第31話 戊式25㎜、40㎜、75㎜




 どんなものにも定石というものはあるが、今回のクレタ島防衛作戦において日本皇国空軍は少々定石から離れる防空戦術を展開していた。

 

 敵の爆撃機や空挺部隊を乗せた輸送機が大挙して押し寄せるのなら、まずそれを最優先で叩くのがこの場合の定石だった。

 だが、日本皇国空軍はそうせず、第一優先攻撃目標1st プライオリティを実は敵戦闘機に定めていた。

 

 これは実は、明確な目標がある。

 日本人がよく狙う「被害極小」の理屈か? まず、護衛を始末してから荷馬車を狙う盗賊の理屈か?

 確かにそれもあるだろう。

 だが本当の狙いは、「敵の継続戦闘能力を奪う」事だった。

 戦闘機のパイロット、それも実戦で生き残り続けられる貴重なエースというのはそう簡単には育たない。

 史実の戦士を紐解くと、どこぞの国の”特攻”のようにまるで消耗品のように使われるケースがあるが、本来は極力消耗を避ける……替えが利きにくい人員なのだ。

 特に今のドイツ……”東方への大侵攻バルバロッサ作戦”を控えたドイツ軍なら尚更だろう。

 

 

 

 日本皇国は、(転生者達の暗躍もあり)ドイツの東方侵攻作戦発動をほぼ確定事項だと判断しており、実は英国に対してもそうなった場合の両国がとるべき行動を内々に何パターンも話し合っていた。

 であればこそ、「量産が利く戦闘機はともかく、パイロットを大量に失うという意味」をドイツに教訓として与えねばならないと考えていたのだ。

 

 戦闘機の護衛がない爆撃機や輸送機がどうなるかを想像するとわかりやすいかもしれない。

 あるいは、護衛のいない荷馬車が盗賊に襲われれればどうなるかを。

 確かに爆撃機にも自衛用の機銃は搭載しているし、コンバットボックスのようなそれを用いた防御戦術もあるが……あれはアメリカ陸軍戦略爆撃機隊の質と量があればこそできた事とも言える。

 少なくとも、何やら怪しげに史実よりも強化されている臭いとはいえ、戦術空軍の殻からまだ脱し切っていないルフトバッフェでは、正直荷が重すぎる防御戦術だろう。


 だからこそ、あえて皇国空軍は「消耗戦」じみた戦い方を選択したのだ。

 早く小さく小回りが利く戦闘機を撃墜するのは難しく、それこそ戦闘機しか効率よくできないと言って差し支えないが、大柄で遅く鈍重な爆撃機なら例えば高射砲などの対空砲撃でも何とか対処可能だと割り切って。

 

 

 

 そして、当然のようにこの攻撃は奇襲効果を産んだ。

 枢軸側の戦闘機隊は、日本の迎撃機はまず間違いなく爆撃機や輸送機を狙うと踏んでいた。それを妨害しながら迎撃するのが今回の作戦のかなめになると。

 だが、真っ先に狙われたのは自分たちなのだ。襲撃者を狩りとる護衛のつもりが、自分達こそが標的だったと真意に気づくまで少しだけ時間がかかった。

 その思考の間……接敵の1分間で20機近くの戦闘機が落とされていた。

 特に悲劇的というか喜劇的なのは、日本軍機の行動に虚を突かれ、回避行動を取った機体が反応しきれてない機体と空中衝突を起こした事だろう。

 

 だが、彼らとてギリシャをはじめ各地で戦い、生き残ってきた猛者ぞろいだ。

 そうと理解できれば立て直しは早く、特にドイツ人パイロットの切り返しは素早かった。

 「戦闘機同士の空中戦こそ戦場の華にして騎士の誉れ!」とばかりに嬉々として反撃してきたのだ。

 随所で起きる激しい空中戦の中、そそくさと積極的に爆撃機や輸送機を狙う蛇の目ラウンデルを描いた機体は、実にジョンブルらしい行動だったが。


 そして、場が混淆としてきたところで、海軍の”強風”が爆撃機と輸送機に襲い掛かったのだ。

 ”強風”の場合は、最新鋭の戦闘機と真っ正面から張り合うのが厳しいからこそ、このような結果となったが、これはもちろん偶然ではない。

 今のクレタ島は隠蔽されたものも含め無数のレーダーサイトと、さらにレーダーを搭載している一〇〇式司令部偵察機や二式大艇をローテーションを組んで常にクレタ島上空に張り付かせているため、栗林中将率いる司令部がクレタ島の防空戦闘の推移や全体像を把握するのに大いに力になっていた。

 

 加えて言うならば、戦闘機の性能も機数も大きな差がないこの状況において、実は圧倒的に差がつく分野があった。

 それは、「機体被弾損傷時、あるいは撃墜時に脱出したパイロットの帰還率」だ。

 

