひとたまりもない代物ばかりだったからだ。

 それはそうだ。対空戦車は、空挺部隊を降ろすために減速した輸送機や牽引機から切り離された軍用グライダーを狙うために機関砲をばら撒いてるのだから、必然的に降下中の降下猟兵にだって弾は飛んでくる。

 拳銃弾を連射できるだけの短機関銃でとても対抗できるものではなかったのだ。

 

 

 

「ヒッ!?」


 思わずエーベルト兵曹は短い悲鳴を上げる。

 近くで降下していた、昨日は酒を酌み交わし、一緒にJu52輸送機から飛び降りた同僚が、何かの爆発に巻き込まれ一瞬で原型の残らない挽肉と化したのだ。

 空中に無数にまき散らされる機関砲と呼ぶのには大きな銃弾、いや砲弾は一定の距離を飛ぶと命中しなくても手榴弾のように爆発する仕組みであるらしい。

 仲間達は、空中で元人間だった肉片に強制変化させられるだけでなく、例え肉体に直撃しなくとも爆発して飛び散る金属片にパラシュートを破られ、ぺしゃんこになるスピードで地面に次々と叩きつけられてゆく。

 エーベルトは不意に自分の股間が生暖かくなるのを感じた……

 

(早く! 早く地面についてくれっ!!)


 「人間が死なないように減速させる」パラシュートが、今はひどく恨めしく思える。

 ゆっくりと降下する現状は、ひどく時間の流れが緩慢に感じられ、自分がまるで射的の的になったような気分になってくる。


(果たして、どれだけ地面にたどり着けるんだ!?)

 

 だが、エーベルト兵曹は知らない。

 今はまだ、彼らが味わうべき地獄は序盤に過ぎないということを……

 

 

 

 

 

 










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