第28話 ひさしぶりにてっぽうのはなしなど







 さて、篠原中尉が操る飛燕が急降下で時速850㎞に到達した頃、クレタ島の西部では……

 

 


「なあ、小鳥遊伍長……確かにマルタ島は地中海屈指のリゾートだけどさ、作戦始まるまで野宿生活キャンプとか上層部も酷くね? せめて海辺のコテージを用意しろよなー」


「どこらへんが”せめて”なのかわからねぇけど、いいじゃないっすか少尉殿。優雅なリゾートキャンプだと思えば」


「いや、軍用狙撃銃持ってキャンプとかお前……」


 あーども、毎度おなじみ転生者です。もとい。下総兵四郎だ。

 現在、俺と相方バディの小鳥遊伍長は、東西に長く南北に短い平べったい印象のあるクレタ島西部の北側、クレタ島第二の都市である”ハニア”市へと来ていた。

 正確に言えば、その郊外のマレメという場所にある飛行場付近だ。


「狩りでもやるみてぇだから、鉄砲持つのもしかたないでしょうが。というか上の連中、俺にまでこんなデカブツ持たせやがって」


 と配給された”チ29式半自動狙撃銃”を手にぶつくさ言ってる小鳥遊君である。

 実はこの”チ29式半自動狙撃銃”も中々にユニークな、前世じゃ有り得ない経緯でこの場にある狙撃銃だ。



 

 元々はこの銃、1930年に日本皇国に輸入され、ライセンス生産契約がなされたチェコスロバキアのチェスカー・ズブロヨフカ社製”ZH-29半自動小銃”という軍用小銃が叩き台になっていた。

 第一次世界大戦で、日露戦争に続き火力の重要さを再認識した日本皇国は、特に陸上兵力の高火力化は至上命題とされた。

 歩兵もその例外ではなく、その目玉とされたのが銃器類の自動化だ。

 

 当時、日本皇国陸軍の小火器は毘式重機関銃(ヴィッカース重機関銃)、ルイス軽機関銃、窓式軽機関銃(マドセン軽機関銃)、梨園式改三型小銃(リー・エンフィールドMk.IIIの国産改良型)であり、その内情はルイス機関銃を除けば日露戦争で投入された物の改良型や発展型であり、第一次大戦においては比較的最先端装備ではあったが、大規模戦闘を経験した各国の重装化は目に見えており、その兆候はすでに大戦末期から出始めていた。

 

 そこで歩兵装備の近代化急務とされたのだが……だが、ボトルネックとなったのは、上記の銃器全てに用いられ、日英同盟の標準小銃/機関銃弾となっていた”.303ブリティッシュ弾(別名:7.7×56mmR弾)”だった。

 

 この銃弾の金属薬莢カートリッジは”リムド・カートリッジ”と呼ばれる種類のもので、自動火器が登場する前の時代に原設計がある比較的設計の古い薬莢に多いタイプで、文字通り薬莢の底に円環状の”リム”が付いているのだ。

 だが、このリムが言ってしまえば瓶底にある構造は、自動火器には本来あまり向いていない構造……設計上、機構が複雑になりがちで、それが故障の原因になりやすいなど設計上、不利な面があった。

 

 そこで皇国政府が目を付けたのは、大量に銃器ごと鹵獲した敵国ドイツが用いていた”7.92x57mmマウザー弾”だった。

 この実包は、近代的な縁なし金属薬莢リムレス・カートリッジの構造を持っており、とても自動火器の設計に向いていた。

 加えて日本皇国を喜ばせたのは、この実包がかなり高性能であり威力も申し分なかった。

 なお喜ばしいのは、実包製造に必要な治具一式は戦時賠償の一環としてドイツより接収していたのだ。

 というより、これが採用の決め手になったんじゃないだろうか?



