第17話 アメリカ大統領は混沌たる状況に苦悩する





 さて、日本皇国はともかくタラント強襲による他国への影響、例えばアメリカ合衆国はどうなのかと言うと……



 

「やはり、米国の艦隊主力は空母とすべきだ。相手の哨戒圏外アウトレンジから昼夜を問わず攻撃できる航空機こそ、戦争の主力兵器になりうる」


「将来的にはそうかもしれんが、現状において空母に搭載できる艦上機の性能と数では、打撃力不足だ。今回のタラント・ストライクさえも決定的な破壊、イタリアが船ごと港を放棄する決定打になったのは戦艦による夜間砲撃であることは疑う余地がない。何しろ投射重量が違いすぎる」


「なら、艦上機ではなく長大な航続力と膨大な爆弾搭載量ペイロードを持つ大型陸上機で、一気に目標を叩き潰すべきだ。速度やアウトレンジ性で艦船に対する航空機の優位は揺るがない。なら、戦艦や艦載機を凌ぐ圧倒的な火力を運搬/投射できる能力があれば、全ては事足りる」


「「そんな空飛ぶ化物を開発するのに、どれだけの時間と金がかかると思ってるっ!?」」


 海軍の空母派と戦艦派、そしてB-17”フライング・フォートレス”という稀代の名機の開発成功により自信をつけた陸軍戦略航空隊(アメリカはこの時期、空軍は無く陸軍が陸上機の運用を行っていた)が角を突き合わせていた。

 1940年のアメリカ有権者しみんにとり、戦争はまだ大西洋の向こう側の遠い出来事であり、そういう認識であるが故に軍事費の極度な増加(とそれに伴うである増税)を許容できる空気ではなかった。

 ”鉄砲そろえるより、豊かな生活の為に税金使え”

 正しく民主主義国家の市民階層がとるべき姿であった。

 

 だが、軍人たちは違う。

 戦争前に準備を終えなければ、戦時に間に合わないことぐらい彼らは第一次世界大戦で経験していた。

 だからこそ、こうして弾丸の飛ばない内戦、有限の軍事予算獲得競争を繰り広げていたのだ。

 

 とは言え、彼らは誰が相手だろうとどの国だろうと自分たちが負けるとは思っていない。ただ、「戦争を優位に進める状態」にしておきたいだけだ。

 

 

 

 では、政治家あるいは市民シビリアンの反応はどうだったか?

 まず、赤色勢力と繋がっていた面々は、

 

『日本人が言うことなど事実無根、名誉棄損も甚だしい! 日本死すべし慈悲は無用!!』


 という論調で、どこぞの大陸赤色国家や半島南北国家のような反日キャンペーンを言い出したが、前にも少し書いた通り良くも悪くも”この世界線”においては米国の日系移民(主に英国の情報工作のせいで)は恐ろしく少数派だ。

 多くのアメリカ人にとり、日本人とは「よく知らない民族」であり、日本がどこにあるのかも知らないアメリカ人も決して少なくない。

 まあ、コミンテルンだかインターナショナルだかわからないが、共産主義に傾倒したアメリカ人(実は知識人階級が多い)は必死に日本のネガティブキャンペーンを行い、日米関係を悪化させてあわよくば開戦させたい雰囲気だったが……

 

 まあ、やはり良くも悪くも民主主義の権化の国のアメリカ。いくらマスゴミが世論誘導をしようと、市民が接触したこともない「よく知らない相手」にそこまで熱量のある感情を向けるのは流石に難しい。

 

 元々がそんな空気のところへ、日本がぶち込んできたのが38年の大使館からの”公式発表・・・・”。

 無責任なマスゴミではなく他国とはいえ「政府の公式発表」、それも全世界同時だ。

 鵜吞みにする市民階層は流石に少数派だったが、少なくとも「自国政府を無条件に信じることは無い層」に、疑念を持たせることには成功したようだ。

 また、流石に日本もそこまで計算に入れてなかったようだが、「世の中が悪いのは政府が悪いからだ」という反政府層や、あるいは特に深い理由もなく共産主義を嫌悪する反共主義者層などには、『アメリカが共産主義者に乗っ取られ、自国の市民よりソ連の意向に従う』という発言は、殊の外刺さった・・・・ようだ。

 

 

 

***




 端的に言えば1940年のクリスマス前のアメリカは、何時ものように何時もの如く、白人とその他の種族という人種対立による発砲事件や流血沙汰は恒常的に起きていたが、市民の意識としては戦争への道のりはまだ遠く、そうであるが故にどこかクリスマスキャロルに混じって混沌とした空気が漂っていた。

 

 ”沸騰する前の人種の坩堝ならぬ魔女の巨釜カルデロン”とは誰の言葉だったか?

