第30話 5月20日・晴天、クレタ島には殺気が満ちるでしょう




 1941年5月20日、この日の早朝からクレタ島に空襲をかける独伊の枢軸国航空部隊の総数は484機に達していた。

 驚くべきことにそのうちの半数近い231機までが爆撃機やレタ島を占領する為のドイツの最精鋭部隊の一つ、”降下猟兵(空挺部隊)”を乗せた輸送機を守る護衛戦闘機群だった。

 ドイツが”メルクール作戦”にかける意気込み、「このクレタ島にてギリシャでの戦いに決着をつける」という鉄の意思が感じられるような布陣だった。

 

 

 これを迎え撃つ日本皇国空軍戦闘機隊と英国王立空軍の紳士達ロイヤル・エアフォースが操る戦闘機の総数は299機。

 これは、現在クレタ島で運用できる戦闘機の上限と言ってよかった。

 いや、本来はこれだけの数の戦闘機の運用は不可能なはずだった(当然、クレタ島に配備されている航空機は戦闘機だけではない)。

 

 だが、それを可能にした……既存の基地を拡張し、新たな野戦飛行場を予備まで含め数多く設営できた原動力となったのは、未だに米国からの輸入額トップを占めるブルドーザーなどの重機類だった。

 クレタ島防衛司令官である栗林忠相中将が何よりも心血注いで……なりふり構わずかき集めたのが、この”武装なき決戦兵器”だったのだ。

 

 

 

 そして、現在その努力は実っていると言えた。

 でなければ、今頃はもう枢軸側の飽和攻撃、数の暴力に押しつぶされ(史実と同じ様に)制空権を奪取されていたことだろう。

 だが、今は文字通り空を覆わんとするばかりの敵味方問わず無数の戦闘用航空機が飛び交い、拮抗状態を生み出していた。

 だが、同時に両軍ともこの状態が長くは続かないことも理解していた。

 

『敵も味方も関係なく、冗談のように簡単にポロポロ落ちる。これが本当に現実の風景なのかと疑いたくなるほど簡単に命が消えてゆく』


 とはこの戦いに参加し、生き残ったとあるパイロットの言葉だった。

 それは噓偽りのない言葉であり、クレタ島の空には善悪は無く、ただただ背中合わせの濃厚な死の気配だけがあったのだ。

 そして、その拮抗を崩そうとする者が新たに戦場へと現れる。

 

 

 

***

 

 

 

『騎兵隊、参上!』


『大尉、自分達はどちらかと言えば海兵隊なのではっ!? 一応、海軍ですし』


『細けぇことはいいんだよっ! もう、誰にも「水上戦闘機ゲタばきは二軍」だの戦力外だのと言わせねぇぜっ!!』


 不意に通信に飛び込んできたのは、海軍の最新鋭水上戦闘機”強風”部隊が発した物だったようだ。

 彼らは、空軍の戦闘機が敵戦闘機と死闘を繰り広げている間に二重反転プロペラを響かせてドイツ人あるいはイタリア人の輸送機や爆撃機へと切りかかったのだ。

 

 

 

 ”強風”は、「水上機としては・・・・・・・高性能」と呼ぶべき機体であり、例えば最高速は時速500㎞/hに届かないなどこの時代の戦闘機に比べると、物足りない部分も多い。

 だが、空力的に洗練された層流翼や、火星エンジンを積んだ大柄で重い機体なのに見かけによらない軽快な運動性を発揮する自動空戦フラップの採用など、製造元の川西の技術と努力と創意工夫が押し込まれていた。

 

 だからこそ、通常の戦闘機との速度勝負に勝てなくともやりようはいくらでもあった。

 左右の主翼に合計4丁搭載されたホ103/12.7㎜機銃は飛燕や鍾馗、同じ海軍なら”ゼロ戦”と同等の火力を”強風”に与えている。

 

 そもそも、”強風”は第一次世界大戦の南太平洋の島々、いわゆる南洋庁の管轄下にある広さやや土壌、あるいは地形の問題から飛行場を設営できない島の防空を担当するために発注・開発された機体だ。

