第27話 ”飛燕”が”ぴえん”でないことを証明したい回







1941年5月19日、クレタ島上空、蒼空

 

「ふむ。液冷エンジンも中々どうして味わい深いじゃないか」


 鼻先で轟々と響くV型12気筒サウンドを聴きながら、コックピットで上機嫌に微笑むのは日本皇国空軍中尉”篠原博道”だった。

 そう、あのタラント強襲作戦に参加し、件の作戦と時折シチリア島から飛んでくるドイツ機やイタリア機相手に撃墜スコアを稼ぎ、瞬く間にエース・パイロット(5機以上撃墜)に駆け上がり、いとも簡単にダブルエース(10機以上撃墜)になった男である。

 

 彼は現在、受領したばかりの新型機の慣熟飛行を兼ねた空中哨戒任務を行っている最中だった。

 

『ほう。これが日本製の戦闘機? なるほど。日本機らしくよく動くが……だが、機体特性はBf109よりのスピードスターというところですか? 中尉』


 無線機から聞こえてくるのはいつもの僚機あいぼうである金井ではない。

 というより日本語ではなく英語である。

 

「ああ、そうだ”レイシー少尉”。君は良い感性をしているようだな」


 対して答える篠原も実は英語で返していたりする。

 通信相手は、英国王立空軍ロイヤル・エアフォース(RAF)のエース、ジャック・ヘンリー・レイシー少尉だった。

 予備役上がりのパイロットだが、ギリシャの空でパイロットとして覚醒。見事にエースとなった男だった。

 ちなみにその戦功が認められ、今年少尉になったばかりだという。

 

 まあ、それを言うならば篠原も今年の4月にマルタ島からクレタ島に転属になったと同時に中尉に出世したばかりだが。

 さて、この二人がロッテを組んで飛んでいるのには理由がある。

 

 その最大の理由は、彼らの乗機だ。

 日本製で液冷エンジンと聞いたら、ピンとくる方もいるのではないだろうか?

 

 そう、三式戦闘機”飛燕”だ。

 だがこの”飛燕”、我々が知るキ61-Iと形は似ているが、同時に似ても似つかぬ機体であった。

 よく見れば推力式排気管の位置が違うことがすぐにわかると思う。

 それもそのはずで、この世界線の”飛燕”は、ダイムラーベンツの倒立型液冷V型12気筒”DB601”系ではなく、ロールスロイスの”マーリン”系正立液冷V型12気筒エンジンを主動力にしているのだ。

 

 だが、外観上より遥かに異なるのが、コックピットレイアウトだった。

 文字通りの主役の位置、パイロットの眼前に鎮座する最新のジャイロ・コンピューティング式光像照準器をはじめ、計器類の配置から操縦桿やスロットルの位置や操作まで、スピットファイアに酷似しているのだ。

 

 それもそのはずで、この”飛燕”が開発されるきっかけは、1935年のドイツの再軍備宣言に端を発する「緊急時(戦時)における英国支援計画」の一環としてだった。

 

 「英国支援計画」とは簡単に言えば、日英同盟に従って互いに技術交流を親密にし、燃料(オクタン価)や武器弾薬の共用化を促進、最終的には有事の際には相手国の使用兵器を生産し、供与するところまで含まれる計画だ。

 

 元々はマーリンエンジンのライセンス生産と技術支援から始まったのだが、戦争が現実味を帯びてきた時点で、エンジンだけでなくそれを搭載した日英共に即戦力化できる機体開発に移行した。

 

 英国が特に要請したのは、当初の戦争計画ではおそらくはドーバー海峡をはじめとした「海を挟んでの防衛戦」が多発すると思われたため、いくら数があっても困らないマーリンエンジン搭載の戦闘機と、それとブラックバーン”スクア”の後継となる高性能艦上急降下爆撃機だった。

 

 もうお察しいただけてると思うが、前者が”飛燕”で後者が”彗星”だ。

 実は当時の英国、戦闘爆撃機として設計した”スクア”が戦闘機/爆撃機のどっちつかずの中途半端な性能なうえに後継機の開発が事実上止まっており、そこをテコ入れしたいと考えていたようだ。

 また、当時の英国王立海軍ロイヤル・ネイビーは、艦上機のオール・マーリン・エンジン化を狙っていたようだ。

 容積や人員に限りがある空母の運用としては合理的であり、例えば戦闘機/爆撃機/攻撃機/偵察機でセッティングが異なっているエンジンでも、基本構造が同じエンジンなら整備に応用が効くし、部品もかなりの共用性が期待できる。

 実際、日本皇国海軍でも零式艦上戦闘機/九九式艦上爆撃機/九七式艦上攻撃機は”金星”エンジンの50番台で統一されている。

 

 次は”誉”で統一したい意向のようだが大量生産開始が1943年初頭になりそうなので、それまでの中継ぎの機体に関しては割とエンジンは複数種類になるかもしれない。

 

 まあ、急降下爆撃の前に未だ複葉機の艦上戦闘機と艦上攻撃機を何とかしろと小一時間ほど問い詰めたくもなるが、実はこれに関しては史実と似ているが異なる流れがある。

 まず艦上戦闘機だが……日英同盟が妙な具合に働いたのか、”フルマー”のような日本人的な感性から言えば「戦闘機?」と首をかしげたくなる英国あんこく面には走らず、素直にスピットファイアの艦上戦闘機型、いわゆる”シーファイア”開発の方向に舵を切っている。

 それも1938年のMk.Iの時代から開発を始めているので、戦時中に間に合わないということもないだろう。

 

