第16話 タラント空襲改めタラント強襲が、皇国に与えた影響とは?






 ”ジャッジメント作戦”……タラント空襲、いや”タラント強襲・・”作戦は、「この世界線」でも後世の戦場に大きな影響を残すことになる。

 ただし、その影響の残し方は、我々の史実とやや方向性が異なる。

 

 例えば、史実の日本(大日本帝国)はタラント空襲が発想のマイルストーンとなり、”真珠湾攻撃”の結実したと言われている。

 この世界では作戦においてダブルキャストの片割れを務めた日本(日本皇国)といえば……

 

「なあ、堀……空母で真珠湾を攻撃できないかな?」


 とどこぞの連合艦隊長官が聞くと、親友であり相方でもある海軍大臣はため息を突きながら、

 

「攻めてどうする? 占領するのか?」


「いや、主力艦隊潰して早期講和とかさ」


「アホらしい。それやるとしたら、先制攻撃になるだろ? タラントって前例ができたのに油断してるとも思えんし、第一、アメリカの現状と国民性考えてみろ」


「いや、アカに実質的に母屋乗っ取られてるってのは承知してるが……国民性?」


 不思議そうな顔をする長官に大臣は、

 

「殴られらたら、殴り返さずにはいられない。これまで自分のやってきた所業も、内部問題も棚に上げ、”先に殴ってきた奴が悪い”。奴さんたち、本質的に単純だ。面白いほど簡単にアカに煽られるだろうな」


「つまり?」


「いくら太平洋艦隊の母港とはいえ、パールハーバーをタラントと同じ目に合わせたところで折れるもんかよ。逆に米国人ヤンキーを無駄に怒らせるだけだ」


 と立て板に水に淡々と返し、

 

「”山本・・”、現実逃避はそれぐらいにしてくれ。というか、さっさとその書類に目を通して決裁印押してくれんか? 何のために俺自らがわざわざ日吉に来たと思ってる?」


 すると書類に埋もれていた……どうやら日本皇国では連合艦隊司令部は洋上の軍艦に置かれているわけでは無く、最初から横浜市・日吉台に設営されていた。

 ただし、地下壕ではなく海軍の規模拡大に比例した度重なる拡張工事で地上五階地下二階を備える巨大軍事施設ナショナルセンターとして存在していた。

 その一室、連合艦隊司令長官執務室で”山本 五十八・・・”大将は、積み重なった書類にうんざりした顔をしながら、盟友である海軍大臣”堀 大吉だいきち”を見やった。




 ちょっとここで歴史の薀蓄を。何のかんのと史実でいう「条約派」だの「海軍左派」だのが幅を利かせる日本皇国海軍だが、実は堀は既に退役し、予備役大将となっている。

 無論、史実のような日本海軍の有数のデバフ”大角人事”の影響ではなく、法で定められた「現役軍人の入閣禁止」条項があるからだ。

 これは明治政府発足当時から定められたものであり、海軍大臣とて閣僚の一人であり、そうであるが故に堀も一度、退役(予備役編入)するしかなかったという訳である。

 本当に妙なところで歴史再現をしてるような気もするが、

 

「まあ、わかってるさ。しかし、こりゃまたエラくでかい潜水艦だな? 地球を半周してパナマ運河でも爆撃するのか?」


 何やら少年たちが好みそうな空想科学小説じみた発想だなと山本は思ったが、存外に堀は真面目な顔で、

 

「当たらずとも遠からずってとこかな? 成功すれば、地球を半周どころか何周でもできるらしいぞ?」


「一応、話は聞いているが……”アレ・・”はそれほどの物なのか?」


 堀は頷き、

 

「”科学省”……いや、湯浅博士、湯川博士、仁科博士の三博士によれば、『制御できれば皇国の未来を決定する技術』らしいな」




***




 その後も、防諜が行き届いたこの施設、あるいはこの部屋だからこそできる話題が続いたが、それはともかくとしてタラント強襲が日本皇国に与えた軍事的、あるいはドクトリン的影響は、少なくとも「真珠湾を空母で攻撃する」という方向性には向かわなかった。

 