 

 英国は、当時あまりに7.7㎜弾の在庫が多かったために、リムド・カートリッジが自動火器の設計に不利になることを知りながらも継続使用を決定していたが、対して日本はさほど……過剰なまでの7.7㎜弾の備蓄はなかったので、新実包の採用は英国ほどハードルが高くはなかった。

 

 更に日本には追い風があった。

 皇国海軍は、第一次世界大戦の戦訓と大活躍した英国王立海兵隊ロイヤル・マリーンズの影響から”海軍陸戦隊”を組織することになり、また海軍の中で海域の治安維持も担当する護衛艦隊司令部も海上保安隊(いわゆるコーストガード)や拠点警備隊を強化する方針を固めたため、新型銃器を採用しても余剰となる備蓄銃器の引取先に困ることはなかった。

 

 

 

***


 

 

 無論、同盟相手の英国の機嫌を損なう訳にもいかないので、事前に「戦時中にドイツ人が使ってた実包を新型弾として使ってよいか?」と確認をとって、オッケーということになったのでその準備に入ったのだった。

 まあ、英国も後に同じマウザー弾を使う”ベサ機関銃(ブルーノVz37重機関銃の英国ライセンス生産モデル)”を車載機関銃として後に採用しているのだが……この決定に、皇国のこの時の判断がどこまで影響したのかは定かではない。

 

 7.92㎜×57マウザー弾が次期主力小銃弾に選定されたのは、第一次世界大戦の戦後のごたごたやら、ソ連の建国やら、遼東半島とドイツから戦時賠償として割譲された山東半島の問題などが一通り解決した1925年のことだ。

 そして、まるでその時を待っていたかのように翌1926年に早速、新型機関銃の売り込みがあった。

 

 そう、マウザー弾を使用するチェコスロバキアの”ブルーノZB26軽機関銃”だ。

 この性能に満足した日本皇国は早速、初期配備分を購入した。

 加えて、翌27年に購入契約の時にその登場が予告されていた改良型であるZB27の売り込みがあり、こちらは性能確認のための短いテストの後、即座にライセンス生産契約が結ばれたようだ。

 ちなみに皇国軍における名称はZB26、27どちらも”チ26式分隊機関銃”となった。

 そう、皇国陸軍はこの比較的軽くて安価な機関銃を今風に言えば”分隊支援火器”、普通歩兵分隊ごとの火力増強火器として導入しようとしたのだ。

 

 

 

 そして、これに続いて売り込みがあったのが、件のZH-29半自動小銃だった。この銃の皇国陸軍の名称は”チ29式半自動歩兵銃”だった。

 実はこの小銃が選定された理由の一つは、チ26式分隊機関銃と箱型弾倉マガジンの互換性がある事だ。

 基本的に小銃用は20連発、機関銃用は30連発が標準とされたが、どっちもそれぞれに使用できる。歩兵と機関銃手が弾切れを起こした際に互いに弾倉を使えるのは何気に利便性が高い。

 ついでに書いておくと、歩兵銃の方は20連発のショートマガジン仕様なのは、30連だと長すぎて戦場で多用する伏せ撃ちブローンで、すんげー邪魔なのだ。

 分隊機関銃は銃の上から弾倉を差し込む構造なので、問題ないのだが。

 

 

 

 まあ、この後も汎用機関銃という名目で売り込みのあった”ラインメタル/マウザー・ヴェルケMG34機関銃”の実銃3000丁とライセンス生産権をドイツ再軍備宣言直前の1934年に購入したり(資金調達の為に急ぎだったのか、比較的割安だったらしい)、英国と同じく車載用機銃としてブルーノVz37重機関銃のライセンス生産権を購入したり(チ37式車載機関銃)と色々あったが……

 

 このチ29式半自動歩兵銃はその後、”チ38式半自動歩兵銃”という発展改良型を生み出し、名前の通り1939年に採用されるのだが……実はもう一つバリエーションがあった。