 まず、愛機が損傷を受けた場合は考えるまでもない。

 基地への帰還距離が短ければ短いほど、損傷機の帰還率は比例して高まるし、パイロットが傷を負った場合の生存率は高まる。

 長ければその逆で期間中の墜落リスクは飛行時間や飛行距離に応じて高まるし、パイロットの生存率も低くなる。実際、帰還中に失血で意識を失い墜落死する戦闘機乗りは多いのだ。


 そして撃墜され、上手いこと脱出できてパラシュート降下できた場合だが……日英側は味方の救援を大人しく待っていても問題ないが、枢軸にとっては敵地に落下するのだ。

 その結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 


***




 以上のような条件から、枢軸側は時間経過とともに空が自分達の優位にならないことを理解し始めていた。

 そして、防衛側の日英も、攻撃側の独伊も制空権の掌握どころか航空優勢がつかめないまま……いや、勝敗がはっきりしない今だからこそ”それ”は強行された。




『全部隊、傾聴せよ。敵輸送機部隊は空挺部隊の降下シーケンスに入った。防空戦闘は継続。地上部隊は計画通りに迎撃準備に入られたし』




 降下目標地点上空に辿り着いた……否。強行突入した輸送機からパラシュートを背負った降下猟兵が降り立ち、また人員を輸送できないゆえに降下猟兵を乗せた軍用グライダーを牽引していた爆撃機の接続紐が切られた。

 

 ヘリコプターによる降下作戦が一般的な現在では信じられないかもしれないが、敵地上空での落下傘降下パラトループや無動力のグライダーでの降下作戦は、この時代ではメジャーであり、ドイツの十八番であった。

 おそらくそれは、他国の降下部隊が陸軍所属なのに対し、ドイツは空軍の部隊だったということも影響しているのかもしれない。

 

 

 

 だが、始まったのは端的に言えば”地獄”だった。

 ありていに言えば、降下行動に入ろうと減速した輸送機や滑空を始めたグライダーの周辺の空が”爆ぜた・・・”。

 言うまでもなく、高射砲の一斉射撃であった。

 

 この時、日本がクレタ島の降下ポイントになりそうな地点各所に配し、最も早く対空射撃を開始したのは、”九九式七糎半野戦高射砲”という史実では聞きなれない高射砲だった。

 この砲は、中々興味深い歴史背景がある。

 史実を参照すると、この砲に最も性質が近いのは、”九九式八糎高射砲”になるだろう。

 これは、中国大陸で鹵獲したドイツ・クルップ社の”8.8cm SK C/30”をリバースエンジニアリング(後にライセンス生産)したものだが、この世界線では当然、ドイツ製兵器を気軽にリバースエンジニアリングするような状況に日本皇国はない。

 

 そして、この世界での開発背景はこうだ。

 ”八八式三インチ野戦高射砲”が、同盟国英国の”QF 3インチ 20cwt高射砲”として正式採用されたのが1920年代だが、航空機の著しい進歩を考えると、程なく射程や射高、発射速度や弾速などでも力不足となる兆しが30年代中期には見えていた。

 英国は、急ピッチで後継の”QF 3.7インチ高射砲”の開発を進めていたが、日本はそれを待っていられなかった。

 

 そこで、とある売り込みがあったのだ。

 1935年のドイツ再軍備宣言の影響を受け、日本皇国は間違いなく強力であろうドイツ軍機に対抗できる次世代対空機関砲の選定として、スウェーデンにあるボフォース社の25㎜ならびに40㎜機関砲の視察に来ており、無事にライセンス生産の契約をするか逡巡していたが……この時、時代遅れになりつつある高射砲の選定に頭を悩ませているという話が出た。

 この時にボフォース社は比較的型の新しい”75mm Lvkan m/29”という高射砲がラインナップにあることを告げる。

 しかも商売上手なことに、25㎜と40㎜機関砲のセット契約ならライセンス生産料を値引きすると言い出したのだ。

 

 その言葉が決め手となり日本皇国政府は、”ボフォース 60口径40mm機関砲”、”ボフォースM/32 25mm機関砲”、”ボフォース m/1929 75㎜高射砲”のライセンス生産契約を結ぶ事になったのだ。

 つまり、史実の”四式七糎半高射砲”が5年も早く登場した姿が、戊九九式と考えて良い。

 思わぬ大口契約に、担当者もさぞにっこりだったろう。

 というのも、ボフォースは前出のクルップ社と技術提携や業務提携していたが、例の再軍備宣言の影響でその関係が微妙になっていた時期であり、大口契約は渡りに船だったのだ。

 無論、日本皇国も史実の大日本帝国より早期に、より適切で品質の高い火器を生産することが可能となったので、まさにwin-winの商取引であった。

 

 

 

 この時のボフォース式75㎜高射砲が、いくつかの改良を経て(そして、一部が転用され戦車砲などが並行開発されつつ)、現在は”九九式七糎半野戦高射砲”となり1939年から大量生産され、こうしてクレタ島に配備されてドイツ機やイタリア機に向けて移動可能な野戦高射砲にしては高レートで猛然と対空砲弾を吐き出している姿は、何とも歴史の皮肉を感じさせる姿であった。

 

 

 













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