 当時のアメリカの世相をよく表していたと思う。

 

 我々の知る歴史ならば、この頃のアメリカは共産主義者の暗躍もあり、反日一色。

 日系移民の排斥が平然と行われていた。

 

 だが、”この世界線”における日本は、そういう意味では実にやりにくい相手だった。

 ドイツ人と手を組むわけでは無く、それどころかあの性格の悪さに定評のあるイギリス人と改定を続けながら90年近く同盟関係を維持し、国際連盟にも席を持ち続け(特に脱退する理由も無いわけだが)、ドイツがポーランドに進行するといち早く反応、元々同盟国として軍を駐留させていた英国本土と地中海・北アフリカ方面(アレクサンドリアやマルタ島、ジブラルタルなど)に増派を決定。

 そして、イギリス人とつるんでドイツ人やイタリア人と戦っている現在に至る。

 

 実はアメリカは赤色勢力に侵食される前の1920年代に米国陸軍によって作成された”カラーコード戦争計画”のオレンジプランから始まり、現在の”レインボー計画”に至るまで対日戦を想定していた。

 別にこれは責められる話ではない。

 ペリーが領海侵犯疑惑での事実上の門前払いを食らってからこっち、日米は通商関係は結んでも、一度でも軍事的な安全保障条約は結んだことはないのだから。

 唯一それっぽいのは多国間にはなるが海軍軍縮条約がそうだが、それも1935年のドイツの再軍備宣言により、それを受けた英仏日が脱退によりご破算となってしまった(つまり、エスカレーター条項は存在していない)。

 

 当然、日本との戦争計画は立てるべきだが……だが、この時点で脈絡もなく日本と戦争を仕掛けるなんざできるわけもない。

 中立法もだが、戦端を開く理由もなく、また日本に宣戦布告すれば、イギリスと日英同盟との兼ね合いで自動参戦扱いになる。

 

 しかも、日本と敵対するということはドイツやイタリアに味方するということになり、これはアメリカ国内で勢力や影響力を今のところは維持している赤色勢力も看過できる話ではなくなってしまう。

 

 

 

 だからこそ、米国政府は難しい選択を迫られていた。

 いや、繰り返すが当時のアメリカ合衆国では、対外不干渉モンロー主義を国是としていて有権者の多くもそれを支持、それが1935年の中立法制定につながるのだ。

 民主主義は「市民という多数派」を無視できない政治構造だ。赤色勢力が世論誘導しようが情報操作しようが、それが民意なら受け入れざるえない。

 大統領はその本質において人気商売であり、そうであるが故に芸能人と同じ類の脆弱性を持ちやすい。

 

 現状で、日本と敵対するのは愚策であり、それはすなわちドイツと手を組むのも論外という結論になる。

 では、中立法を蹴って日英とともに対独戦に参戦……というのも憚られる。

 「アメリカはソ連の操り人形」という論調が出てくると同時に、アメリカでも根深い白人至上主義的価値観の近似性により「ドイツと味方すべき」という論調だって根強く存在するし、別に少数勢力という訳でもない。


 これらの相反する事象に明確な方向性を見出すには、翌1941年の6月以降まで待たなくてはならないのだが……

 だが、現状で何もしないわけにはいかない。

 

 なのでこうして、「明確な敵国を名指ししないまま、有事に際しての国家安全保障戦略を練る」以外にできることはなかった。

 

 アメリカは、その巨大さゆえに苦悩していたのだ。

 何でも持っていて何でもできる超大国が、その向かうべき方向性を模索しているのが現在だった。

 

 より良い未来へ向かう道しるべや、道を示す方位磁石はありはしない。

 大国は、その国力とエゴイズムで世界の潮流を生み出すことができるかもしれないが、それでも単独では無理だろう。

 しかも、国内に簡単に払拭できない問題が山積していれば猶更だろう。

 

 

 

***

 

 

 

 繰り返すがアメリカは、大統領の”フランシス・テオドール・ルーズベルト”は迷っていたのだ。

 

(どうしてこうなったんだ……)


 今の日米関係は、友好国とは言えないが敵国でもない。ルーズベルト本人としては日本人に対して”特殊な人種感差別的感情”を持っているが、結局はそれだけだ。

 だからこそ、忸怩たる思いがあった。

 

 そもそも、露骨な敵対関係にあったら、とっくに修好通商条約は破棄されて然るべきだが、実は未だに日本は米国にとって貿易相手国……貿易黒字を出せるよき商売相手なのだ。

 特にアメリカより遅れること約10年、世界大恐慌からの脱却を目指す日本皇国が景気刺激策としてモータリゼーションを政府主導で行ってから、その重要度は益々増してきている……平たく言えば、貿易輸出額が順調に上昇しているのだ。

 

 すでに戦時体制に入ってるせいか、日本は小麦や大豆などの食料に原油に粗鉄、高付加価値な工業品にしても自動車に重機に建機と実に購買欲旺盛だ。

 

 赤色勢力に汚染されているのが事実だろうと虚言だろうと(ルーズベルトの側近もソ連のスパイと名指しされていた)、一部の側近たちが言うように禁輸措置などしたら何人が自分の頭に45口径の銃口を向ける羽目になるか想像もつかない。

 

「こんなはずではなかったんだ……」


 ルーズベルトの苦悩は続く。

 日米にも、確かに”蜜月”と呼べる時期が、第一次世界大戦直後からほんの短い時間あったことを思い出しながら。

 

 

 

 

 

 











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