 確かに、米国との関係はお世辞にも良好とは言えない。

 1938年に赤色勢力に対するカウンターインテリジェンスの一環として行われた「太平洋問題調査会の内情」、「米国共産党調書」、「第7回コミンテルン世界大会と人民戦線の詳細内容」の各国日本大使館に報道陣を集めて行われた詳細な配布資料付きの発表は、アメリカとの関係に緊張感を齎せた。

 

 まあ、「お前の国の政府機関、国内の民間シンクタンク、民間平和団体、宗教関連団体、出版社などが事実上赤色勢力に乗っ取られている」と世界中で声高に喧伝されれば、そりゃあ面白くないだろう。

 これは言い方を変えれば、

 

 『アメリカはソ連に乗っ取られており信用ならん。お前のやることなすこと、全部、ソ連の息がかかってんだろ?』

 

 と言っているようなものだ。

 狙い通りソ連や各国共産党コミュニスト達への手痛いカウンターインテリジェンスになったのは事実だが、同時に「間接侵略・シャープパワーをまんまと食らった図体だけはでかい、”大男総身に知恵が回りかね”を地で行く間抜けな田舎国家」という風評をアメリカに与えた、つまりは国際的信用を失墜させたようなものだ。

 

 まあ、日本人的には「あっさりアカに浸食されたお前らが悪い」ということなのだが、アメリカ人は素直に他国の意見をくみ取り反省するような国民性は持ち合わせていない。アメリカ人は、「自分の間違いを認めないし、認められない」民族なのだ。

 基本的に「間違っているのは全て相手」であり、特にこの時代、有色人種カラード相手ならなおさらだ。

 戦前のアメリカ、特に白人層の人種感はKKKを例に出すまでもなく中々に酷い。

 そんな訳で……

 

「流石にドイツ人と戦争やってる最中、いきなりアメリカ人が背中を刺してくるとは思いたくないが……用心だけはしておくに越したことはないか」


 山本の言葉に堀は同意の意を示し、

 

「タラントの一件で、アメリカも航空機の優位性を気づくだろう。まあ、あそこは日本以上の大艦巨砲主義の集まりだ。そう簡単に空母偏重にはならんだろうが……他にも懸念すべき材料はいくらでもある。ドゥーエやミッチェルの影響を受けた連中が、英国以上の四発大型爆撃機……いや、新しい用語だと戦略爆撃機か?の開発に邁進してるし、いざ戦争となれば先の大戦でドイツ人が可能性を示した”潜水艦による通商破壊”にも手を抜かんだろうしな」


 山本は渋面を作り、


「やれやれ。相手の嫌がることをやるのが戦争の本質とは言え、厄介なことこの上ないな。取るに足らない小国ならまだしも、かの国は我が国より遥かに大国だからな」


「まあ、いずれにせよ準備は怠らないようにすべきだろうな。戦争その物は間違いなく人類にとって悪だが、火の粉が降りかかる可能性があるのに消火の準備をしないのはただの怠惰だ」


 そして、堀が怠惰を嫌うことをよく知る山本はふと考える。

 

「堀、アメリカはいつ頃この戦争に首を突っ込んでくると思う?」


 それに対し、堀は同期生たちをして「神様の傑作の一つ堀の頭脳」と言わしめた力を存分に発揮するように、

 

「中立法を蹴破って政治的情勢を整えるまで加味すれば、ドイツがソ連に攻め込んでから早ければ半年、遅くとも1年以内。参戦判断基準はいずれにせよソ連だ。連中、国内の”掃除・・”を全くと言ってよいほど行っていない。自浄作用に期待するだけ無駄だ」


 我々の歴史を紐解くと、バルバロッサ作戦の発動は1941年6月22日、日米開戦は同年12月8日だ。


「一応、”日英側こちら”での参戦と考えて良いのか?」


 堀は怜悧な目を山本に向け、


「貰えるものは貰え。搾り取れるものは搾り取れ。だが、決して心を許すな。同じ敵ドイツと戦うだけで、日米は戦争の目的その物が違う。それをはき違えるなよ?」


「敵の敵は、必ずしも味方ではないか?」


「手を握った相手が味方とは限らん。右手で握手しながら、左手で短刀を握るのを忘れるな」

 

 はぁ~っと山本は深くため息を突き、

 

「世知辛いねぇ」


「今更だろ? 俺たちが生まれる前からもそうだし、死んだ後もきっとそうだ」



 

 

 

 

 

 

 

 




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