 実はここでも「英国支援計画」が生きてくる。

 中島や三菱の艦上機設計部門の担当者や技術陣が英国に飛び、開発に協力しているのだ。

 史実のシーファイアはスピットファイアMk.V型を原型としていたが、この世界線ではひとつ前の量産型Mk.II原型のシーファイアが登場する予定だ。

 また、フルマーが計画されなかった事で、開発元のフェアリー社の開発/製造リソースに余裕ができ、史実より早くソードフィッシュの後継である”バラクーダ”が戦力化される模様だ。

 ちなみにスピットファイアの兄弟機であるシーファイアは言うに及ばず、バラクーダもマーリン・エンジンなので彗星コメットが戦力化できれば英海軍の要望は叶うこととなる。

 

 

 

***

 

 

 

 話が海軍機にずれてしまったが、日本皇国の「英国支援計画」と同種のプログラムが英国にもあり「ジャングロ・アダプテッド・プラン(日本語風に言うと日英適応化計画とでもなろうか?)」というものがそれにあたり、そのプランに基づいてロールスロイス社やスーパーマーリン社の技術者が来日し、技術指導を行ったのだ。

 それどころか、マーリン・エンジンのみならずまだ実機が完成したばかりのスピットファイアMk.Iをばらして日本まで持ち込む熱の入れようだった。

 

 また、その受け皿になったのが皇国空軍が契約した川崎と、海軍が契約した愛知だった。

 まず二社となったのは史実のような対立構造とかではなく、予想される生産数から一社では対応不可能と考えられたからだ。

 何しろ、テスト結果が良好ならば英国支援のみならず自国軍でも使おうというのだから、当然の処置であった。

 

 なら、より生産能力の大きい中島や三菱に頼めばという意見もあるかもしれないが、こっちはこっちで日本皇国が航空機用メインストリーム・エンジンと定めている各種空冷星型エンジンの研究/開発/改良/製造や、それを搭載する機体にてんてこ舞いで、とても手が回らない状態だった。

 

 中西もそこに加えては?という意見もあるにはあったが、生産が前倒しされた二式飛行艇や水上戦闘機”強風”の生産前倒しが命令されたこと、また次期海軍主力戦闘機コンペに参加要請が来たこと、また自社で要求される航空機用エンジンの開発や製造する部門がないことから選考から外された。

 

 こんな背景があり開発されたのが識別コード”ハ40”、通称”カワサキ・マーリン”と呼ばれるエンジンであり、見た目はBf109的だが操縦席はスピットファイアという”飛燕”であった。

 ちなみにだが、”ハ40”という名称は1940年完成/量産開始という説と、マーリン40番台と同じタイプの1段2速型遠心圧縮式過給機スーパーチャージャーを採用しているからだという二つの説がある。

 

 膨大な英国からの技術支援により史実のDB601を超える強心臓(馬力だけなら史実のハ140に匹敵する)を得たことは、三式戦闘機の開発を早めただけでなく性能すらも押し上げた。

 この世界線の”飛燕”は、100オクタン標準燃料や英国準拠の高品質な点火系/電装系部品を手に入れたことも相まって、高度6,000mで水平最高速力630㎞/h(それも戦闘重量で)を発揮できる文字通りの”皇国最速の戦闘機”であった。

 

 

 


 ついでに書いておくと、二機編隊ロッテを組んでいる2機の”飛燕”だが、当然のように翼や胴体に描かれている国籍マークは違っている。

 無論、赤一色の日の丸とトリコロールカラーの三重丸ラウンデルだ。

 

 確かに英国陸軍はアレクサンドリアまで撤退した。

 だが、英国空軍は、数十名のパイロットを中心に整備隊を含めたある程度のこの島クレタに残っていたのだ。

 

 義理堅いというような感情ではない気もするが、都合よく「日本人が英国支援のために作った戦闘機、その先行量産型をテストする」という大義名分もあった。

 間違っても「いや、ホントに新型機に乗ってみたかっただけ」という理由でないことを祈る。

 

「そうだ、レイシー少尉。今から急降下ダイヴテストに入りたいんだが、付き合ってもらえるか?」


『急降下ですか? しかし、マーリン・エンジンは……』


 知る人ぞ知る話だがマーリンのキャブレター(SUキャブレター)はマイナス(ネガティブ)G=エレベーターなどで体が浮き上がるような感覚になるあの状態になると働かなくなり、エンジンが停止してしまうという致命的な欠点があった。

 なのでバトル・オブ・ブリテンなどではBf109はヤバいと思うと、急降下で逃げてしまうという事例が多発した。

 というか、どうもドイツ人戦闘機乗り達は、この欠陥を熟知していた臭い。

 

「安心しろ。”カワサキ・マーリン”には中島製のキャブレターが使われていて、理屈はよくわからないが0GだろうがネガティブGだろうが問題なく動く……らしい」


 正確には、中島飛行機お得意の二連気化器に採用された高度弁自動装置(AMC)の功績だったりするのだが、


『そんなアバウトな』


「大丈夫だ。何でも同じエンジン詰んだ試作機では、ダイヴで850㎞/h以上出したらしい。その状態で機体にも異常なし。川崎も随分と頑丈な機体を作ったもんだな。まあ、いい」


 篠原はニヤリと笑い、

 

「とりあえず、ついてこい!」


『ラ、ラジャー!』




 急降下に入る篠原を慌てて追いかけるレイシーだったが……後に「この経験こそが、私が撃墜王となる土台となった」と語ることになる。

 ともあれ……空が再び戦いに染まる瞬間は、もう目の前まで来ていた。

 

 









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