 なので、同じく小島の多い地中海付近は、先行量産型のテストにうってつけと判断され30機ほどがクレタ島にも運び込まれていたのだ。

 

 確かにその数は決して多くは無い。

 だが、最新鋭の戦闘機よりも遅いが、大抵の爆撃機や輸送機よりは速く、川西の機体らしく打たれ強くタフネス、武装と運動性は一級品という機体の乱入は、場を搔きまわすのに十分な効果があった。

 

 さしものドイツ空軍ルフトバッフェも、まさか「陸上機より性能の劣る水上機」に味方が撃墜される可能性など考えていなかったろう。

 

 


「ひねりこみっ!? あの水上機乗り、上手いぞ! アドリア海のエースになれるかもしれんっ!!」


 イタリア戦闘機ファルゴーレに背後に張り付かれたが、上昇し”機体を捻らせ”反転しながらの急降下で見事に敵機を屠って魅せた”強風”に、燃料補給と軽い整備、そして同時並行でのわずかな休憩をはさんで再出撃をしていた滋野清春大尉は、愛機一〇〇式司令部偵察機のコックピットで感嘆の声をあげた。

 

 機体にもパイロットにも無茶なローテーションなのは百も承知だ。

 だが、”司令部の目や耳”は多ければ多いほど良い。それだけ正確に戦況が把握できるからだ。

 

 本来、トルクを打ち消す構造の二重反転プロペラではむしろやりにくい空中機動なのだが、本来は爆撃機用の火星エンジンのパワーに物を言わせ強引に反転させる技量は驚嘆と言えた。

 

「アドリア海? ここはエーゲ海ですが……?」


 といつもの偵察員からツッコミが入るが、まあ”空飛ぶ豚”の話を知らなければ、当然そうなる。

 

「やっぱ格好いいなー、水上戦闘機……今から空軍辞めて、海軍に入隊しなおせんかなー」


「何を言ってるんです大尉!? 作戦中ですよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************







 ”飛燕”は、史実と違い登場して間もないのにいっぱしの戦闘機としての性能と貫録を備えていた。

 陳腐な言い方になってしまうが、Bf109の速度性能と降下ダイヴ能力、スピットファイアの上昇力と運動性を兼ね備え、十分な火力と防御力を持った……全てはカワサキ・マーリンがあってこそと思わなくもないが、少なからず「レシプロ戦闘機の現状における到達点マイルストーン」と言ってよい性能があった。

 

 それを熟練の戦闘機乗り達が操れば尚更だろう、

 だが、それがすなわち戦場の勝利を約束できるほど、現実は甘くはない。

 それは、ここに史実よりも早期におまけに品質よく登場できたキ43-III仕様の”隼”やキ44-II丙仕様の”鍾馗”を加えてもそうだ。

 

 最新鋭機を揃えているのは相手も同じことで、それはBf109F-1フリッツであったり、MC.202ファルゴーレであったり、そして、HeD520U-1であったりだ。

 また、それを操る枢軸パイロット達の技量も決して日本皇国空軍に劣る物とは言えなく、また一部には人間を半分ほど辞めてるような”化け物”も混じっていたようだ。

 

 そもそも、機体の性能差は戦力の一要素に過ぎず、結局は戦況は複雑な要素の絡み合いで刻一刻と変わるものだ。

 数の差は大きな要素だが、だがよほど圧倒的な差がなければ本当にそれだけで戦場は決まるわけでは無い。

 結局は、銃口を突きつけ合う陣営の投入する戦力、その大雑把に言えば”総合力”こそが勝敗のカギになる。

 

 

 だからこそ、クレタ島防衛司令部から全味方部隊に向け発せられたこの警告アラートは、当然の結末だったのかもしれない。

 

 

 

『全部隊、傾聴せよ。敵輸送機部隊は空挺部隊の降下シーケンスに入った。防空戦闘は継続。地上部隊は計画通りに迎撃準備に入られたし』




 クレタ島での戦いはどうやら、新たな局面へと突入したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る