 それが小鳥遊伍長が握る”チ29式半自動狙撃銃”という訳だ。

 

 最新のチ38式に置換されたチ29式の中から程度と精度の良いものを選び出し、再調整を行った上に銃剣取付具を外して代わりにバイポットとスコープを装着、バット・プレートをより精密射撃向きなものに交換して狙撃仕様としたもので、ちょうどアメリカのM14小銃とM21狙撃銃の関係に近い。

 

 

 

 実は元々は狙撃部隊用のそれではなく、小隊付選抜射手マークスマン向けに開発された物だ。

 ああ、マークスマンってのは、小隊の中から射撃の腕がいい兵隊を選んで、遠距離精密狙撃を担当する兵隊のことで、歩兵と狙撃兵のちょうど中間って感じか?

 なので、俺たち狙撃小隊は独立した狙撃専門部隊として動くが、選抜射手はあくまで「小隊の遠距離射撃担当」ってとこだ。

 

 本職の狙撃兵にあまり回されてないのは単純に九九式狙撃銃に比べ、特に遠距離での命中精度が落ちるからだ。

 相手に気づかれない距離で一発必中・一撃必殺を狙う狙撃手としては、割と致命的なんだな。これは。

 だが、チ29式半自動狙撃銃にも勝る点はあり、弾倉はチ29式狙撃銃とチ38式歩兵銃は同じなので弾切れ起こしても他の歩兵と弾倉を共用できること、あと半自動小銃ならではの速射性だ。

 

 実は今回のミッションは、俺にも小鳥遊伍長と同じくチ29式が配給された。

 いやー、今回は正確な狙撃より大量の兵(おそらくは降下兵)に対する阻止任務って意味合いが強いから、この判定も頷けなくはないんだが。

 

(精度より数ってのは、狙撃手スナイパーとしては実際どうなんだ?)

 

 ん? なんで小鳥遊まで狙撃銃持ってるのかだって?

 いや、割と知られてないんだが、狙撃の観測手スポッターっていうのは、自らも狙撃手の適正と訓練を受けてないと務まらないんよ。

 だから、小鳥遊に限らずスポッターは基本的にスナイピングできると考えていい。

 

 そして今回の上層部からのオーダーは、射手の数も弾の数もいるものだ。

 なので小鳥遊は、久しぶりに狙撃銃を手にしてるってわけ。

 

 ああ、ちなみに俺と小鳥遊はクレタ島に来てからチ29式の慣熟訓練に勤しんでいたわけだが、小鳥遊の腕前は普通に実戦でやっていけるレベルだ。

 

 

 









***********************************










「森の中でキャンプか……これで可愛い女の子でも隣りにいりゃあ文句はないんだが」


「悪かったすね。むさ苦しい男で」


 まあ、俺もむさ苦しさでは人の事は言えんだろうからお互い様だろう。

 という訳で、俺たちが陣取るのは、空挺作戦に適したマレメ飛行場西隣の平地……を見下ろせる小高い丘の上にある雑木林だ。

 

 無論、潜んでいるのは俺たちだけじゃない。

 狙撃小隊の同僚は勿論だが、他の部隊も巧妙に偽装して周囲に潜んでいる。

 

 その時、ふとネットと木の枝で偽装した、ダグインさせてる戦車が目に付いた。

 かすかに見える車体番号から察するに、

 

(西住中尉の一式中戦車か……いや、増加装甲つけてるから、一式改の方だな)


 砲塔のキューポラから上半身を乗り出してる姿は、上半身と下半身がアンバランスな鋼鉄のケンタウロスという風情だ。

 

 トブルクの方にも、一式改は配備されつつある……一式改ってのは、今の日本皇国陸軍主力戦車って位置づけの一式中戦車をベースに戦訓を取り入れたマイナーチェンジ版ってことだから、


(あーあ、なんか否が応でも激戦の予感がしてくるね。こりゃ)

 

 

 










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